第28話 行商人

——道中にて——————————————————————————


 アルフレッド、リリヴィア、メノアの3人は打ち合わせの後すぐに支度を整えて午前中のうちにイーラを出発した。

 街道を西へと進み、途中の村に立ち寄って商売を行い、それが終わるとまた街道に出て西へと進む。

 そうして日が暮れて夜になったため、3人は街道の脇に馬車を止めて食事をしながら雑談に興じているのだった。

 ちなみに魔物の襲撃などに備えて周囲にはリリヴィアが魔法による障壁を作り出し、明かりについては魔力を込めることで発光するランタンを使っている。


 「行商って、話聞くと随分トラブルが多いんですね」

 「やっぱりあなたもそう思う? 多分女だからって余計に舐められてるのよね……」


 話題は自然にこれまでの苦労話になっていた。

 メノアがこれまで経験したトラブルの数々を語り、アルフレッドが驚く。

 彼女は普通の人が聞けば「トラブル多過ぎじゃない? あなた呪われてない?」と引かれるくらい多くのトラブルに遭遇していた。

 アルフレッドは自分自身がかなりのトラブル体質なので、「こんな人もいるんだな」くらいにしか思わなかったが……


 「私達の村に来ている行商人のセルジュさんはそこまで大変そうじゃなかったわよね。ただ私が知らないだけなのかもしれないけど」

 「ああ。まあでもあの人は何かトラブルに遭ったとしてもわざわざそれを言いふらして回るタイプでもないからな。息子のフランクも色々としゃべる割には自分たちのことは話さないし」


 リリヴィアとアルフレッドは自分達の村にやってくる行商人を思い浮かべてみる。

 セルジュというのがその行商人であり、彼は家族を連れて月に1回程度の頻度で村にやってきては日用品や食料品等を売り、魔物の素材や薬草などを買い取っていた。

 物静かとまではいかないが落ち着いた性格で仮にトラブルに遭っていたとしてもそれを無暗に言いふらすタイプではなかった。


 ちなみに彼にはフランクという名のアルフレッドと同い年の息子がいて、フランクはアルフレッドと仲が良く、たまに顔を合わせると村の外の話を色々と聞かせてくれるが、少なくともメノア程トラブルに遭っている様子はなかった。


 同じ行商人でもトラブルに遭遇する頻度は人によるのだろう、とアルフレッド達は考える。


 「ねえ、あなた達の村ってどんなところかしら?」

 「俺たちの村はリンド村っていう名前でして、場所はアッララト山の南にあります。元々は薬草や魔獣の素材を欲しがる冒険者達が移り住んで作った村だと聞いています。田舎村ですけど素材採取の拠点になっていまして、小さいけどギルドの支部なんかもあるんですよ」

 「あと、昨日教えてもらったのだけど、イーラの冒険者達からは魔境村って呼ばれているらしいわよ。外の人間からすると猛者が何人もいる魔境だって。私達からすると普通の田舎村なんだけど……」

 「魔境村!?」


 メノアの問いにアルフレッドが答え、リリヴィアが補足する。

 予想の斜め上を行く回答にメノアは「何よそれ?」という顔をして質問を重ねる。


 「なんかすごそうな所だけど、そういう場所だったらやっぱり魔物も頻繁に出てくるのかしら?」

 「そうですね。だいたい3日に1回くらいは村の中に魔物が迷い込んできますね。他がどうか知らないんで、それが多いか少ないかは分からないですけど」

 「3日に1回って……多いわよ。よく村が壊滅しなかったわね」

 「ああ、魔物って言ってもゴブリンやグレーウルフくらいですよ。村人でも追い払えるレベルの」

 「ゴブリンやグレーウルフでも普通の村人にとっては命懸けだと思うのだけど。あなたたちの村では村人でも追い払えるのね」


 アルフレッド達の村は思った以上に危険な場所にあるらしい。

 そのことを知ったメノアはやや顔を引きつらせた。


 「でもそんな場所で育ったのなら、魔物と戦った経験も多いのかしら?」


 メノアはここで気になっていたことを聞くことにした。

 彼女が気にしているのは、アルフレッドとリリヴィアの戦闘能力や経験である。


 アルフレッドとリリヴィアはギルドに紹介されてきた以上、少なくともギルドからは護衛を熟せる程度の実力はあると判断されているはずである。

 冒険者ランクもEとDであり、ランク的にも2人であれば十分護衛が務まると見ることが出来る。

 ただしこの2人はまだ若く、十分な経験を持っているのかという点について彼女はいささか疑問を持っているのだった。

 

 こういったことは本来なら最初に会った段階で確認して、仮に不十分であれば雇わずにギルドに別の者を紹介してもらう。

 だがメノアは前述の通り前回の行商で冒険者とのトラブルに遭っており、今回は値段のつり上げといったことをしない、まともな性格の冒険者を雇いたかった。

 そのため2人が真面目な態度で説明を聞いているのを見て、実力の方はあえて確認せずギルドを信用して雇うことにしたのである。


 今この場で聞いてみて、仮に実力や経験が不足していたとしても今更依頼をキャンセルしたりはしない。

 その場合は必要な確認を怠ったメノア自身の落ち度である。


 しかしそれはそれとして、万が一の事態に備えてどこかで聞き出しておく必要があったため、1日付き合ってある程度打ち解けた今のタイミングで聞いてみたのであった。


 「自分で言うのもなんだけど、私もアルも魔物との戦いは十分熟していると思うわよ。アルが言った通り、私達の村は割とよく魔物が来るから冒険者になる前から戦っていたし、最近ではアッララト山に素材採取に行ったり、イルドーアの森で行われたレイドクエストに参加したりしたから」

 「ちなみに対人戦の経験も一応はあります。アッララト山の麓には時々盗賊なんかが潜伏することがあって、そいつらと。ただ俺もリリも人を殺したことはありません。もちろんそうするしかないとなれば腹を括りますが、できたら殺さずにおきたいという気持ちはありますね」

 「分かったわ。教えてくれてありがとう。対人戦についてだけど、私としても殺しを強要するつもりはないわ。護衛の仕事を熟してくれたらそれで十分よ」


 どうやら実力と経験も問題ないらしいということが分かってメノアはほっとする。


 「ところで行商の話に戻しますけど、メノアさんはトラブル処理が上手いですよね。昼間の村での横暴な客の捌き方とか村長との取引のこととか」


 3人は昼間にとある村に立ち寄り商売を行ったのだが、2つほどトラブルが発生していた。


 1つ目は村に乱暴な若者がいて、他の客への対応をしていたメノアに対して横から割り込み自分の方を優先するように言ってきたこと。

 これについてメノアは毅然とした態度を崩さず、上手く言い負かした。

 その若者は他の村人からも好かれていなかったようで、周りから文句を言われながら、しぶしぶ引き下がっていった。


 2つ目はその村の村長から小麦を買い付けたのだが、村長は小麦の重さを量るための秤に細工をして、売りつける小麦の量を誤魔化そうとしていたこと。

 メノアは偶然を装って誤魔化しを露呈させ、適正な量を買い取った。

 秤の細工については村長が単なる故障だと言い張ったので、故障ということにしたのだが、秤の細工が罪に問われるということはしっかり伝えていた。


 実際、秤や升といった計量に関する道具については国によって基準が厳密に管理されており、それに細工するのは重罪とされている。

 国の経済の基礎をなしており、細工を許してしまうと場合によっては大打撃を受けてしまうからである。

 メノアはその告発まではしないものの、不正を許さずあくまで公正な取引を行ったのであった。


 「あのぐらいなら日常茶飯事よ。まあ秤に細工するのは違法なのだけど、あの村長さんはそこのところが分かってなくて、出来心でやらかしてしまったのよね」

 「だからって許すのも違うと思うけど? 別に告発する必要はないと思うけど、どうせなら弱みを握って少し多めにせしめるくらいはやっても良かったんじゃない?」

 「もしも彼が今後も懲りずに続けるようなら、告発することも含めて考えるわ。いまは様子見しているだけ。それと私は商人として、売り買いについては正当な値段で行うと決めているの。商売は常に公明正大にっていうのが我が家の家訓なの」


 メノアは思いのほか芯の強い性格だった。

 その後もしばらく会話を続け、やがて明日に備えて休むことになった。

 メノアは馬車の中で休み、アルフレッドとリリヴィアは交替で見張りを行う。

 最初の見張りはアルフレッドが行い、4時間後にリリヴィアに交替して朝まで見張ることになった。


 「じゃあ、私は御者台で仮眠を取るから。それとこれを渡すわね。次元魔法〖ディメンション〗」


 〖ディメンション〗は自分だけの亜空間を作り出し、そこに無生物を収納して好きなタイミングで取り出す魔法スキルである。

 リリヴィアはこのスキルで大量の道具を保管しており、そこから1本のポーションを取り出してアルフレッドに渡したのだった。


 「……何だこれ?」

 「私が作った睡眠が不要になるポーション【スーパーブラック】よ。1本飲めば丸2日は寝ずに働き続けられるわ」


 リリヴィアはドヤ顔で手に持ったポーションを説明する。


 「つまりずっと起きてろと!? 副作用は大丈夫なんだろうな!? めちゃくちゃ不安なんですけど!?」

 「大丈夫よ。ちゃんと確かめたから。ものすごく苦いだけで害はないわ。全部飲むんじゃなく、一口だけ飲むようにすれば、丁度いい感じに起きていられると思うわ」

 「……まあ、そういうことなら貰っとくか。とりあえず一口だけ飲むけど、これでもし何かあったら明日以降は飲まないからな」


 アルフレッドはおそるおそる【スーパーブラック】を飲んだ。


 「確かにすごく苦いな」

 「明日になったら、体の調子に問題ないか教えてね。お休み」

 「やっぱり俺で人体実験してね?」


 結局見張りは問題なく終わり、アルフレッドはリリヴィアと交替したのだが、全く眠れなかったので、彼は仕方なく寝るのを諦めて光魔法の練習をするのであった。

 次の日、リリヴィアに文句を言ったのは言うまでもない。




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 物語世界の小ネタ:


 この世界において、行商人等の護衛は冒険者の主な仕事の一つになっています。

 ギルドでも駆け出しの冒険者向けの講習で、魔物討伐や素材採取と共に護衛の時の注意事項や心構えなども教えていたりします。


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