第2-6話:おもてなし

 立会人の老人は、二人を店の外に連れ出すと、決闘を締めくくった。

 改めて、エレアノの決闘代理人グラスウェンの勝利を宣言した上で、ヨランにはこの場での謝罪と、同様の侮辱を公の場で繰り返さないことを約束させた。

 また、双方とも、決闘の詳細は公表しないことで合意した。


 ヨランが神妙な面持ちで非礼を詫び、頭を下げると、エレアノも良家の子女らしく、しおらしく謝罪を受け入れた。その様子をタカフミたちは遠巻きに見守った。


 ヨランと取り巻きたちが立ち去ると、エレアノはくるりと振り返った。満面に笑みをたたえて、マリウスに駆け寄る。


「もう、あんな無礼なことは、二度と言わないそうです」

「それは良かった」

「グラスウェン様、グラスウェン様!」

 エレアノは、喜びのあまり有頂天になっていた。

 マリウスの手を掴むと、ぶんぶん振り回す。

「お礼がしたいので、明日、うちに来て頂けませんか?

 お夕食とか、おもてなしいたします!」

 背後でマルガリータが「よおし!」と呟いてガッツポーズを取っていた。


          **


「わたし、『運命の人』を見つけました!」


 広大な邸宅に戻ると、エレアノは家人を呼び集め、叫ぶように告げた。


「左様でございますか」

 ポリーヌは淡々と応えた。


 ポリーヌは、エレアノの世話係であり、この館の副執事、兼、女性スタッフを束ねるメイド長的な立場の女性である。服装はエレアノとあまり変わらない。ストルミクで一般的な、フライトスーツ風の上下を身に着けている。


「私に代わって、戦ってくれたのです。明日、丁重におもてなしします!」

「では、さっそく準備いたします」



 エレアノがまだ幼い頃――小学校入学くらいの時に、10歳以上も年の離れた男の子を家に連れてきたことがあった。その時の邸宅は、蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。

 だが2週間もたたないうちに「運命の人だと思ったけれど、違いました」とエレアノが気づいて、解消となった。


 思い込みの激しい性格で、「運命の人」も今回で6人目である。ポリーヌも慣れたもので、この段階で抵抗したり諭したりしても効果がないとわきまえていた。

 まずは神妙に承り、あの手この手で「間違いだったと気づく」ように仕向ける。これがポリーヌの作戦だった。


「お父様に言ってはだめよ。

 お仕事はできるけれど、こういう男女のきびは分からないから」

「それはエレアノ様も・・・ゴホン、かしこまりました」


 すみません。もう既に連絡は差し上げていて、「またか。出張で戻れないから、うまくあしらってくれ」と一任されました。ポリーヌは心の中で頭を下げた。


 エレアノが「部屋の準備をする」と言うので女性スタッフを1名付き添わせると、ポリーヌも歓待の手配に取り掛かった。

 今度の男は、どこの馬の骨とも知れない輩である。まあいずれ、虫けらのようにエレアノ様から嫌われて、追い出されることになるだろう。いざとなれば、二度とストルミクの大地を踏めないように手を回そう。


          **


 そんな風に考えていたポリーヌだったが、

"こんなのあり!?"

 翌日の夕刻、食事には少し早い時間に招かれた男性を見て、絶句した。


 すらりとした体躯にビジネススーツをまとい、艶やかな黒髪を腰までなびかせている。人形のように整った美貌。待ち受けたエレアノやポリーヌたちを前にして、笑みも驚きも見せずに端然としている。


 オラティス人って、こんな美形なの? と思ったが、後に付きそう同僚の男は、ごく普通だった。いや、普通というのは失礼だな、とポリーヌは思い直す。こちらは190㎝はある筋肉質の長身で、周囲を注意深く見渡している。グラスウェン氏の護衛だろう。


 女性スタッフたちも、我を忘れ、陶然としてマリウスを見つめていた。

 一瞬早く立ち直ったポリーヌに急かされ、歓迎の笑顔を浮かべると、来訪者を取り囲み、邸内に案内した。

 女性スタッフたちの想いは一つだった。

「何も知らないエレアノ様には、もったいなさ過ぎる!」



「じゃ、じゃあ、夕食まで少し間がありますから、グラスウェン様は私の部屋に・・・」

「いいえ!」

 エレアノの言葉を、ポリーヌが鋭くさえぎった。

「グラスウェン様は昨日の決闘で、大層お疲れのはず。

 当家自慢の『ハマム』で、疲れを癒して頂きましょう。

 エレアノ様、丁重におもてなしするというのは、こういうことを言うのです!」


 いつになく強烈なポリーヌの圧に押され、エレアノは「そ、そうなの。じゃあお願いね」と頷いた。


          **


 案内されたのは、大きな離れの建物だった。

 ロビーは2階まで吹き抜けの広い空間。壁と天井は純白の石材。

 壁の下側、人間の背丈ほどの高さは、グレーの筋が入った大理石で飾られていた。

 天井には小さな窓が並び、陽の光が柔らかく差し込んでいる。


 中央には、磨き上げられた六角形の大理石。華麗な象嵌ぞうがんが施されている。そこに並んで座った。


 ほどなく、女性が1人やって来た。

「グラスウェン様、こちらへどうぞ」

 正面には馬蹄型のアーチがあり、通路が左右に分かれている。

 奥に進むように促されたので、タカフミが代わりに尋ねた。

「ここはどういった施設ですか?」

「 香りと熱で、疲れをほぐしていただく施設になります」

 アロマセラピーとか、アロママッサージとかいわれるものか。


「どうします?」

 マリウスは、香りについても快・不快を感じることが出来ない。


「せっかくのおもてなしだから、受けよう」

 そう言って、マリウスは立ち上がった。左の通路に案内される。

 マルガリータが手を振って見送った。


「グラスウェン様だけなんですかね~?」

「まあ、戦ったのは、彼だからね」

 すると、別の女性がタカフミの前に立った。

「タカフミ様も、どうぞ」

「え、自分もいいんですか?」

「そのように仰せつかっております」

「良かったですね~。お金持ちはこころが広いですね」

 笑顔のマルガリータに見送られて、タカフミは右に進んだ。



 通された部屋は、6畳ほどの広さだった。絨毯が敷かれている。

 若い女性が、籐かごを持って入って来た。タカフミは、施術着に着替えるのだろうと思ってかごを覗いたが、何も入っていない。


「お召し物は全てこちらへ」

”は?”

 視線をかごから上げると、女性はフライトスーツではなく、ローブのような服を羽織っていた。胸元が大胆に開いている。裾も大変に短い。これまでストルミクでは全くお目にかからなかった、露出の多い服装だった。


 別の女性が、奥の扉を開けた。湯気が流れ込んできた。

 振り返り、タカフミが籐かごを持ったまま立ちすくむのを見ると、微笑みながら歩み寄り、両手を伸ばしてきた。

「お手伝いいたします」

 今、なんと!?

 これはまずい!


 咄嗟に気にしたのは、自分自身のことだった。

 マリウスは、さすがに事情を察して、断っているだろう。

 むしろ後になって、「鼻の下を伸ばしていたんだろう」と、冷たい目で見られるのが怖い。


「駄目です。女性はダメ。結構です」

 大げさに手を振って、断った。

 女性たちは少し驚いたが、すぐに、何かを察したような表情を浮かべた。

 なるほどね、といった顔で、2人で頷き合った。そして。

「これは、気づきませんで、失礼いたしました」

 と頭を下げて、部屋を出て行った。


”良かった。おもてなしだから、無理強いはしないよな”

 タカフミが胸をなでおろしていると、別の人影が入って来た。


 顎髭・頬髯を伸ばした、いかつい大男である。胸毛も濃い。

 腰にタオルを巻いただけの格好。


「旦那、これを」

 タオルを渡すと、タカフミを奥の部屋に押し込んだ。


          **


 マリウスが案内された部屋には、女性が2人いた。一人が長髪にそっと触れる。

「見事な御髪です。お手入れはご自分で?」

「いや。友だちが洗ってくれる」


 マリウスの洗い方が雑なので、見かねたマルガリータが代わりに洗っている。

 そんなわけで、人に触られたり、世話されることに、あまり抵抗がない。


 だが、さりげなく上着を脱がされた時点で、思い出した。

”あ、脱いでは駄目だったな”


 断ろうとした時、さらに女性が2人、部屋に入って来た。

「どうしたの?」

「あちらの方、女よりも、男の人が好きなんだそうです」


”え、タカフミって、そうだったのか?”

 マリウスは、意外に思った。

”それなのにうちの艦隊に来るとは。不憫なやつだな”


 はっと気づくと、なんと下も脱がされていた。

 スラックスをいつの間に!? 妖術か!?

 慌ててパンツを掴む。駄目だ、絶対にこれだけは脱ぐなと言われたじゃないか。


「すまないが、脱いではいけないんだ」

「まあ。なぜですか?」


”なぜって。理由がいるのか?”

「・・・恥ずかしいから」

「まあ」

 女性は口に手を当てて、上品に笑った。


「大丈夫です。では、目をつぶりますから」

 ぎゅっと目をつぶって見せた。


”ええと、それなら大丈夫なのか?”

 そう思いつつ部屋を見渡す。他の女性たちが、凝視していた。口元に笑みは浮かべているが、食い入るように見つめている。顔を紅潮させている者もいた。

”思い切り見てるじゃないか!”


「いや、だめなんだ」

 必死でパンツを守る。


「わかりました。後で着替えをお持ちいたします。

 そのままで、奥へどうぞ」


 4人は、マリウスを取り囲むようにして、湯煙の中へと誘った。


          **


 結論から言うと、タカフミはハマムを堪能した。


 髭男はまず、熱い湯を豪快に浴びせると、タカフミの頭を洗った。

 次に垢すり。大量に掻き出されて驚く。


 それから、石の台の上に横になるよう、身振りで示された。柔らかいタオルがかけてある。石は熱を帯びていた。良い香りのする油を注がれた後、全身をもまれた。非常に力強い、本格的なマッサージだった。


 なによりも、男が寡黙なのが良かった。何か話そうとか、余計な気遣いをする必要もない。タカフミは、まどろみながら施術を受けた。

 最後に体を起こされると、芯まで温まり、凝りがすっかり流れ出したように、体が軽かった。

 タカフミはありがとうと言った。男は黙って頷くだけだった。

 職人気質な仕事ぶりにも、タカフミは大いに感銘を受けた。



 先ほどの、六角形の大理石に戻された。腰のタオル一枚の姿。ほどよく冷えたレモン水を飲みながら、休む。

 一息ついて、2人の姿がないことに気づいた。


 マリウスは先に呼ばれたし、断ったのなら、なおのこと先に戻っているはず。

 マルガリータと共に移動したのか?


 周りを見回していると、バラのような良い香りが漂い、

 純白のバスローブにくるまれたマリウスが、戻ってきた。


 その恰好は! そもそも、なぜマリウスはバスローブなんだ? もしかして!?

 タカフミの顔を見ると、マリウスはなだめるように言った。

「安心しろ。守った」

 そういって、確認させるように、バスローブの前を、開いたのである。


 上気した肌。下には肌着を1枚だけ、身に着けている。

 その姿ではなく、前をはだける動きに、タカフミは顔を赤くして、目をそらした。

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