第9-4話:飴とハンマー

 捕らえられたルクトゥスは、別の拠点惑星に連行された。情報軍が尋問を行う。


 残るは、ストルミク連邦への対応である。

 外交交渉となるので、ジョセフィーヌが対応を命じられた。

 マリウスはその護衛として、エスリリスとタキトゥスの2艦を率いて随行する。


          **


 ジョセフィーヌは、流出した機密情報の回収と、それを用いた事業の中止を要求したが、ストルミク政府は交渉に応じなかった。


 ストルミク連邦と星の人帝国クライスゼーレには、明確な外交関係はない。

 友好的な関係ではあるが、ストルミク連邦は帝国に従属していない。言うことを聞く義務はないのだ。

 加えて、企業が強い力を持っている。

 アジワブ社は大財閥の一つ。その事業を損ねるような要求に、応じることは出来なかった。


 ジョセフィーヌは、そうした反応を予想していた。なので、交渉開始すら困難と見るや、さっさと小惑星帯に移動したのであった。


          **


 ストルミク人との「ファーストコンタクト」の後、帝国はストルミク連邦への「不干渉」を宣言した。

 星の人に危害が加えられない限り、帝国は居住地や「ゲート」を攻撃しない。

 居住地やゲートの他は「公海」となり、双方、何をしても自由。

 この辺りの状況は、地球と星の人の関係と同じだ。


 この星系の小惑星帯は、第三惑星と第四惑星の間にある。

 ジョセフィーヌは、手頃な小惑星を選ぶと、恒星(太陽)に向けて、押した。



 ストルミク政府が気づいた時には、直径数十キロメートルの小惑星が10個、恒星に向けて落下していた。

 10個すべてが、第二惑星(ストルミク人の母星)への衝突コースにあった。


 ストルミク政府は大慌てで、ジョセフィーヌとの交渉に応じた。

 アジワブ社も呼び出された。

 交渉の経緯は公開されなかったが、機密情報データの消去と、アジワブ社の「新事業」の停止で、大筋の合意が成立した。

 詳細について、交渉が続く。


          **


「お前のアイデアに敬意を表して、『マリウスのハンマー』と呼ぶことにした」

 書きかけの作戦報告書を指差しながら、笑う。


 マリウスは無言で無表情。反応がない。

「もっと嬉しそうな顔をしろよ。お前の名前が後世に残るんだぞ」

 無理を承知で無茶を言った。


 ニュースメディアは「また帝国が酷いことを」と報道したが、本当の厄災は数世代後に発生する。

 ジョセフィーヌの報告書を見て、「マリウスのハンマー」を交渉に使う星の人が、続出するのだ。

 その多くは、「一定の期間、ちゃんと合意を守ったら、小惑星を安全なコースに動かしますよ」という約束付きだった。

 だが星の人帝国クライスゼーレは、軍事力と技術はすごいが、運用がいい加減な、残念な銀河帝国である。

 小惑星を動かす約束を、星の人が忘れる(引き継がれない)事案が続発し、社会問題化するのであるが。まあそれは、将来の話だ。


          **


「明日、イムダットに会うのだが、お前も来てくれないか」

「イムダットというのは?」

「アジワブ社の社長だ。

 新事業を停止するよう言ったのだが、泣きつかれた。

 影響を最小化する方法を相談したい、とな。

 だが、もう一つ。お前に伝言を頼まれたんだ」

「わたしに? 何ですか?」

「娘のエレアノが泣いて暮らしている。お前に会いたがっているそうだ。

 いったい、何をやらかしたんだ?」


 ビデオ通話で会話に参加していたマルガリータが、ニヤリと笑う。

「マリウスが、エレアノちゃんの心を盗んだのです」

「ほう。面白い。なんならそのまま結婚したらどうだ。

 マリウス、来てくれるか?」

「わかりました」


          **


 ジョセフィーヌたちは、白いポッドでアジワブ家の屋敷に降下した。

 海賊群の鎧部隊が同行している。


 アジワブ社の建築業は、大変長い歴史を持っている。惑星への植民が開始された時期に創業されたので、ストルミク連邦と同じくらい古い。

 ちなみに、大株主のアジワブ家は創業家ではない。2度、宗家の変化があったが、アジワブの家名を引き継いだのだ。現在は3ファミリー目にあたる。


 機械化が進んだとはいえ、建築業は労働集約型の産業である。

 多数の従業員=世襲契約を結んだ、投票権を持つ市民=を抱えているので、政治にも強い影響力を持つ。


 だが、建築業の業績は、このところずっと右肩下がりだった。

 理由はいくつかある。

 外惑星(恒星から遠く離れた惑星)の人々が、豪奢な建築物に興味を持たないこと。

 ゲート経由で開拓された新しい恒星系も、彼らの影響を受けていること。

 さらに、銀河ハイウェイ経由での外資の参入など。


 こうした状況で、目をつけたのが、「とてもリアルな人型ロボット」だった。

 新事業は社運をかけたプロジェクトであることを、イムダットは切々と訴えたのだが。

「いや駄目だ」

 ジョセフィーヌはにべもなかった。


「これまで、膨大な投資も行ってきました。

 回収できなくなったら、うちの経営は立ち行かなくなります」

「経営にリスクはつきものだろう」

「多数の従業員が路頭に迷います。政情不安を引き起こしかねない」

「そういうことは、ストルミク政府と相談してくれ。

 もう話すことはなさそうだな」


 立ち上がり、会談を打ち切ろうとするジョセフィーヌ。

 イムダットは床に身を投げ出し、彼女の長い足に取りすがった。

「待ってください!

 銀河ハイウェイに広がる、あまたの星系、

 そこの富裕層の顧客に、販路を開拓したのです。

 多数のお取引を戴いてます。

 この人たちのご期待に、今後もお応えしたいのです」

「ほう? 富裕層?」

 ジョセフィーヌの足が止まった。


「では、これならどうだ?」

 そして投影したのは、

 相撲取りと、手で顔を隠す女性――ナイシキールの宣伝写真だった。


 イムダットは、怪訝そうな顔で、画像の女性を見つめる。

「この、白いのを飲むとだな」

 ビフォーアフター写真を指差す。

「これが、たったの1週間で、こうなる」

「1週間で? まさか!」

 ジョセフィーヌは不敵な笑みを浮かべた。

「これはな、代謝を促進させるとか、食欲を落とすとか、

 そういった従来の方法とは一線を画す、全く新しい製品。

 余計な脂肪を、文字通り切り取って、外に流すんだ」


「ナイシキール」の文字が浮かび上がり、激しく明滅した。


「この技術を我々に?」

「いや。技術はやらん。

 製品を渡すから、販売するがいい」


 写真を見ながら、なおも逡巡するイムダット。

 するとジョセフィーヌは、急に声を潜めた。


「ちなみに、□□□□も使っている。

 もう手放せないと言っていた」

「えっ! あの女優が?」

「▼△〇は、前作の肉体派戦士役から一転、陰湿なシリアルキラーを演じたが、これがなかったら、もっと時間がかかっただろうな」

「あれは俳優のプロ根性かと思ってました・・・」

「激痩せだけが使い道じゃない。

 体重維持で苦労する人は多い。

 まあ・・・ЧДЮとかな」

「スポーツ業界まで!?」


「帝国の名前は絶対に出すな。

 顧客管理や、クレームや訴訟の対応は、全部お前たちの責任でやるんだぞ。

 あと、売り上げの5%を、ここに」

 そう言って、名刺サイズの空中ディスプレイを出した。

「振り込め」


 イムダットはしばらくの間、小さなディスプレイを見つめていた。

 そして、無言で、頷いた。


          **


 ジョセフィーヌは会談の様子を、情報軍の同僚に共有した。


「そんなことして、いいんでしょうか?」

 マルガリータがビデオ通話越しに尋ねた。

 騒動が収まった後、撮影が再開したので、まだアナクレオン星系にいる。


「まあ、情報軍は予算が少ないからね。

 交渉事には資金が必要だし。

 自分たちで賄う努力も必要なのかな」

 仕方がないのかな、という顔でツェレルが呟く。


「予算不足に対応するためではない」

 ジョセフィーヌは、首を振った。銀長髪が揺れる。


「いいか、われわれ情報軍は、帝国と他の国の関係を、変えようとしているんだ。

 これまでは、力と恐怖だけで、対峙してきた。

 これからは、富と喜びを以って、交流していく。

 他国との、付き合い方が変わる。

 今回の取引は、そうした大きな変化の一環、

 新しい外交の始まりなのだ」


 ツェレルは「小惑星を動かした時点で、脅迫しているけど・・・」と思った。

 これまでの帝国のやり方は、無茶で無謀で無情だったが、少なくとも潔癖ではあった。

 一方、ジョセフィーヌのやり方からは、欲望と汚職の匂いがする。

 でも、他国との関係が緊密になれば、戦争はなくなるかもしれない。

 だから、ジョセフィーヌが起こそうとしている変化は、トータルでは望ましいものに思えた。ツェレルは頷いた。


 マルガリータは純粋に、「戦わなくなるなら、それが最善ですね!」と思った。

「それに、美味しいものが、もっと食べられそうな気がします!」


 こうして、ジョセフィーヌの高邁な思想は、情報軍の次の世代へと、しっかり引き継がれたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る