第一章:新しい任務
第1-1話:司令部旗艦
星の人の重巡洋艦ベルリオーズには、501軍団の司令部が置かれている。
タカフミは、マリウスたちと共に、ベルリオーズに乗艦していた。
約3年前。異星人「星の人」が来訪した。地球外知性とのファーストコンタクトが、まさか種子島で発生するとは・・・予想を超越した出会いだった。
星の人は、銀河系の事情を多少、教えてくれた。人類は銀河系全体に広がっており、地球は「遺棄植民地」の一つでしかない――この宣告に地球人は衝撃を受けた。
しかし地球への影響はほとんどなかった。「星の人」の司令マリウスが、地球を放置すると決めたからである。
マリウスは、ごく簡単な説明会を行った。
その後、彼女たちは、地球人をほったらかしにして、銀河ハイウェイの建設を始めたのだった。
タカフミは、航宙自衛隊の自衛官である。「建設」のお手伝いをした縁で、マリウスの艦隊に同行を許された。銀河系社会の実情を探る。これが彼の任務である。
肩書は「観戦武官」。何をするのかよく分からない身分だ。マリウスは彼の事務能力を認めると、司令の雑務を押し付けるようになった。最近では、部屋の掃除や髪の手入れまでやらされて、次第に下僕化している。だが、タカフミに気に病む素振りはない。
白いポッドから降り立つ美しい少年――後に女性だと分かったのだが――ファーストコンタクトの瞬間から、マリウスの姿はタカフミの心を捉えて離さなかった。とにかくマリウスの傍にいたい。それがタカフミの偽らざる本心である。任務とか、存在理由とかは、何でも良いのだ。
そのマリウスは今、軍団長のゴールディに面会している。惑星テロンでの作戦報告。上手く行っているだろうか? タカフミは落ち着かない気持ちで、面会が終わるのを待っていた。
**
マリウスは軍団長室で、ゴールディに向き合っていた。
ゴールディはかつて「機動歩兵科」に所属していた。地上戦で常に最前線に立つ機動歩兵には、体格に優れた兵士が配属される。がっしりした体つきに、分厚い胸板。鋭い眼光。髪はベリーショートだが、星の人の士官の慣習で、一房だけを長く伸ばしている。
言葉数は少なく、必要なことを短くはっきり言う。
対面するマリウスもまた、機動歩兵出身である。身長160cm、すらりとした体は、大兵ぞろいの機動歩兵の中では
濡烏色の黒髪が、腰まで伸びている。実戦部隊として異質である。かつて危険な蛮行に及び、それを二度と繰り返さぬようにゴールディが科した「戒めの長髪」。星の人社会において、長髪は拘束具の一種であり、「ヤバい人」の象徴なのだ。
「テロン政府は略奪停止を合意しました。当面、履行監視の査察を行います」
用意した資料を空中ディスプレイで示しながら、マリウスは報告を行った。
思い返せば。艦隊司令としての初任務は「地球調査」だった。それから「地球駅」建設。戦いの気配は微塵もない退屈な任務だった(そのわりには重傷者を出したが)。
惑星テロンでの任務も「戦争しに行くのではないぞ」と何度も釘を刺された。なので仕方なく、平和的かつ迅速に完了させたのだ。
この功績を認めてもらい、次はもっと華々しい、激しく血みどろな戦場に送って欲しい。そんな願望を込めての報告だ。
星の人は、複雑な話や長い書類が嫌いである。今回の報告書は、簡潔に纏めつつ、さりげなく工夫や苦労が滲み出るという力作なのだ。頑張って書いたのだ。タカフミが。
「なるほど。小惑星を配置することで、合意履行を確実にする。小惑星が激突するのは百年後だから、今は誰も死んでいない。うむ、なるほど」
手元の空中ディスプレイを見ながら、ゴールディが頷く。よし、高評価だ! とマリウスは喝采を叫びたい気持ちだった。しかし表情は変わらない。
「だがその過程で、3万人が居住するスペースコロニーが崩壊した」
それは私のせいじゃない。
「テロン宇宙軍を壊滅させ、首都に侵攻。最高指導者を包囲したのか」
それは「マルガリータ救出作戦」。もっと婉曲に表現すべきだったか?
「宗教施設を焼き払い、その後に衛星上の宇宙基地を占拠した」
ちなみに「伝家の宝刀」的な物を渡されたが、受け取ったのがタカフミなので、記録には残さなかった。「聖剣」は彼に管理してもらおう。
「平和的に任務を完了させた、か。『平和的』の意味は何だ、マリウス」
「人を(なるべく)殺さないことです」
軍団長は無言だった。違っていれば違う、とはっきり言う人だ。
ゴールディが顔を上げた。
「ところで。作戦の途中、地球から兵士を一人、連れ出したな。
地元の政府には連絡したのか?」
”あ!”
マリウスは、心の中で小さく叫んだ。忘れてた。
並みの人間なら、顔をひきつらせたり、青ざめたりするところだ。マリウスも内心で動揺したのだが、見た目は変わらない。
地球から貨物を運び入れる最中に、テロンからの攻撃があった。搬入作業中だった堂島1曹を載せたまま、緊急出動した。日本政府には何も通達しなかった。
堂島は今や、歩兵たちにすっかり馴染んで、訓練や食事に加わっている。
「まだ連絡していません」
「それは、拉致と言われても仕方のない行為だぞ、マリウス」
ゴールディは、空中ディスプレイを爪で叩いた。微かに音がした。
「ふむ。それだけあれば、頭を冷やすのも自然だな」
自然? それはどういうことですか?
ここに至ってマリウスは、初めて激しい不安を感じた。
けれども、「不安そうな面差しを見せる」などという器用なことは、やりたくても出来ない。感情を表に出す機能が、奪われているから。
ゴールディが空中ディスプレイを消した。
表情は淡々としている。怒りや苛立ちの様子はない。
「お前の艦隊指揮権を剥奪し、司令職から解任する。
今回の作戦を、頭を冷やして振り返るためだ。
13時からの会議には予定通り出席しろ。次の任務はその時に指示する。
何か質問はあるか? ないか。では退出してよい」
**
マリウスは、軍団長室を出ると、呆然と立ち尽くした。
艦隊司令として、次々と戦功をあげ、やがて至高の地位に・・・という人生プランが、いきなり狂ってしまい、がっかりしていた。
タカフミは、食堂に入って来たマリウスを認めて、声をかけた。
何だろう。表情は変わらない。いつもの無表情だ。でも元気がない気がする。
「司令、上手くいきましたか?」
「もう、司令じゃない」
「は!? それはいったい・・・」
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