第1-2話:会議にて

 マルガリータとジルが近づいてきた。2人とも、育成師団で一緒に育った同期である。マリウスの顔に感情は現れないが、異変を感じ取った。


「上手くいったのか?」

 ジルが、軽く腰をかがめて、顔を覗き込むように聞いた。タカフミと同じくらいの背の高さなので、190近くある。機動歩兵部隊の隊長。広い肩幅に逞しい腕。灰色のシャツは、胸元がはちきれそうだ。マリウス曰く、あの膨らみは筋肉で出来ているらしい。

「司令を解任された」

「まじで!? オヤジ、どういうつもりなんだ」

 オヤジは、星の人の言葉で「古い人」を意味する。主に機動歩兵が、指揮官の呼名として使う。星の人の言葉にはジェンダーが無いので、男性や父、といったニュアンスはない。


「次の会議で何か指示されるらしい」

「そうか・・・」

 ジルは、それ以上は言わなかった。惑星テロンでの作戦は、非常に危険だった。地上戦の指揮官として、ジルはそれを肌で感じた。マリウスが落ち込んでいるのは分かるが、安易に「お前は悪くない」とも言い難い。


「会議まで体を動かそうぜ」「そうだな」

 兵科や階級に関わらず、毎日1時間のトレーニングが義務である。

 星の人が皆、スタイルがいいのは、この制度のおかげではないか。そうタカフミは推測していた。タカフミも、いつもの感じでトレーニングに同行する。


「マルガリータも一緒にどうだ?」

 ジルが問いかけると、マルガリータは首を振った。肩まで伸ばした金髪が揺れる。星の人としては長い方だ。体のラインが浮かび上がるようなボディースーツを着ている。色は「情報軍」を示す青だ。

「後で走ります」

「しっかり動かないと、また太るぜ」

 するとマルガリータは、不敵な笑みを浮かべた。

「もう心配ないのです。ふっふっふ」


          **


 ネスタは、ガサゴソという音で顔を上げた。眼鏡越しに、マリウスが戦闘糧食を取り出すのが見えた。実戦部隊に似合わぬ黒い長髪が、汗に濡れている。会議の直前まで運動していて、昼食を食べ損ねたらしい。


 ネスタは、人前に出るのがあまり好きではない。人とは距離を置きたいタイプだ。それが砲艦タキトゥスを任された理由ではないだろうが、アウトレンジからの攻撃は性に合っている。敵の動きを予測しての一撃には、密かに自信があった。

 前の作戦でマリウスの指揮下にいたが、士官会議はオンラインで参加していた。直接顔を合わせるのは初めてだった。


 マリウスが箱を開封すると、生臭い匂いが漂ってきた。

“まさか、戦闘糧食13番なのかっ!?”

 ネスタは、2度食べたことはあるが、1度目は戻し、2度目は泣いた。

 味も匂いも最悪と言われ、懲罰や拷問にも使われるという。


“何かやらかしたのか? 罰でも受けているのか?”

 自ら望んで食べているとは、想像も出来ないネスタであった。

 マリウスは平然と口に入れ、咀嚼。

“顔色一つ変えないとは・・・精神が鋼なのか? 心がないのか!?”



 マリウスは戦闘用クローンである。

 心の動きを示すことは、戦術上は不利となる。よって、感情を表す生理的な機能は、削除されている。

 味覚はある。食糧の安全を確認するのに必要だからだ。しかし、味覚によって感情は変化しない。

 パンを食べるのも土を食べるのも同じ。何も感じない。食べることは「補給」だった。劣悪な戦場食が、何か月続いても、平気なように出来ている。


 だが、抑制に綻びがあったのか、はたまた兵器局の深謀遠慮なのか。

 戦闘糧食13番にだけは、ほのかな美味しさを感じるのだった。



 ネスタはクローンを知らなかった。ネスタだけではない。クローンは忘れられた存在なのだ。

 かつては帝国の干城かんじょうとして、対外戦闘の全てを担った。大量に「製造」され、濫用された。

 だが時代は移ろい、均質クローン軍団は廃止に。今では数年に一人という割合で、細々と生まれている。周囲にも本人にも、クローンであることは開示されていない。その存在を知る者は、帝国政府中枢と、情報軍の一部のみだった。


13番あれ、なんで無くならないんだろうね?」と聞くと、

 隣のマルガリータは、青い顔で口呼吸していた。匂いがだめらしい。

「滅多なことは言わないことね・・・

 中央に、あれが好きな人がいるのよ」


 ちなみにマリウスは、嗅覚にも快不快がない。血の匂いも腐敗臭にも何も感じない。結果的に、自分の体臭にも部屋の匂いにも無頓着だった。



 ジルが入って来た。

「うおー、ギリギリ間に合った!」

 大きな体でドカッと座ると、椅子が壊れそうにきしむ。


 マリウスを見て、顔をしかめて、

「お前、またそれか。めがねぇなぁ」

 と言い、それから心配そうに、マリウスの顔を覗き込んだ。


 マリウスに表情はないが、心がないわけではない。

 体を動かしている間は、無心になれたのだが。

 軍団長の言葉を思い出し、再び気持ちが落ち込む。 

 戦闘糧食を、味わうように、ゆっくりかみしめた。


「元気出せ」

 大柄で筋肉隆々としたジルが、見た目は人形のような(中身は狂犬らしい)マリウスを気遣う。

 一緒に育った幼馴染には、無表情でも、元気がないと分かるようだ。


 それはちょっと、いい話だな。

 そう思ったネスタは、やや前のめりになり、眼鏡に触れながら、じっと2人を見守った。


「で、腹は治ったのか?」

「だから。もともと痛くないぞ」

 眼鏡違いだった。分かってないようだ。


 ジルの冗談と、マリウスの照れたような物言いは、ネスタには分からなかった。



「軍団長がおいでになる」

 副官の声に、会議室の全員が起立した。

 星の人は儀式張ったイベントも嫌いで、敬礼の習慣もない。

 それでも、流石に軍団長ともなると、こうして起立したり、乗艦時は士官総出で迎えたりする。


 ゴールディが入室。

 ジルを更にぶ厚くしたような、堂々とした体躯。

 会議の時は、眼鏡をかけている。からだが大きいので、なんだかおもちゃに見える。


「全員いるな。座れ。では始める。

 情報軍から、新規の懸念事項について、報告がある」


 ネスタは眼鏡を直すと、気持ちを切り替えた。

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