第1-4話:不安しかありません
「新しい任務、何でした?」
タカフミは、会議室から出てきたマリウスに声をかけた。
さっきより少し、元気になった気がするが、はっきりしない。少し怒っているようにも感じられた。
「男になれと言われた」
「はぁ!?」
まさか身体改造とか、されてしまうのか?
星の人なら、そのくらいの無茶もしそうで怖い。
「このままで行けると言われた」
もしかして怒ってます? と聞く前に、すっと立ち去ってしまった。
**
「次はタカフミですよ~」
マルガリータに言われ、制服の襟を正す。航宙自衛隊の第1種礼装に着替えていた。会議室に向かう。
「観戦武官がお見えになりました」
マルガリータがノックして告げると、ドアが開き、中に案内される。
ゴールディが立ち上がり、歩み寄ってきた。灰色のシャツにタクティカルパンツという服装。右手を差し出す。
「ゴールディだ。ベルリオーズにようこそ、タカフミ」
「直接お目にかかれて光栄です。軍団長閣下」
握手する。
「腰かけてくれ」
「その前にこちらを。首相からの親書です」
異星人来訪という、驚愕の事態が発生したのに、肝心の異星人が地球に関心がなく、ほとんど何も教えてくれない。
幸いなことに、マリウスはタカフミのことが気に入ったようである。タカフミは、「この縁を活かして、何とかして銀河系社会のことを調べて、報告せよ」という、かなり曖昧というか、裁量性の高い任務を与えられて、送り出された。
その際に与えられたのが、首相からの親書である。星の人の、然るべき立場の人に会えたら渡すようにと言われた。桐の箱に収められている。
今、対面しているゴールディは、501軍団の軍団長だ。
501軍団の軍管区は「オリオン支線」。これは、銀河系の渦状腕「ペルセウス腕」から分岐して、地球へと至る、銀河ハイウェイ路線のこと。
早い話が、地球周辺を支配する軍団の、軍団長なのである。
ちなみに、軍管区の幅は、銀河ハイウェイから半径100光年。地球から100光年と言えば、おおいぬ座のシリウス、わし座のアルタイル、みなみうお座のフォーマルハウト、おうし座のアルデバラン、しし座のレグルスなどが含まれる領域だ。
今後、星の人と付き合う上で、ぜひ挨拶しておくべき人物、とタカフミは判断したのだった。
ゴールディは箱を受け取ると、眼を細めた。表面に描かれた桐の紋章を眺め、それから太い指でなぞった。
どうも、紋章が何かのスイッチと思ったようだ。しばらく撫でてから、箱と気づき、蓋を開けた。中に紙の文書が入っている。
初稿では10枚以上あった。しかしマルガリータが、「星の人はそんな長い文章は読みません(読めません)」と言い張り、1枚になった。内容は以下。
・星の人と末永く仲良くしたい。
国内で星の人の安全を保障する。国交も樹立したい
・種子島の星の人拠点を、引き続き提供する。
地球人との接触は、引き続き種子島経由でお願いしたい
・対話には、これからも日本語を使って欲しい
ロケット発射を見たマリウスは、種子島に降下。それがファーストコンタクトとなった。以来、星の人との交流には、種子島の「星の人拠点」と日本語が使われている。日本政府としては、この降ってわいたような幸運を何が何でも死守するつもりだった。同盟国のA国があれやこれや言って来ても、珍しく譲る気はなかった。
ゴールディは、親書を注意深く読むと、頷いた。
「日本政府の友誼に感謝する。安全保障もありがたい話だ。
日本語の使用は、現地指揮官(マリウスのこと)が判断した。その判断をくつがえす理由はない。よってその判断は継続される。拠点の利用についても同様だ。
我々の外交対象は惑星政府である。惑星社会が分裂している場合、そのいずれとも国交を持つことはない。これは以前、通告した通りだ。理解して頂きたい」
タカフミは感謝の言葉を述べた。国交樹立が難しいのは分かっていた。星の人が引き続き、日本語を使ってくれるのが朗報だった。政治家や官僚には、いずれ日本語が標準語になる、と夢想している人もいるらしい。
それからゴールディは、親書を裏返したり、手触りを確かめていた。
興味深そうにのぞき込む副官に、手渡す。紙が珍しいのだ。浮彫の紋章が特に気になるようだ。
星の人は紙を使わない。情報の伝達には空中ディスプレイが使われる。腕輪が表示する空中ディスプレイは、サイズを変えられるし、複数の画面を表示することもできる。書き込みや編集も可能で、終われば消せる。必要ならいつでも呼び出せる。
様々な事務作業を手伝わされてきたが、紙の文書を目にすることはなかった。
親書を渡すと、改めて席を勧められた。
地球駅の建設や、前回のテロン政府との交渉について、所感を求められた。
ゴールディの質問に答えた後、タカフミは聞いてみた。
「マリウスの新しい任務について、お尋ねしてもよろしいですか」
**
ゴールディは少しの間、沈黙した。言葉を選んでいる様子だった。
顎をさすりながらタカフミを見た。そして言った。
「マリウスが地球を訪問した時、君はマリウスを『男』と報告したそうだな」
うっ、よりによってその話題ですか。
種子島に現れた異星人は4人。3人は、明らかに女性だった。1人は、とても美しいが、女性と判断し得る材料が何もなかったのだ。
「君の眼から見て、マリウスは男として通用すると思うか?」
「どのような場面ですか?」
「たとえば、どこかの星を、商用で訪問する、といった場合だ」
タカフミは唸った。あの美貌に長髪。必ず人目を集めるだろう。
でも本人が「男」と主張したら、否定できる要素はない。「最後の一枚」を脱がない限り。
問題は、星の人に、身体を隠す意識が希薄なことだ。ジェンダーもなければ、パートナーを選ぶ習慣もないので、着飾ったり隠したりする文化がない。
性で異なるルールや行動規範も、理解できるとは思えなかった。
だからこう答えた。
「不安しかありません。
もしマリウスが、男になる任務を行うのであれば、自分も作戦に同行させて頂けませんか?
男性に求められる行動規範など、経験と照らし合わせて、理解できます。
必ず、お役に立てると思います」
ゴールディは頷いた。
「君の同行は大変有益だと思う。
作戦メンバーを決めるのはマリウスだが、わたしからタカフミを推薦すると伝えておく。
男とはどんな生き物なのか、『指導』をよろしく頼む」
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