第1-3話:調査に必要なもの

 ゴールディに促され、一人が立ち上がった。青いボディースーツ。あごまでのショートボブは、星の人としては長い部類に入る。黒髪をほんのり明るく染めている。

「情報軍のツェレルです。よろしく」

 軽く一礼し、穏やかな笑顔で室内を見回した後、特大の空中ディスプレイを呼び出した。表示されたのは、「銀河系を上から見た図」である。


 銀河系は、中央に星が密集している。そこから星の群れが、渦を巻くように流れ出している。

 この星の渦は、「渦状腕かじょうわん」、または単に「腕」と呼ばれている。腕は4本ある。

 星の人の銀河ハイウェイは、この腕に沿って、銀河系をぐるぐると巡るように、建設されているのだ。現在も鋭意、路線拡張中である。


 腕の一つ、「ペルセウス腕」は、ハイウェイの建設が最も進んでいる。路線は銀河系を一回りして、二周目の外縁部に入っている。

 ちなみに、この二周目からは、「オリオン支線」が分岐している。この支線の最果てにあるのが「地球駅」である。太陽系の場末感は半端ではない。


 ペルセウス腕の真ん中あたりに、赤い点が表示された。

「ここにあるのが、ストルミク連邦です」

 ツェレルが手をあげて指し示す。

「友邦です。私たちとも、他の国とも、戦争したことはありません。

 しかし、我が国の技術情報が、この国に流出しています」


          **


 会議室の一同は黙って聞いていた。

 表面上は友好的であっても、国と国の間には、様々な緊張が生じるものだ。

 どの国も、星間航法船や兵器の開発にしのぎを削っている。機密情報を盗ったり盗られたり、ということも起こる。仕方ないことなのだろう。


「問題なのは、流出に、我々の仲間が関わっていることです」

 薄い反応から一転、「え?」「そうなの?」という声が上がった。


「流出者は特定されているのか?」

 ゴールディが尋ねる。

「容疑者は何名かいますが、特定されていません。

 流出者は密出国して、惑星ストルミクで、研究を行っています」


 ジルが、怪訝そうな顔で、腕輪の付いた左手を振る。

 星の人は全員、腕輪、またはそれに類する機器を身に着けている。通話や、MI(機械知性体)への照会に使う。それだけではない。食事を取ったり、行政サービスを受けたり、エアカーに乗ったり・・・何をするにも腕輪を使う。腕輪を使えば、行動ログが残る。星間航法船に乗るのなら、なおさらだ。

 密出国など、できるわけがない。


「この人物に接触して、正体を確かめたいのですが」

 ツェレル、ここでため息。

「アジワブ社――流出者を受け入れている企業です――は、研究施設への女性の立入を制限しています」

 星の人は、女性しかいない。建国以来、女性のみの単性社会である。

 何か後ろめたいことがあって、星の人を警戒する組織は、女性を排斥する。そうすれば星の人の侵入を阻止できるからだ。


「なので。調査のために、男装可能な兵士が必要なのです」

 全員の視線が、一斉にマリウスに集まった。


          **


 マリウスは、自分に視線が集まった理由を考えた。

 考える時の癖で、無意識に右頬に触れる。

 それから、手をぽんと打った。

「そうか。タカフミか」

「それは何ですか?」

「地球で搭載した男だ」

「じゃあ、それも活用しましょう」

「も?」


 疑問符は受け流し、ツェレルは次にマルガリータを見た。

「大丈夫です。惑星地球と惑星テロン、2か所で男と間違われていますから」

 ドヤ顔で答える。なぜマルガリータが自慢するのかは意味不明だ。


 ツェレルはマリウスを眺めた。長い髪は戒めである。女性らしさという意味はない。首から下を見て、これなら大丈夫そうだ、と判断した。

「なるほど。このままで行けそうね」

 ゴールディに向けて頷く。軍団長とは、予め相談してあったのだろう。

 説明を終えてツェレルは着席。


「機密の流出は一大事だ。マリウスに調査を命ずる。

 本件は不可解な点が多い。いち技術者の犯罪、では済まない可能性がある。

 よって作戦は隠密に進める。他言無用だ。

 マリウスは、『頭を冷やすために』司令解任されたことにする。

 何か質問はあるか?」


 ジルが手を挙げた。

「その調査は、他所の男に任せられないんですか?」

「成り行き次第で、捕縛する可能性もある。

 他国人の支援を受けても良いが、帝国市民ほしのひとを捕らえるのは、帝国市民ほしのひとでなくてはならない。

 他国人が市民を傷つけた場合は、報復の対象となってしまうからだ」


 それからゴールディは、艦長たちを見た。

「エスリリスは堂島1曹を地球に送り返し、その後、艦隊休暇を取れ。

 タキトゥスも太陽系に回航し、地球駅警備にあたれ」


 エスリリスの艦長、赤毛のステファンが手を挙げた。

「キスリングはどうなりましたか?」

「ジョセフィーヌには別の任務がある。

 駆逐艦キスリングは、既に出動した」


 それ以上の質問はなく、会議は散会となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る