第49話 【赤獅子盗賊団】戦闘開始
——開拓村の一角にて——————————————————————
アルフレッドが駆けつける少し前、村の一角に【赤獅子盗賊団】の首領リオーネを含む5人の盗賊が集まっていた。
「お頭、上手く入り込めましたね」
手下の1人がリオーネに小声でそう囁く。
5人は全員が〖隠密〗スキルを使用して気配を消しており、さらには油断なく辺りを警戒している。
「おう。だが分かってるだろうが、まだ〖隠密〗スキルは解くんじゃねえぞ」
リオーネもまた小声でどこか楽しそうに返事をするが、彼も警戒は怠らない。
「分かってますよ。ただ、村の奴ら、ろくに見回りもしてねえのは意外でしたね。ここまでで5人も捕まってるんですから、てっきり見張りも相当厳重になってると思ってたんですが」
「見回りがいねえのは、おそらく人手が足りてねえからだ。村の規模から考えて、戦える人数はたかが知れてる。まあ俺達の数分の一ってところだろうよ。それだけ差があるならどうせ全部は守り切れねえ。下手に兵隊を分散させるより、守備範囲を重要箇所だけに限定して、そこに戦力を集中させた方がいいってことだ」
「なるほど。それで、その重要箇所ってのがロイ達が出向いてる門とあっちの中央部分ってことですね?」
「多分だが、その通りだろう。〖気配察知〗で感じ取った限り、その2カ所以外に人間はいねえ」
彼らは全員が高レベルの〖隠密〗と〖気配察知〗スキルの持ち主だった。
盗賊をやっている以上、常に騎士団や冒険者などによる討伐を警戒せねばならない。
そのため彼らは必然的に隠密行動が得意になるのだ。
ついでに言えば彼らは【赤獅子盗賊団】の中でもトップクラスの精鋭達なので、そうやすやすと見つかることはない。
「それで、ここから先はどうします? とりあえず、門の方に行って不意打ちを仕掛けるんですかい?」
「いや、その前にお前らテキトーに火を放て」
「「「えっ!?」」」
「うん? ああ、あれか? あんまり弱い者いじめはしたくないってか? 安心しろ。〖気配察知〗で探って分かるだろうが、村の奴らはとっくに避難済みだ。家同士の間隔も空いてるし、ここら辺の家に火を放ったところで焼け死ぬ奴はいねえよ。ただ火の手が上がるのを見て村の奴らが慌てれば、それだけ俺らがやりやすくなるってだけだ」
「ああいや、まあ、死人が出ないってのはその通りなんでしょうが、放火なんかしたら食糧やら金目の物やらも燃えちまいかねませんよ?」
手下達が「そこまでするの!?」とでも言いたげな顔をしたことに対し、リオーネはやれやれという感じで説明する。
彼らは確かに盗賊であり犯罪者なのだが、別に人殺しがしたいわけではない。
彼らの目的はあくまで金と食糧である。
リオーネだけは戦いそのものが目的になっていたりするのだが、手下の方は基本的に金や食糧を手に入れるために村を襲っているのだ。
そのため仮に金も食糧も手に入らないとなれば村を襲ったりなどしないし、敢えてそうなるような襲い方などしない。
その場合、そもそも襲うメリットがないのだから。
「多少は仕方ねえよ。この村は思っていたより手強い。相応の手を使わねえと、取っ捕まって縛り首だぞ?」
「マジっすか……」
「マジだ。この俺が、今まで敵の戦力を見誤ったことなんかあったか?」
「いえ、ありませんでした」
「分かったんならやれ。ぐずぐずしてると俺らもやべえぞ。なにせここは敵地の中だ。村の周りが柵で囲まれている以上、下手を打ったら逃げられねえ」
「「「へい!」」」
だがしかし、手下達も自分の身が危ないとなれば、もはやためらわない。
こと戦いにおいてリオーネは優れた直感を持っていた。
彼が危ないと判断したなら本当に危ないのだと、手下達はそう信じるのだ。
そして自分の身を守るためなら何でもやるからこそ、彼らは盗賊として生きることになったのだ。
・
・
・
「げっ、火事かよ!?」
それから少しした後、盗賊達の手によって燃え始めた家の近くでそんな声が上がった。
このタイミングでアルフレッドがこの場に到着したのである。
「……何だあのガキ、村人か? 格好は冒険者って感じだな」
リオーネを含む盗賊達はその様子を近くの林の中に潜みながら窺っていた。
もちろん〖隠密〗スキルは発動したままであり、この言葉もリオーネが相手に聞き取られることの無いように小声で呟いたものである。
「たぶんですが、現役の冒険者じゃないですか? 引退して村に居ついたにしちゃ若すぎますし。たまたま立ち寄ってたのか、あるいは村の奴らが呼び込んでたのか……」
リオーネの疑問に対し、手下の1人が推測を口にする。
「まあいい、気付かれねえうちに門の方に行くぞ」
リオーネはそのまま門に向かおうとする。
そもそも今回の放火は敵の注意を引き付けるための陽動であるため、目の前にいる少年が大騒ぎしてくれるならかえって都合が良い。
「あ、ちょっと待ってください。あのガキが持ってるの魔剣ですよ。俺の〖鑑定〗スキルでそう出ました」
「マジ? お頭、あいつを殺って魔剣をいただきましょうよ!」
しかし手下の1人が言った言葉で場の空気が変わる。
魔剣は一般的に高価で、物によっては一生遊んで暮らせるだけの大金を手にすることもできるのだ。
また性能に関しても多くの場合、通常の武器より優れているため自分の武器として使うのもアリだ。
そんなお宝を見つけて盗賊達の目の色が変わった。
なおボスからの、「ぐずぐずしてると俺らもやべえぞ」という忠告については、彼らはあっさり忘れている。
そんなだからこそ、彼らは盗賊に身をやつしたのだ。
「お前ら落ち着け。ザン、あのガキ自身は鑑定したのか?」
「すみません。一応やってみたんですが、失敗しました。俺の〖鑑定〗、まだ〖Lv2〗なんで……」
「そんなことだろうと思ったよ。身のこなしからして、あのガキ意外とやるぞ。戦いたいなら止めねえが、お前ら全員で行け」
リオーネはうんざりした様子で最低限のアドバイスをする。
彼の言葉を聞いて若干冷静になった盗賊達は探るようにアルフレッドの方を見る。
アルフレッドは火を消そうとしたり人を呼ぼうとしたりはせず、剣を抜いて周囲を見回していた。
「……襲撃を警戒しているみたいだが、今のところはまだ俺らのことを見つけきれていねえな」
「ああ、多少手強くても見つかる前に不意打ちで仕留めりゃ、何とかなるだろ」
「よし、やるぞ」
「お頭。そういうことなんで、ちょいと行ってきます」
「おう」
そう言うと4人は〖隠密〗スキルで気配を殺したままアルフレッドに近づいていく。
彼らは決して音を立てず、草木や建物等の物陰を上手く利用して忍び寄る手際は見事というほかない。
4人の中の1人がアルフレッドに気付かれることのないまますぐ後ろまで移動し———
(死ね!)
「うおっ!?」
———ブンッという風切り音を上げながら剣を振った。
アルフレッドはその斬撃に土壇場で気付いてかろうじて躱す。
不意打ちを回避したアルフレッドだったが、盗賊達はそのまま一瞬でアルフレッドを取り囲む。
「ちいっ、気付きやがったか」
「出やがったな盗賊団!」
「ハッハー! その魔剣はいただくぜ!」
「誰がやるか!」
取り囲んだ盗賊達は軽口を叩きながら持っている剣やナイフで攻撃し、アルフレッドもまたそれに答えながら攻撃も捌き切る。
「でえい!」
「くっ!」
盗賊達による攻撃の間隙をついてアルフレッドは剣を滅茶苦茶に振り回す。
その攻撃は盗賊達に当たることはなかったものの十分な牽制となり、彼らを数歩後退させた。
だがしかし盗賊達は後ろに下がりながらもアルフレッドの前後左右に散らばって彼を包囲する。
(やばいな…… 囲まれた……)
アルフレッドは周りを囲む盗賊達を睨みながら再び剣を構える。
「さあて、たった1人でいつまで持つかなっ!」
「舐めんな!」
後ろの盗賊が斬りかかるのをアルフレッドは右に動いて躱す。
「おら!」
「くっ、この!」
「おっと!」
すると右にいた盗賊が短剣で攻撃し、それをアルフレッドは身を捩って躱す。
そして間髪入れずに反撃するが盗賊は素早く下がって避ける。
(くそ! こいつら1人1人はそこまで強くないんだが、連携が上手い…… 正面に立った奴は守りに徹しつつ牽制、後ろと左右が不意打ち狙いでなおかつ常に相手を取り囲むように立ち回っていて、俺がどう動いても包囲網を崩さない……)
アルフレッドがそんなことを考えている間にも盗賊達は攻撃してくる。
攻防を続けながらアルフレッドは盗賊達を観察し、打開策を考えようとするのだが———
「くらえ、〖三連突き〗!」
「ちっ……」
———左から盗賊の攻撃が来るので、思考を中断して回避する。
さらに後ろからの剣撃を弾き、右からのナイフを躱して剣で反撃、相手もその反撃を飛び退いて躱す。
そうした攻防を続けていると盗賊達は攻めきれなくなったのか、数メートルほどの距離を置いて睨み合いになる。
(ふう、とりあえず凌げちゃいるが、このままじゃジリ貧だな。まずはどうにか1人仕留めないと!)
アルフレッドは改めて周りを囲む盗賊4人を観察する。
盗賊達の方は無言でアルフレッドを睨んでいる。
彼らの表情からは最初あった余裕が消えていた。
(向こうも早く終わらせたいって顔だな。考えてみりゃ、さっさと俺を倒さないとどこから増援が来るか分からないもんな)
「どうした? 守ってばかりじゃ勝てねえぞ? それとももう限界か?」
「安い挑発だな! お前らこそ4人がかりで俺1人仕留められねえのかよ?」
盗賊の挑発にアルフレッドは挑発で返す。
(これであっさりと飛び掛かってくるようなら簡単なんだけどな…… まあでもこれまでの戦いで盗賊達の動きには慣れた。正面にいる奴はまず攻撃してこない。襲ってくるのは左右と後ろだ)
アルフレッドは察知系スキルを発動しつつ持っている剣を横にして刀身を見る。
「……っ」
その瞬間彼の背後にいた盗賊が無言で斬りかかってくるのだが———
「見えてんだよ! 〖強撃〗!」
「ぐぁ……」
———アルフレッドの反撃がその盗賊を捉えた。
盗賊は辛うじてアルフレッドの剣撃を自分の剣で受けたのだが、そのまま吹き飛ばされる。
アルフレッドは自分の刀身に映った敵を見て剣を振り、敵に当てたのだ。
彼の剣は良く磨かれており、その刀身はしっかりと彼の背後にいる盗賊を映し出していたのだった。
これは決して偶然ではない。
(昔修行中にエリック師匠に教えてもらったコツ、覚えておいてよかった)
剣を良く磨いておくことで、鏡のように自分の背後を映し、背後からの攻撃に備えることが出来る。
剣を鏡代わりに使って背後を確認する技法があり、それをアルフレッドは剣の師匠であるエリックから学んでいたのである。
ちなみに、最初に盗賊達の奇襲を躱せたのもこれのおかげだったりする。
「くそ!」
「「うおー!!」」
1人がやられたことに焦った盗賊達は一斉にアルフレッドに襲い掛かった。
「〖ナイフ投げ〗!」
「うっ!?」
「〖瞬動〗!〖一閃〗!」
「うぐ……」
だがアルフレッドは腰に差していたナイフを左手で投げつけ、盗賊の1人を牽制する。
そして瞬発力を引き上げる〖瞬動〗で素早く別の盗賊に近づき、右手の剣で相手の足を斬りつける。
ナイフを投げられた方の盗賊は辛うじて躱したが、剣で斬りつけられた方は地面に倒れ込んだ。
死んではいないがひとまず動けなくなったと見てよい。
「ここで一気に決める!」
「舐めんなちくしょう! ……っ!」
アルフレッドはさらに次の盗賊に狙いを定めて駆け寄り、狙われた盗賊も負けじと剣を振る。
アルフレッドは盗賊の振った剣を掻い潜るように躱し、そのまま持っている剣の腹を相手の腹部に叩きつけ、ついでに相手の顎を殴って意識を飛ばす。
「死ね! 〖乱れ斬り〗!」
「誰がくらうかよ! そこだ!」
直後、最後の1人がナイフで斬りかかる。
だがアルフレッドはナイフの連撃を躱してローキックで攻撃、盗賊の体勢が崩れたところを剣の柄で頭を殴って昏倒させる。
「よし。 ……ん?」
戦いを制したアルフレッドだが、不意にそれまでなかった気配を感じ取り、その方向を見ると———
「やるじゃねえか! ハハッ、次は俺が相手になってやるよ!!」
———赤髪の男が立っていた。
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物語世界の小ネタ:
ちなみに戦っている間も火をつけられた家は燃えている模様。
放火は延焼した場合、大勢の犠牲者を出しかねないため、この国では殺人罪以上の重罪となります。
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