第9-4話:飴とハンマー
捕らえられたルクトゥスは、別の拠点惑星に連行された。情報軍が尋問を行う。
残るは、ストルミク連邦への対応である。
外交交渉となるので、ジョセフィーヌが対応を命じられた。
マリウスはその護衛として、エスリリスとタキトゥスの2艦を率いて随行する。
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ジョセフィーヌは、流出した機密情報の回収と、それを用いた事業の中止を要求したが、ストルミク政府は交渉に応じなかった。
ストルミク連邦と
友好的な関係ではあるが、ストルミク連邦は帝国に従属していない。言うことを聞く義務はないのだ。
加えて、企業が強い力を持っている。
アジワブ社は大財閥の一つ。その事業を損ねるような要求に、応じることは出来なかった。
ジョセフィーヌは、そうした反応を予想していた。なので、交渉開始すら困難と見るや、さっさと小惑星帯に移動したのであった。
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ストルミク人との「ファーストコンタクト」の後、帝国はストルミク連邦への「不干渉」を宣言した。
星の人に危害が加えられない限り、帝国は居住地や「ゲート」を攻撃しない。
居住地やゲートの他は「公海」となり、双方、何をしても自由。
この辺りの状況は、地球と星の人の関係と同じだ。
この星系の小惑星帯は、第三惑星と第四惑星の間にある。
ジョセフィーヌは、手頃な小惑星を選ぶと、恒星(太陽)に向けて、押した。
ストルミク政府が気づいた時には、直径数十キロメートルの小惑星が10個、恒星に向けて落下していた。
10個すべてが、第二惑星(ストルミク人の母星)への衝突コースにあった。
ストルミク政府は大慌てで、ジョセフィーヌとの交渉に応じた。
アジワブ社も呼び出された。
交渉の経緯は公開されなかったが、機密情報データの消去と、アジワブ社の「新事業」の停止で、大筋の合意が成立した。
詳細について、交渉が続く。
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「お前のアイデアに敬意を表して、『マリウスのハンマー』と呼ぶことにした」
書きかけの作戦報告書を指差しながら、笑う。
マリウスは無言で無表情。反応がない。
「もっと嬉しそうな顔をしろよ。お前の名前が後世に残るんだぞ」
無理を承知で無茶を言った。
ニュースメディアは「また帝国が酷いことを」と報道したが、本当の厄災は数世代後に発生する。
ジョセフィーヌの報告書を見て、「マリウスのハンマー」を交渉に使う星の人が、続出するのだ。
その多くは、「一定の期間、ちゃんと合意を守ったら、小惑星を安全なコースに動かしますよ」という約束付きだった。
だが
小惑星を動かす約束を、星の人が忘れる(引き継がれない)事案が続発し、社会問題化するのであるが。まあそれは、将来の話だ。
**
「明日、イムダットに会うのだが、お前も来てくれないか」
「イムダットというのは?」
「アジワブ社の社長だ。
新事業を停止するよう言ったのだが、泣きつかれた。
影響を最小化する方法を相談したい、とな。
だが、もう一つ。お前に伝言を頼まれたんだ」
「わたしに? 何ですか?」
「娘のエレアノが泣いて暮らしている。お前に会いたがっているそうだ。
いったい、何をやらかしたんだ?」
ビデオ通話で会話に参加していたマルガリータが、ニヤリと笑う。
「マリウスが、エレアノちゃんの心を盗んだのです」
「ほう。面白い。なんならそのまま結婚したらどうだ。
マリウス、来てくれるか?」
「わかりました」
**
ジョセフィーヌたちは、白いポッドでアジワブ家の屋敷に降下した。
海賊群の鎧部隊が同行している。
アジワブ社の建築業は、大変長い歴史を持っている。惑星への植民が開始された時期に創業されたので、ストルミク連邦と同じくらい古い。
ちなみに、大株主のアジワブ家は創業家ではない。2度、宗家の変化があったが、アジワブの家名を引き継いだのだ。現在は3ファミリー目にあたる。
機械化が進んだとはいえ、建築業は労働集約型の産業である。
多数の従業員=世襲契約を結んだ、投票権を持つ市民=を抱えているので、政治にも強い影響力を持つ。
だが、建築業の業績は、このところずっと右肩下がりだった。
理由はいくつかある。
外惑星(恒星から遠く離れた惑星)の人々が、豪奢な建築物に興味を持たないこと。
ゲート経由で開拓された新しい恒星系も、彼らの影響を受けていること。
さらに、銀河ハイウェイ経由での外資の参入など。
こうした状況で、目をつけたのが、「とてもリアルな人型ロボット」だった。
新事業は社運をかけたプロジェクトであることを、イムダットは切々と訴えたのだが。
「いや駄目だ」
ジョセフィーヌはにべもなかった。
「これまで、膨大な投資も行ってきました。
回収できなくなったら、うちの経営は立ち行かなくなります」
「経営にリスクはつきものだろう」
「多数の従業員が路頭に迷います。政情不安を引き起こしかねない」
「そういうことは、ストルミク政府と相談してくれ。
もう話すことはなさそうだな」
立ち上がり、会談を打ち切ろうとするジョセフィーヌ。
イムダットは床に身を投げ出し、彼女の長い足に取りすがった。
「待ってください!
銀河ハイウェイに広がる、あまたの星系、
そこの富裕層の顧客に、販路を開拓したのです。
多数のお取引を戴いてます。
この人たちのご期待に、今後もお応えしたいのです」
「ほう? 富裕層?」
ジョセフィーヌの足が止まった。
「では、これならどうだ?」
そして投影したのは、
相撲取りと、手で顔を隠す女性――ナイシキールの宣伝写真だった。
イムダットは、怪訝そうな顔で、画像の女性を見つめる。
「この、白いのを飲むとだな」
ビフォーアフター写真を指差す。
「これが、たったの1週間で、こうなる」
「1週間で? まさか!」
ジョセフィーヌは不敵な笑みを浮かべた。
「これはな、代謝を促進させるとか、食欲を落とすとか、
そういった従来の方法とは一線を画す、全く新しい製品。
余計な脂肪を、文字通り切り取って、外に流すんだ」
「ナイシキール」の文字が浮かび上がり、激しく明滅した。
「この技術を我々に?」
「いや。技術はやらん。
製品を渡すから、販売するがいい」
写真を見ながら、なおも逡巡するイムダット。
するとジョセフィーヌは、急に声を潜めた。
「ちなみに、□□□□も使っている。
もう手放せないと言っていた」
「えっ! あの女優が?」
「▼△〇は、前作の肉体派戦士役から一転、陰湿なシリアルキラーを演じたが、これがなかったら、もっと時間がかかっただろうな」
「あれは俳優のプロ根性かと思ってました・・・」
「激痩せだけが使い道じゃない。
体重維持で苦労する人は多い。
まあ・・・ЧДЮとかな」
「スポーツ業界まで!?」
「帝国の名前は絶対に出すな。
顧客管理や、クレームや訴訟の対応は、全部お前たちの責任でやるんだぞ。
あと、売り上げの5%を、ここに」
そう言って、名刺サイズの空中ディスプレイを出した。
「振り込め」
イムダットはしばらくの間、小さなディスプレイを見つめていた。
そして、無言で、頷いた。
**
ジョセフィーヌは会談の様子を、情報軍の同僚に共有した。
「そんなことして、いいんでしょうか?」
マルガリータがビデオ通話越しに尋ねた。
騒動が収まった後、撮影が再開したので、まだアナクレオン星系にいる。
「まあ、情報軍は予算が少ないからね。
交渉事には資金が必要だし。
自分たちで賄う努力も必要なのかな」
仕方がないのかな、という顔でツェレルが呟く。
「予算不足に対応するためではない」
ジョセフィーヌは、首を振った。銀長髪が揺れる。
「いいか、われわれ情報軍は、帝国と他の国の関係を、変えようとしているんだ。
これまでは、力と恐怖だけで、対峙してきた。
これからは、富と喜びを以って、交流していく。
他国との、付き合い方が変わる。
今回の取引は、そうした大きな変化の一環、
新しい外交の始まりなのだ」
ツェレルは「小惑星を動かした時点で、脅迫しているけど・・・」と思った。
これまでの帝国のやり方は、無茶で無謀で無情だったが、少なくとも潔癖ではあった。
一方、ジョセフィーヌのやり方からは、欲望と汚職の匂いがする。
でも、他国との関係が緊密になれば、戦争はなくなるかもしれない。
だから、ジョセフィーヌが起こそうとしている変化は、トータルでは望ましいものに思えた。ツェレルは頷いた。
マルガリータは純粋に、「戦わなくなるなら、それが最善ですね!」と思った。
「それに、美味しいものが、もっと食べられそうな気がします!」
こうして、ジョセフィーヌの高邁な思想は、情報軍の次の世代へと、しっかり引き継がれたのだった。
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