第3話 リッチ

 「まあ、待ちたまえよ。侵入者君」


 アルフレッドは声がした方へおそるおそる顔を向けると、そこには2体のアンデッドがいた。

 片方は黒いローブを着て身の丈ほどの大きさの杖を持った、骨に皮が張り付いた男の姿であり、もう片方は鉄製の鎧を着て、長剣と大盾を持つ骸骨だった。


 (……ただのアンデッドじゃないな、外見や流暢に話しているところからするとリッチか。もう1体の方はスケルトン・ナイト。なんで街中にこんなのがいるんだよ……)


 リッチとは、人間の魔法使いや僧侶が禁忌に足を踏み入れてアンデッドとなった存在と言われている。

 アンデッド化の研究は禁忌とされ、各国の法で禁止されているが、不老不死や真理の追究といった目的でリッチとなる者もおり、そういった者たちは魔物として討伐対象となる。

 脅威度はCランク(一流の冒険者や兵士と同程度の強さ)とされている。


 スケルトン・ナイトはスケルトン系統の魔物で、脅威度はDランク(一般的な冒険者や兵士と同程度の強さ)とされる。

 戦鼠と同じランクであるが武器や防具を装備している分手強い相手である。


 「いやあ、すみません。ちょっと迷い込んでしまいまして…… すぐに立ち去りますね。お邪魔しました」

 「いやいや。少し話をしようじゃないか。君は昨日魔鼠退治をしていた冒険者だろ? 実は君が倒したのはここで飼っていた魔物達でね。事情を知りたくないか?」

 「えーっと……一体どのような事情なのでしょうか?」


 端的に言ってピンチだ。

 早く逃げ出したいアルフレッドだったが、なおもリッチから話しかけられ警戒しながら尋ねる。

 リッチは言葉使いこそ穏やかだが、杖を構えているうえ、注意深く気配を探ると魔力を練っているのが分かった。

 仮に背を向けて走り出せば後ろから魔法で狙い撃ちする気なのだろう。


 「なあに、そんなに大した内容じゃないよ。昨日ちょっとした事故があって、実験台にしていた魔物が一部逃げ出してしまってね。君が昨日倒した鼠達はここで飼っていた実験台だったのだよ。あとその事故の際にそこの扉が壊れてしまってね。修理を後回しにしていたせいで君が入ってきてしまった、というわけさ」

 「そうだったんですかー。教えてくれてありがとうございます」

 「せっかくだから、君も私の実験に協力してくれないか? 暗黒魔法〖ダークスフィア〗」


 逃げる隙を伺いながら問答を続けているとリッチは杖の先から黒い魔力弾を放ってきたため、アルフレッドは慌てて横に跳んで躱す。

 そこにすかさずスケルトン・ナイトが斬りかかってきたので身をよじってさらに躱す。


 「協力って、具体的にどんな内容でしょうかっ!」


 ろくでもない内容なんだろうと思いつつも、スケルトン・ナイトの攻撃を躱しながら彼はとりあえず聞いてみた。

 リッチに従う気はさらさらない。

 とにかく隙を見つけて逃げるための時間稼ぎである。


 「私はいま不老不死の研究のために人間の臓器が欲しくてね。ちょっと脳とか心臓とかを提供してくれたらいいんだよ」

 「嫌に決まってるでしょ! ちくしょおーっ」


 どうやらリッチはアルフレッドを殺して解剖するつもりらしい。

 この問答の最中にもスケルトン・ナイトは無言で斬りかかってきており、アルフレッドは攻撃を躱しながら答える。


 (スケルトン・ナイトの方には自我がないっぽいな。リッチに操られているだけか?)


 アルフレッドの推測は当たっていた。

 このスケルトン・ナイトはリッチによって作り出されたアンデッドであり、リッチに絶対服従するように思考や感情が制限されていた。


 (リッチの方はさっきから攻撃してこない……うまく立ち回れば逃げ切れるかも!)

 「……」


 スケルトン・ナイトは無言で剣を振るう。


 「〖パリイ〗、〖強撃〗」


 アルフレッドは無言で放ってくるスケルトン・ナイトの攻撃を、小盾を使った防御スキル〖パリイ〗で捌きつつ、反撃でよろめかせた隙に壊れた扉の前に移動する。

 スケルトン・ナイトはすぐに追ってきて攻撃してくるが、アルフレッドは攻撃を躱すとそのまま壊れた扉を出てその先の階段を駆け上がる。


 「ちいっ……スケルトン・ナイトが邪魔で狙えない!」


 リッチは魔法でアルフレッドを狙い撃ちしようとしたが、射線上にスケルトン・ナイトがいるため、攻撃できなかった。


 (よし。上手くスケルトン・ナイトを盾にできた! 後は後ろのスケルトン・ナイトを撒いてギルドに逃げ込めば……)

 「……」


 スケルトン・ナイトは無言で追いかけてくる。


 (ちくしょう! 思ったより早くて逃げ切れん!)


 階段を駆け上がった先の通路を全力疾走しながら、この後の逃走計画を練るアルフレッドだが、スケルトン・ナイトは思ったよりも足が速い。


 逃走開始からしばらくして下水道の通路の、もう少しで外への出口というところで追いつかれてしまった。

 逃げ切れないと踏んだアルフレッドは前へ倒れ込むように前転、転がりながら後ろへと体の向きを変えて流れるように方向転換し、すぐ後ろに迫っているスケルトン・ナイトに攻撃する。


 「〖強撃〗」


 攻撃を受けたスケルトン・ナイトは再びよろめく。そこへさらに追撃を放つ。


 「風魔法〖ワールウィンド〗、〖強撃〗!」


 〖ワールウィンド〗の竜巻を足元に受け、一瞬宙に浮いたスケルトン・ナイトに再び〖強撃〗で地面に叩きつけ、


 「うおおおっ!」


 倒れ込んだところにさらに剣で何度も斬りつけることで、ついに倒し切る。


 「はあっ、はあっ、 ……何とか倒せたか」


 スケルトン・ナイトを倒したことを確認し、リッチが追ってきていないことを確認後、改めて出口に向かおうとしたが、


 「まさかスケルトン・ナイトがやられるとはなあ。見た感じ駆け出しだと思ったから、すっかり油断してしまったよ」


 出口の方からリッチが歩いてきていた。

 リッチはスケルトン・ナイトにアルフレッドを追わせた後、自らは地上に上がり、外から迂回して挟み込んだのである。

 ちなみにリッチであることが町の人間にわからないように仮面を被っている。


 「どうした? 逃げないのかい? それとも私を倒す作戦でも練っているのかな?」


 アルフレッドとリッチが今いる場所は下水道横の地下通路である。

 通路は人一人が余裕をもって通れる程度の幅はあるものの、基本的に前か後ろにしか動けず、リッチの魔法攻撃を躱すことはできない。

 通路の奥に逃げようとしても後ろから攻撃されるだけであり、不意を突いてすり抜けようとしても、警戒していれば十分防げる。

 そう考えたリッチは決して逃がさないように注意しながら問いかけた。


 「諦めたわけではないみたいだね。さてさて、いったい何を企んでいるのかな?」

 「別に何も企んでねえよ。ただ、もう慌てる必要がなくなった、というだけだ」

 「ほう? どういうことかな?」


 リッチにはアルフレッドの言葉の意図が分からなかったが、すぐに答えを知ることが出来た。


 「アル、状況がイマイチ分からないんだけど、説明してくれないかしら」


 リッチの後ろにはリリヴィアが立っていた。

 分からないと言いつつも大体のことは察している様子で得物の大剣を構えている。

 頼りになる援軍が来たので、もう慌てる必要がなくなったのである。


 「魔鼠退治してたら、リッチに出くわした。お前の目の前にいるのがリッチだ。ピンチなので助けてほしい」

 「OK、〖神速の一閃〗」

 「なっ」


 次の瞬間、リッチはリリヴィアの攻撃によって胴体が上下に真っ二つになっていた。


 「はっははは… まったく反応できなかった。なんて強さだ」

 「ふふん。まあね。悪いけど止めを刺させてもらうわよ」

 「やれやれ。こうなってしまったら、もうどうしようもないね。ただこのままやられるのも癪だから嫌がらせをしようかな」


 どうしようもないと言いつつ、リッチに慌てる様子はない。

 実に落ち着いた様子で懐から宝石を取り出して、それをアルフレッド達に見せる。


 「実は、私は万が一の事態に備えて屋敷にドラゴンのゾンビを隠していてね。この宝石を壊すとそれがこの街に解き放たれるようにしているんだ」


 リッチはそう言って取り出した宝石を握りつぶす。


 「……まじ?」

 「ははは。いま解き放ったドラゴンゾンビはBランクだ。街はもうすぐパニックになるだろうね」

 「Bランクくらい、倒すのは簡単よ」


 ひきつった表情のアルフレッドを見て、リッチは笑い、リリヴィアは余裕の態度を崩さずリッチに止めを刺した。




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 物語世界の小ネタ:


 この世界ではアンデッドモンスターが自然に生まれることはありません。

 死霊術というアンデッドを作り出すスキルがあり、そのスキルを使わない限りゾンビとかスケルトンとかは生まれません。


 ただし死霊術を使う人や魔物は結構いるため、ゾンビもスケルトンも割といっぱいいます。

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