第29話 トラブル続出

 夜が明けて、アルフレッド達は馬車で街道を進んでいた。

 移動を始めてしばらくしたところで分かれ道に出た。


 そのまままっすぐ西の帝国の街、アルタへ行く道と南に曲がる道があり、アルフレッド達は南に曲がる。

 別に予定を変えたわけではなく、アルタに行く前に南の村々を回るためである。


 「すみません。ちょっと馬車を止めてもらえますか? 俺の〖気配察知〗スキルがこの先に多数の魔物を感知していまして」


 森の中の曲がりくねった道を進んでいるとアルフレッドが御者をしているメノアに話しかける。


 「魔物はどの辺りかしら?」

 「あっちです。奥の方にハーピーの巣があるんですが見えますか?」


 メノアが馬車を止めて質問し、アルフレッドが前方やや左側の森の中を指差して答える。

 アルフレッドに教えられた方向をよく見ると、確かに大きな鳥の巣のようなものが木々の奥にあり、その周囲をハーピーと思しき魔物が飛び交っている。


 「見えたわ。まずいわね。このまま通ったら襲われかねないから、一旦引き返して別の道を行かないといけないけど……」


 ハーピーとは鳥の体と人の頭を持つDランクの魔物である。

 だいたい人と同じくらいの大きさで、産卵期になると集団で巣を作り、近くを通る人や魔物を襲いだすのであった。

 安全を考えると一旦引き返して迂回する必要があるのだが、迂回路となる道は少し遠く、丸1日近く時間をロスしてしまう。


 「あのくらいなら、引き返さなくても私1人で蹴散らせるわよ。馬車には障壁を張っておいて、一応アルも残しておけば問題ないわ」

 「できるの? 見た感じたくさんいるみたいだけど……」

 「大丈夫よ。たかだか百やそこらだし」

 「メノアさん、リリのことなら大丈夫ですよ。むしろ心配すべきなのは、リリが出撃している間に敵の一部が入れ替わりに襲ってこないか、という点ですけど、予めリリの障壁を張っておけばハーピー程度は防げますし、来たとしても数体程度であれば俺でも対処できます」

 「そ、そう? それならいいけど、無理しないでね」


 メノアは心配そうに聞くが、自信満々に答えるリリヴィアと問題ないと取り成すアルフレッドを見て、やや戸惑いながらも出撃許可を出す。


 「そんなに心配しなくても負けやしないわよ。神聖魔法〖神壁結界〗。じゃあ行ってくるわ」


 リリヴィアは馬車から降りると馬車を囲むように〖神聖魔法〗による障壁を作り出し、その後ハーピーの巣のところへと走り出す。

 巣やその周りには約百体のハーピーがおり、近づいてくるリリヴィアに気付いて警戒し始めた。

 リリヴィアが巣まであと20m程のところまで近づくと、近くを飛んでいるハーピー達のうち3体がリリヴィア目掛けて飛びかかってきた。


 「〖衝撃波〗!」

 「ギャア!」


 リリヴィアは大剣を振って衝撃波を出し、ハーピーの1体を上下に切断する。

 残りの2体が左右からリリヴィアに襲い掛かるが———


 「よっと」


 ———リリヴィアはそれを軽く躱してカウンター気味に反撃し、危なげなく2体のハーピーを倒す。


 「ガァアー!」

 「「「ギョオー!!!」」」


 その様子を見ていたハーピー達はリリヴィアを強敵と認識し、全力で排除することにしたらしい。

 リーダーと思われる個体が鳴きながら飛び立つと、他のハーピー達も一斉に飛び立ち、上空を旋回しつつ風魔法による竜巻を放った。


 「神聖魔法〖神壁結界〗」


 約百体のハーピー達によって作り出された巨大な竜巻がリリヴィアを襲うが、攻撃が届く寸前でリリヴィアは魔法による障壁を展開し、身を守る。


 (ハーピーも戦術魔法を使うのね。まあ、この程度ならまともに受けても耐えられそうだけど。)

 「ア、アァアアーー!」


 竜巻攻撃を防がれたことに群れのリーダーがやや戸惑いながらも次の指示を出す。

 指示を受けたハーピー達は、今度は多数の風の刃を作り出して攻撃してくる。


 「さてと、あまり時間をかけてもしょうがないし、さっさと終わらせるとしましょうか。狂飆魔法〖ストームレインガー〗」


 打ち出される風の刃が障壁に当たって消えていくのを見ながら、リリヴィアは空に手をかざして風魔法系統の最上位、狂飆魔法スキルを発動する。


 「「「ギャアアアア!?」」」


 上空に巨大な球状の竜巻が発生してハーピー達を包み込み、まるでミキサーにかけるように粉砕していく。

 ハーピー達が全滅するのにそれほど時間はかからなかった。

 襲ってきたハーピー達を全滅させた後、リリヴィアはハーピーの死骸を〖ディメンション〗で亜空間に収納し、さらに巣の中を確認する。


 (巣の中にあるのは獲物っぽい魔物の死骸だけか。雛や卵はないのね。巣を作ったばかりだったのかしら。とりあえず、素材になりそうなものは回収していこうっと)


 リリヴィアは巣の中にあった魔物の死骸のうち、素材として使えそうなものは回収、そうでないものは焼却して馬車に戻る。


 「ただいま。見えていたと思うけど、問題なく殲滅完了したわ。巣の中には魔物の死骸しかなかったから、巣を作ったばかりだったみたい。」

 「お疲れ。ハーピー殲滅したの、すごい魔法だったな。向こうがデカい竜巻を放ってきたのも驚いたけど」

 「……本当にすごい魔法ね。あなたはDランクって聞いていたけど、私の知っているDランク冒険者はそんなことできなかったわよ」


 戻ってきたリリヴィアに対し、アルフレッドは普段通りの調子で労い、メノアは若干引き気味に声をかけた。

 ちなみに狂飆魔法のような最上位スキルを使えるのは冒険者の中でもAランク級の実力者のみ、国お抱えの魔法使いの中であれば一部の最強クラスの者のみである。

 普通の冒険者はまず使えない大魔法なので、メノアのような反応になるのは仕方のないことだったりする。


 「ふふふ、ありがとう。まあ問題は片付いたし出発しましょうよ、メノアさん」


 リリヴィアから促されたことでメノアは手綱を握り、改めて馬車での移動を再開する。

 そしてまたしばらく行くと———


 「次から次へと……何なのかしら……」

 「うわあ。見事に橋が落ちてますね」

 「自然に落ちたっていうよりは何者かに壊されたって感じね。魔物か何かが暴れたのかしら?」


 ———今度は橋が壊されていた。

 そこは幅20m程の大きな川が流れている場所で、道と川がぶつかる地点に橋の根元部分だけが残されている。

 それを見たメノアは頭を抱え、アルフレッドとリリヴィアは橋の残骸をまじまじと見ながら感想を言う。


 「やっぱり引き返すしかないのかしら……ねえリリ、さっきみたいな魔法でなんとかなったりしない?」

 「ああ、できるわよ」

 「できるの!?」


 なんとなく聞いてみたらあっさりできると言われてメノアは思わず聞き返す。


 「この前のレイドクエストの時に役に立ちそうな魔法を教えてもらったのよ。大地魔法〖ストーンウォール〗」


 リリヴィアが魔法を唱えると見るからに頑丈そうな石橋が出来上がった。

 〖アースウォール〗は本来、頑丈な石壁を作り出して敵の攻撃を防ぐ魔法なのだが、土木工事に応用することもできるのだ。

 オーク討伐では魔法使いたちがこの下位スキルに当たる土魔法〖クレイウォール〗で土の板を作ったりしており、リリヴィアはその際にこのような応用方法を学んでいたのであった。


 「本当にできるとは思わなかったわ……」

 「土魔法の応用か。こうしてみると本当に便利だな。 ……強度も問題なさげだな」


 念のため、アルフレッドが歩いて橋を渡り、無事に渡ったのを確認したのち馬車で橋を渡る。

 (うん? 人の気配か?)


 馬車が橋を渡っている間、先に行って待機していたアルフレッドの〖気配察知〗スキルが反応した。


 (人間で間違いないな。数は5人、そこまで強くはなさそうだが道を歩かずに森の中を隠れるようにして向かってきているのが気になるな……)

 「アル、どうしたの?」


 馬車が橋を渡り終え、それに乗っていたリリヴィアがアルフレッドの様子を見て問いかける。


 「ああ、森の向こう側から人間が5人、こっちに向かってきているんだが、様子が妙だ」

 「うん? ……確かに気配を消そうとしているみたいね。ただの狩人か、それとも盗賊か……」

 「できれば魔物狙いの狩人であってほしいのだけれど……どうしたらいいと思う?」

 「とりあえず、警戒しながら進めばいいわよ。襲われたなら返り討ちにすればいいだけだし」


 ———ヒュン!


 そう言って馬車を進めようとしたところに5人組のいる方向から矢が飛んできた。

 どうやら近づいてきた5人組は盗賊の方だったらしい。

 あまり腕は良くないらしく、矢は3人や馬車に当たることなく川の方に飛んで行った。


 「今日は厄日ね……」

 「今度は俺が行くよ。リリはここで馬車を守っていてくれ」

 「了解」


 アルフレッドは盗賊達のいる方向へ走る。

 盗賊達は木々の陰に隠れていたが、見つかったことを悟ると姿を現し、走ってきたアルフレッドを取り囲んだ。


 「〖鑑定〗」


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<名前> :ガルバ・カマセイン

<種族> :人間

<ジョブ>:剣士Lv12/40

<状態> :魅了

<HP> : 40/40

<MP> : 16/16

 ・

 ・

 ・


---------------------------------------------------------------------------------


 (魅了? つまり操られてるのか? 見た目は典型的な盗賊って感じだが……)


 盗賊の1人を鑑定してみると予想外の状態異常にかかっていることが分かった。

 魅了とは精神に影響を与える状態異常で、かかると一種の催眠状態に陥ってしまい、術者に意のままに操られてしまうのである。


 基本的に自殺などのような本能的に嫌がることは強制できないものの、相手の尊厳を踏みにじる上に使い方次第ではあらゆる犯罪に利用できてしまうため、人間にかけるのは重罪とされている。

 単なる盗賊の襲撃ではないらしい。


 「……」


 盗賊達が無言のまま一斉に斬りかかってくる。

 攻撃をいなしながら他の盗賊達も鑑定するが、全員が魅了状態になっていた。


 「……どうやら、本格的に厄介事の予感がしてきた……とりあえず、全員黙らせてからどうするか考えよう」


 アルフレッドは正面から斬りかかってきた相手の顎に拳をめり込ませ、後ろに回り込もうとする者の腹を剣の柄で殴る。

 さらに矢を放とうとする者に素早く近づいて回し蹴りを決め、飛びかかってくる相手の懐に入って次の瞬間に投げ飛ばす。

 そして最後に残った者を拳で殴って昏倒させ、戦闘は終了。


 アルフレッドは気絶した5人の盗賊達から武器を取り上げ、彼らの衣服を使って手足を縛り上げた後、馬車に戻り魅了の件についてメノア達に報告した。


 「……本当に、一体何なのよ……次から次へと……」

 「何というか……トラブルが多いんですね。行商って……」

 「いつもこんな感じなの?」


 報告を聞いたメノアが再び頭を抱え、アルフレッドが引き気味に声をかけ、リリヴィアが思ったことを口にする。


 「そんな訳ないじゃない! いつもはもう少しマシよ! 何でこんなに立て続けに……」


 メノアに加えてアルフレッド、リリヴィアという強力なトラブル体質の存在があるためだったりするのだが、それを彼女に教える者はいなかった。




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 物語世界の小ネタ:


 ちなみにハーピーの巣のところで素直に引き返して別の道を行っていれば、その後の橋や盗賊も回避できていた模様。

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