第55話 【赤獅子盗賊団】一方その頃(sideリオーネ)
——とある森の中にて——————————————————————
アルフレッドとリリヴィアが【デビルブラックトリカブト】によって生み出された猛毒ヘドロを食べていた頃、アインダルク王国とツヴァイレーン帝国の国境付近の森では10人余りの男達が周囲を警戒しながら歩いていた。
「よし、追手は撒いた。少し休憩するぞ」
「へい」
男達は立ち止まり、輪を作るように座って話し出す。
「それにしても、やれば出来るもんですね。護送部隊襲撃して囚人助け出したうえに皆捕まらずに逃げ切れるなんて、ちょっとした奇跡ですよ!」
「向こうが油断してくれたおかげで上手い具合に隙をつくことが出来たからな。兵隊連中、顔を真っ赤にして怒ってやがったな。ざまあみろだ、へっへっへ」
男達は【赤獅子盗賊団】。
オットーの開拓村を襲って返り討ちに遭い、頭目であるリオーネを含む6人が捕らえられた。
捕らえられたリオーネ達は、翌日通報を受けてやってきた騎士団に引き渡されて砦に連行されていたのだが、そこを逃げていた手下達の一部が襲撃して首尾よく逃がすことに成功したのだった。
「まさか、てめえらなんかに助けられる日が来るとは思わなかったぜ。ったく」
「ははは。お礼については次の仕事の稼ぎで結構ですよ。分け前期待してますぜ、お頭」
「けっ、しょうがねえな」
お頭であるリオーネから礼を言われた黒髪の男が軽い調子で答える。
【赤獅子盗賊団】副頭目のロイだ。
彼を含めて5人の盗賊が捕まったリオーネ達を救い出したわけである。
「まあでも、助けてくれたことはほんとに恩に着る。ありがとよお前ら!」
リオーネと一緒に解放された他の盗賊達も礼を言う。
「ああ。あのままだったら俺らは縛り首か良くても鉱山送りだったろうからな。 ……にしてもあの村は酷かったよな……」
「……確かに。これから標的にするところは絶対安全なところを狙いましょうよ。間違っても【冥府の獄卒熊】みたいな悪魔がいないところ!」
「そんなにヤバかったのか? ちょっと気になってたんだが、あの村で捕まった後お前らどんな目に遭わされたんだ?」
捕まっていた面々から口々に「あの村は酷かった」ということを聞いて、ロイが具体的な内容を聞いてみると、最初に捕まった男達が答えだした。
「思い出すだけで体が震えてくるぜ……尋問っつーか拷問も当然あってだな、逆さ吊りで水桶に頭を突っ込まされたりなんかもしたが、それよりだ! 何より酷かったのがメシだ。出された料理があり得ないくらい酷かった……」
「拷問より酷い料理って何!?」
「【ゴブリン鍋】って言ってな。ゴブリンの肉や骨や内臓やらをデカい鍋でじっくり煮込んだ料理だ。ゴブリンの生首がそのまま鍋に浮かんでた……」
「滅茶苦茶臭い! 不味い! もう、見ただけで吐き気がしてくるっていう、『こんなの食い物じゃねえ!!!』って言いたくなってくるようなシロモノなんだが、食うのを躊躇っていると、あの【冥府の獄卒熊】が無理やり食わせてくるんだ……」
「『おいおい、俺様手作りの真心を込めた料理が食えねえってのか? 見ろよ、命を差し出してくれたゴブリンが恨みがましい顔でてめえを睨んでいるじゃねえか。ほら、食えよ。残したら呪われるぞ? それとも次はてめえを煮込んでやろうか?』なんて言って、ゴブリンの生首を目の前に突き付けてくるんだ」
「俺はあのゴブリンの顔が忘れられねえ……何か、この世の全てを呪ってるかのような憎悪に満ちた顔をしていたんだよ。いったい、どんな殺され方をしたんだよ、全く……」
「「「うわあ……」」」
話を聞いていたロイ達はあまりの内容に言葉を失う。
同時にこうも思う。
「自分は捕まらなくて本当によかった!」と。
「お前ら、その話はその辺にしとけ。アレ食わされてから俺は腹の調子がおかしいんだ。胃もたれがハンパねえ……」
「お頭も食わされたんすか」
「ああ。あと身代金も要求されたぞ。騎士団に突き出されたら俺ら縛り首だろ? それが嫌なら1人100万セント出せとよ。逃げた手下に連絡付けて用意させろ、なんて言ってたぞ。もちろん突っぱねたけどな」
ちなみにこの世界において都市部の一般市民が1カ月間働いて稼ぐ金額はだいたい1千セントくらいだ。
100万セントともなれば、日本円に換算すると少なくとも1億円以上にはなる。
「盗賊相手に身代金要求!? しかも100万セントって、そんな大金あるわけないでしょ! そんなに持ってたら盗賊なんてやりませんよ!」
「あたり前だ。ありゃ解放する気なかったな。そうやって追い詰めて、追い詰められた俺らを利用して逃げた奴らの居場所を突き止める気だ。そうして盗賊団全員を捕まえるか殺すかする気だったんだろ。絶対」
「悪魔だ! まさに悪魔だ!」
「絶対カタギのやることじゃねえ!」
オットーの悪辣さに戦慄する盗賊達。
下手をすれば自分達も捕まっていたと思うと背筋が凍る。
「ところで、せっかくだから聞いておきたいんですけど、お頭がやられた奴ってのは……」
「ああ。リリヴィア・ファーレンハイトって名乗ってたな。見た目は銀色の長髪にたぶん狼系だと思うが、魔獣の毛皮で作った服と帽子を着こんで大剣を持ってる、十代半ばくらいの若い女だ」
「強さの方はどうでした?」
「はっきり言って化け物だった。俺が負けたのは油断してたからでもなきゃ、連戦で疲れていたからでもねえ。俺じゃどう足掻いてもまともな勝負にならねえくらいの実力差があった」
「お頭でも全然敵わねえんですか!?」
「マジっすか!?」
「全然想像つかねえ……」
盗賊達はリオーネの話に驚愕する。
彼らにとってリオーネこそが最強の人間だったのだ。
それが手も足も出ない相手と聞いて信じられない気持ちでいっぱいになる。
しかし、実際にリオーネが捕まってしまったうえ、こうして本人の口から言われている以上は本当にそうなんだろうと思い直す。
そしてロイがそうした感情を抑えて今聞くべきことを聞く。
「そいつ、一体何者なのか分かりますか? あと、今後出会ってしまう可能性があるかどうかも」
彼らは既に多くの罪を重ねているうえに、今後も盗賊として活動を続けるつもりだ。
……である以上、今後も冒険者や騎士団などから討伐を受ける可能性は高く、それをどう躱すかが重要となる。
リオーネが今回出会ったという少女のような、絶対敵わない存在についてはできるだけ情報を集めて、可能な限り出会わないようにしておく必要があるのだ。
「俺が知ってるのは、そうだな……そいつがDランクの冒険者で、同じくらい年の若い男を仲間だと言ったことくらいだな。口ぶりからすると村人ってわけじゃなく、たまたま居合わせたか、オットーって奴に呼ばれたかのどっちかみたいだ。あと今後出会う可能性についてだが、可能性はあるだろうな。現役の冒険者なんだし、活動範囲は分からんが、あの村だけってこともないだろうからな」
「うげえ……マジか……」
「一番聞きたくない結果っすね」
「この国から早く出ましょう! 二度と来ないのが吉ですって!」
聞いていた盗賊達が頽れる。
リリヴィアという者が仮に村人であったなら、対策は簡単で単にその村を襲わなければ良いだけである。
しかし、村人ではない冒険者ということであれば、オットーの村以外にもいる可能性があるわけで、少なくともこの辺り一帯は彼らにとっての危険地帯と化す。
ただの村と思って襲ってみたら彼女がいて返り討ち、なんてことが普通にあり得るのだ。
「おい、お前ら、俺が今言った以外のこと知ってるやつはいないか?」
リオーネは同じく捕まっていた者達に聞いてみる。
もしかしたら自分が知らない情報を得ているかもしれないためだ。
「あ、俺の〖聴覚強化〗スキルで拾った内容なんですけど、そいつはリンドっていう所の出身で、今回はメノアっていう行商人の護衛としてあの村に来ていたそうです」
1人の盗賊がリオーネの質問に答える。
彼は最初に捕まった盗賊で、今回の襲撃では役に立たず、それどころかオットーに心を折られて「助けてくれぇ! こいつらやべえ!!!」と言って泣き叫んでいた男なのだが、耳が非常に良く、情報収集にかけては優秀な人材なのである。
捕まっている間も自慢の耳で村人達の会話を盗み聞きしていたらしい。
「リンドかあ……俺は知らねえっすね。知ってる奴いるっすか?」
「俺は知ってるぞ。魔境村って呼ばれていて、そこに行ったら最期、鬼より強い人外のバケモノ共に捕まって嬲り殺しにされるって。この国にはそういう場所があるらしい」
「なにそれ!? どんな地獄だよ!?」
盗賊の1人がリンド村の噂を知っていた。
アルフレッド達の故郷であるリンド村は彼らにとってはかなり恐ろしい場所として伝えられているようだ。
「あー……なるほど。納得だわ」
何か腑に落ちたらしいリオーネが声を上げる。
それと同時に騒いでいた盗賊達が静まって彼に耳を傾ける。
「俺もそのリンドっていう村のことは聞いたことがある。【閃光】のエリック・ファーレンハイトがいるってな。恐らくだがリリヴィアって奴はエリックの娘か何かだろう。小さな時からあのバケモノに鍛えられていたなら、あの強さにも納得がいく」
「何者ですか!? そのエリック・ファーレンハイトって!?」
「引退した元Aランク冒険者だ。現役時代、アインダルク王国の王宮に殴り込みをかけて、王宮の近衛騎士団を全滅させたうえに、国王に土下座で命乞いをさせたらしい」
「王様が命乞い!?」
エリックはリリヴィアの父親なのだが、随分な無茶をやったらしい。
「何でも国王のやることが気に入らなかったらしいが、まあ気に入らなけりゃ国王が相手でも容赦しねえ奴ってことだ」
「あの、それってかなりやばいんじゃ……いろんな意味で……」
「そうそう、性格もやべえですけど、本当にそんなことしたら……仮にその時はうまく切り抜けてたとしても、絶対後で逆賊とか反逆者とか言われて処刑されるやつ……」
「ところがどっこい、何のお咎めも受けてないんだよなあ。そいつ。つまり、国が尻尾をまいて泣き寝入りするくらい強いってことだ。この国の近衛騎士団はかなりの強者ぞろいって噂だし、それが束になっても勝てねえってんなら、もはやどうにもできないってことだろう」
「「「どんな化け物ですかソレーーー!?」」」
「あと、妻はアセロラって言うらしい。こっちも元Aランク冒険者でな、現役時代は【暴風】と呼ばれていて、とある町を襲った魔獣の大群を風系統の上位魔法で一掃したらしい。後には死体も建物も一切残らなかったそうだ」
「うわあ……完全に化け物ですねそいつ……」
「滅茶苦茶すごいですけど……建物が残らなかったって……それ、住民はどうなったんですか!?」
「さあ? 魔獣は全滅したらしいが、人間がどうなったかは知らん。ちなみにその町は無くなった」
「その方々は人間ですか? それとも天変地異か何かですか!?」
「さすがに誇張が入っているんじゃ……」
「それが誇張なしの実話っぽいぞ。あと他にもその村にはヤバイのがわんさかいるらしい。そしてそんな奴等の影響を受けた人間がそこら中を動き回っているとなると……」
「地獄ですね」
「理解しました。この国は修羅の国っすね! 絶対来ちゃいけないところだったんすね!」
「今すぐ逃げましょう! 休憩は十分です! 二度とこの国には来ない!!!」
盗賊達は軽いパニック状態になる。
いまの彼らにとってここは悪鬼羅刹がはびこる地獄である。
命があるうちに一刻も早く逃げなければならない。
「まあ、落ち着け。騎士団から追われている以上、この国から逃げなきゃならんのはその通りだが、ただ逃げりゃいいってもんでもないぞ。今後どうするかも決めねえとな」
「確かに。弱りましたね。このあいだ俺らは帝国で暴れすぎて、それで追われてこっちの国に来たわけですから、向こうじゃまだ帝国の騎士団が俺らを探していることでしょう。それでこっちにもいられないとなると……」
「ここにいたらバケモノ共に殺される。そして向こうに戻っても帝国の騎士団に追い掛け回される……」
「どっちがマシかっていうなら、帝国の騎士団の方がまだマシだな。同じ人間だから頑張ったら何とかなるかもしれないし」
「つっても騎士団も十分ヤバいぞ……」
あちこちから追われている彼らに安全な場所はないのだった。
その事実を再認識して頭を抱える盗賊達。
ちなみに彼らの中では、リリヴィア達はもはや人間ではないらしい。
「お頭はどう思います? 何かいい考えでも?」
「まあな。ほら、あそこなんかどうだ? この国に来る前に隠れ家を建てていたところ」
リオーネが提案したのはツヴァイレーン帝国領内のとある魔境だった。
獰猛な魔獣達が多く生息している危険地域で下手に踏み入れば魔獣の餌である。
しかし一方で人間は冒険者を除けばほとんど近寄らないため、潜伏するには適した場所でもある。
「あそこっすか!? 確かクリカラ山脈でしたっけ。ここからだと北西の」
「魔境の入り口ですよね? あそこ。確かに人間は寄り付かねえですけど、代わりに魔獣が襲ってきますよ!?」
「騎士団と戦うよりはまだマシだろ。それに魔獣は俺らをつけ狙っているわけじゃねえし、狩れば食糧にもなる」
「確かに。寝床は既にあるわけだし、慎重に動けばなんとかなりますね。ほとぼりが冷めるまでそこにもぐりましょう」
「「「賛成!」」」
「決まりだな。それとここにいねえ奴らはどうしてる? 捕まったのは俺らだけなんだろ?」
「他の奴らはそれぞれ好き勝手に逃げてますよ。【赤獅子盗賊団】は元々小さい盗賊団がいくつも寄り集まって出来た盗賊団ですし、前々からお頭についてる俺らはともかくとして、他の奴らには別に忠誠心や団結心なんてありませんからね。ヤバくなればあっさり逃げ散りますよ」
「それもそうか。ま、しばらくは隠れて大人しくしなきゃならんわけだし、散らばってる方が好都合か。よし、じゃあ行くぞ野郎共!」
「「「へい!」」」
こうしてリオーネ達は再び歩き出したのだった。
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物語世界の小ネタ:
リオーネは悪人ですが、面倒見が良いので部下からは意外と慕われていたりします。
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