第8-4話:地下の戦い
多脚砲台が、突然「はいっ!」と手を挙げた。
声は聞こえなかったが、タカフミには、そのように見えた。
続けて、鏡のような表面が、割れた。
「饅頭」を細かく切り分けるように、黒い縦筋が一斉に現れたのだ。
筋と筋の間は30センチほど。
細長く分割された鏡面。その中の4本が、がばっと横に飛び出した。
内側から、畳まれていた長い脚が伸びて、「饅頭」のような本体を持ち上げる。
タカフミより頭一つ高い。サーバーラックと同じくらいの高さだ。
そして、挙げていた腕――いや、これも脚の一本だが、幅10センチと少し細い――を、振り下ろす。
機動歩兵が1人、多脚砲台に背を向けて立っていた。
突然、自分の胸から突き出した脚を、呆然と見つめる。
鎧の前面が外れ、ガランと床に落ちる。
切り裂かれたシャツから、白い乳房が見えた。
「リウィウスっ!」
傍らの隊員が駆け寄り、身体を引き抜こうとする。
バキバキと骨の砕ける音が響いた。脚が振り下ろされ、先端が床にめり込む。
真ん中を削ぎ落され、音叉のような形になった身体が、声もなく前に倒れた。
「うおぉぉ!」
一人が叫んだ。周囲の隊員が一斉に歩兵銃を構える。
多脚砲台は、素早く脚を引っ込めた。饅頭型に戻ったのだ。
ごん、という重い音を立てて、床の上に落ちる。表面に、人体の一部がこびりついていた。
機動歩兵は歩兵銃を発射。レーザーは鏡面で反射され、部屋中に飛び散った。サーバーラックから火花が上がる。
「撃つな! 散開!」
ジルの声に、隊員たちは素早く移動。サーバーラックの陰に身をひそめた。
一人がリウィウスの身体を引きずっていく。もう一人が駆け寄って手を貸す。
多脚砲台が「弾けた」。20本以上ある脚を、一気に開脚したのである。
長さ1メートルくらいに小さくなった本体を持ち上げる。
背中が割れて、機関銃が現れた。
銃身が
木の葉のように舞って、サーバーラックに叩きつけられる。
タカフミは立ちすくんだ。フロアに響き渡る銃声に、恐怖に、動けなかった。
多脚砲台の背中に、兵士が飛び乗った。大柄でがっちりした体格だが、まだ幼さの残る顔。明るめの茶髪。ハーキフだった。
銃身を掴むと、レーザーカッターを台座に当てた。何度か切りつけた後、力任せに引き抜く。
機関銃はなおも射撃を続けていた。垂れ下がったケーブルと弾帯を切断すると、ようやく沈黙した。
ジルがタカフミに身体を当て、乱暴にラックの陰に押し込んだ。これでタカフミの呪縛は解けた。頭を低くして、周囲を、そしてドローンの画像を確認する。
3名の機動歩兵が多脚砲台に飛び乗り、背中の開口部に歩兵銃を連射した。
煙があがる。本体や脚をスパークが走る。
多脚砲台は、バレリーナが足を揃えるように、脚先をすぼませると、その形で停止した。そしてゆっくりと、通路の上に横転する。金属の脚がガシャガシャと音を立てた。
静寂。
「上の階の多脚砲台も動き出している。1台、階段から来る!」
タカフミが、作業場を見ながら声を上げた。階段を指差す。エレベータに向かって右手の階段だ。
「ガルバ、分隊を率いて迎え撃て」
褐色肌の下士官が、兵3名を従えて駆け出す。
スチールが、先ほどまで多脚砲台が居座っていた場所に屈む。
「やはりここがエレベータになっている。床にボタンがある」
「ブリオ!」
ジルがもう一人の下士官を呼んだ。機動歩兵としてはやや背が低い。すこーし太り気味であるが、本人はそのことよりも低身長を気にしている。
「お前たちでコアを探せ。
いいか、壊すなよ。電源を断って停めるんだ」
ブリオの周りに、ハーキフを含めた3名が集まった。ブリオがボタンを踏むと、円い形の床がゆっくり沈んでいく。
「来やがった!」
「ピンに応答しない!」
階段の方から、緊迫した声があがった。
**
地下2階にいた多脚砲台が、階段を降りてきた。鏡張りの表面がきらきら光る。
待ち構えていたガルバは、擲弾筒にピンク色の弾を入れた。
ピンク色は、強力な粘着弾である。触れたら最後、剥がれない。紫外線を照射すると固化する。
多脚砲台の動きに合わせ、段板にピンクの弾を放った。
すると多脚は、壁に脚を突き立た。そのまま垂直の壁を走る!
段板に広がったピンクのシミを避けると、ガルバたちの目の前に迫った。
隊員が次の擲弾筒を向けた時、蜘蛛のような体が跳ねた。兵士たちの頭を飛び越えて、サーバーラックの上に飛び乗る。
「あいつ、跳べるのかっ!」
タカフミは呻いた。
脚を広げると、4メートルはあった。サーバーラックの上を機敏に動き回り、間に潜む機動歩兵たちに、脚で殴り掛かかった。
隊員は歩兵銃で反撃。脚の内側は鏡面ではなかった。だが、ラックの上を素早く動き回るので、なかなか当たらない。当たっても火花が散るだけで、動きを止められない。あちこちで悲鳴が上がる。
反撃を避けて、多脚砲台が隣のサーバーラックに跳び移った。
そのラックが、ぐらりと傾ぐ。ラックの根元が切断されていたのだ。
多脚砲台は、ラックの間に落ちる。
そこへスチールが駆け寄った。豹のようにしなやかな動きで、多脚砲台に跳び乗った。コーンロウに細かく編み込んだ髪はそよがない。
多脚砲台の背中が開いて、機関銃がせりあがった。その隙間に、スチールは緑色の弾を投げ入れた。緑色は、榴弾である。すかさず飛び降りると、ラックの陰に回った。
爆音が響き、多脚砲台の背中や脚の付け根から、黒煙がぶぉっと噴き出した。
そのまま脚の力が抜け、床にへたり込んで動かなくなった。
スチールが、右の拳を突き上げた。
「さすが軍曹!」
隊員たちが、喝采や口笛、手のひらを拳で打つ仕草で称賛する。
**
円盤型のエレベータに乗って、ブリオたちは地下4階に下りた。
通路の両側は、床から天井まで、壁があった。上の階は壁がなく、並んだサーバーラックが遠くまで見通せたのだが、こちらはまったく視界が効かない。
ハチドリ型ドローンが2機、通路を飛び回ってマップを作製したが、縦横に走る通路が、十字を描いていることしか分からなかった。
前後左右ともに行き止まりで、階段はない。
「まあ、1つずつ、見て回るしかないな」
フロアは、通路で4つに区画分けされた形になっている。
まずは、正面左の区画を調べることにした。
通路に面して、ドアがあった。そっと開く。隙間からドローンが1機、飛び込んでいった。
中は、これまでと同様に、サーバーラックが並んでいた。
ちょっと拍子抜けである。
じゃあなんで壁を作るんだよ、とブリオは呟きながら、区画に入った。
降下前に受けた説明によると、行政MIの「コア」というのは、箱が3つ並んだ形をしている。
写真を見たタカフミが「炊飯器みたいな形だ」と言っていたが、炊飯器って何だろう?
とにかく、3つ並んだ奴を探すことにした。
ドローン画像にはそれらしきものは映っていないが、念のため、目視で確認する。
二手に分かれ、サーバーラックの間を進む。
背後のドアが「ガチャ」という音を立てた。
「やな予感・・・」
ハーキフが、大きな体を縮めるようにして、不安げに呟く。
次いで、「シュー」という音がした。
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