第1-5話:余計な肉を切る

「それで。どっちのを切り落とすんだ?」

重巡ベルリオーズの一室。マリウスが身を乗り出して聞いた。マルガリータとツェレルの胸を交互に見る。マリウスの顔は、笑っていない。


 ツェレルは呆気にとられた表情。傍らのマルガリータに顔を寄せ、声を潜める。

「司令解任で動揺して、おかしくなっている?」

 マルガリータはマリウスの能面を眺め、

「いえ? 見た目も話しぶりもいつも通りですよ。大丈夫だいじょーぶ」

「それは大丈夫なの?」


「一人での調査は厳しい。情報軍の同行者が欲しい」

「私は、これまでの調査で面が割れているから、無理」

「ではやはり」

「ちょっと! 2人とも何を見てるんですか!」

 マルガリータ、守るように自分の胸をかき抱く。


「あのー」

 タカフミがおずおずと声をあげた。

 灰色のシャツにスラックスという、いつもの艦内スタイルに着替えていた。司令部旗艦とはいえ、その辺りは同じでいいそうだ。

 もっと言えば、これは歩兵・機動歩兵の服装である。艦隊派はここでも緑の制服をビシッと着用している。情報軍はシャツ姿の時もあるが、今は2人とも青いボディースーツ姿だ。


「はじめまして。タカフミだね?

 私は情報軍のツェレル。よろしく」

 ツェレルは笑顔で挨拶した。無視したわけではなく、マリウスの発言で面食らっていただけだった。情報軍の人は愛想がいいなぁ、とタカフミは少し嬉しくなった。


「マリウスのことを、『少年』と報告したそうだね」

「うっ」

 タカフミは絶句。またその話題ですか・・・隣をそっと伺うと、同じく灰色シャツ姿のマリウスが、正面を無表情に見つめ、棒のように突っ立っていた。

 ツェレルに促され、4人がけのテーブルに着席。


「今度の任務について教えてください。

 2人は既に知っているのかも知れませんが」

「そうだね。会議では、ほんの概要だったから。詳しく説明します」



 ツェレルは銀河系の画像を投影。

「この、ぐるっと回っている星の渦がペルセウス腕。

 黄色い線が銀河ハイウェイ。

 で、ハイウェイ路線の途中、真ん中辺にあるのがストルミク連邦」


 赤い点を指し示す。スワイプで拡大。すると赤い点は、更に小さな4つの点で構成されていた。

「この国は、企業で構成されている。地球との違いは、企業しかない、ということ。自治体や公企業というものがない。それに該当するサービスも全て、私企業で運営されている」

 点の一つをつつくと、恒星(太陽)と惑星が表示された。第二惑星を拡大。

「惑星ストルミクにある、アジワブ社という大企業が、今回のターゲットです」



 一介の企業が何をやらかせば、星の人の調査を受けることになるのか?

 タカフミは頷いて、説明を続けるようにお願いした。

「このアジワブ社に、我が国の技術、機密情報が流出しているのです」

「ネットワーク経由で盗み出したのでしょうか?」

「いえ。どうも、兵士が――帝国市民が、アジワブ社に加わって、技術を伝えているようなのです」


 ツェレルが空中ディスプレイを叩くと、画像が切り替わった。顔写真が4枚、並んで表示される。

「容疑者たちです。この中の一人がストルミクに密出国したらしい。アジワブ社の研究所で寝泊まりしていて、敷地から出てきません。

 情報流出者の特定が、今回の目的になります。流出者に接触して、生体情報を手に入れて欲しい」


 マルガリータが手をあげて質問した。

「この人いませんか? と問い合わせたら?」

「否定され、流出者は処分されるでしょうね。それでは特定できない」

 ツェレルは、首を振った。


「生体情報というのは、何を手に入れたらいいですか?」

「毛根付きの頭髪、あるいは肉片だ」

 横からマリウスが答えた。

「頭髪で十分です。肉は要りません。切ってこないでね、お願いだから」


「目的は理解した。研究所にはどうやって入り込むんだ?」

「その方法も、頑張って調査してください」

 うわ、丸投げか! とタカフミは内心で毒づいた。


          **


 マリウスは右の頬を撫でた。考え込む時の癖である。

 マルガリータは首を傾げた。

 2人とも、どうしたらいいのか分からない、という雰囲気だ。


「ええと、研究所を見せてください、ってお願いする?」

「アジワブ社にとってメリットがない」

「お金を払って入れてもらう?」

「秘密情報を扱う場所だ。容易には入れないだろう」

 マリウスの首が回って、無言でタカフミを見る。

 何か考えろ、と無表情の圧がかかった。


「えーと、アジワブ社の事業は?」

「建築業。宇宙進出前から続く名門で、非常に多くの従業員を抱えている。

 先代の社長から、新しい事業を始めた。

 研究所は、その新事業のために作られたものです」


 ツェレルはディスプレイを手元に引き寄せると、資料の中から一つを取り出す。

「新しい事業の一つ目が、人型ロボットです」

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