第8-5話:地下の戦い2

「タカフミ、次はどこだ?」

「地下1階の奴が来る。同じ階段だ」

「ガルバ、次は外すなっ」


 今度の多脚砲台は、段板に広がるピンクのシミを、右に避けた。

 壁に取りつく。そこに粘着弾が着弾。脚が壁に固着される。

 すると即座に、脚6本が切り離された。ほとんど勢いを落とすことなく、そのまま壁を走って近づいてくる。

 地下3階の床にたどり着いた所で、第二、第三の粘着弾が当たった。動けなくなった。床に固定される。ピンク色のねばねばの中で、脚がわずかに藻掻いている。

「よっしゃ!」

 ガルバたちがガッツポーズを決める。


          **


 地下4階。不気味な漏出音が響く。

 ブリオは、バイザー内面の表示をチェックした。


 周囲の酸素濃度が低下していく。21%あったものが、みるみる下降。

 代わりに上昇しているのが窒素である。

「窒素注入の消火設備だな」


 酸素濃度が18%を割り込むと、脈拍・呼吸数の増加や集中力の低下が起こる。

 10%で行動の自由を失い、助けを求めて声を上げることすら出来なくなる。

 酸素濃度は一桁まで落ち込んだ。

「誰が操作しているか知らんが、ガチで殺しに来ているな」


 ちなみに、ブリオたちが着ているのは鎧――動作補助付き宇宙服、である。周りの酸素が薄まっても、あまり困らなかった。

 結局、この区画にコアは無かった。

 ドアに戻ると、案の定、鍵がかかっていた。蹴破って通路に出る。



 続いて、正面右の区画。ドアを開けると、今度は何もなかった。

 白い床とがらんとした空間が広がっている。


 奥の方に、少しだけサーバーラックがあった。何かあるかもしれない。

 区画に入ろうとして、ブリオは踏み留まった。

 いったん仲間を下がらせる。重力制御で、床に圧力をかけていく。


 すると、10メートルほど先で、床が大きく陥没した。そのまま砕けて、下の階に落ちていった。

 ドローンを呼んで覗き込むと、下の階に、レーザーカッターが林立していた。

 間に金属の槍が混ざっているのは、電力がない状態でも、落ちてきた人間を串刺しにするためだろう。


「トラップか。ふざけやがって」

 穴を迂回して、奥を調べたが、コアはなかった。



 時計回りに、三区画目のドアを開ける。今度はまた、サーバーラックが延々と続いていた。

 用心して、隊員の一人にドアを見張らせた。閉じないように押さえておく。

 3人はラックの間を進んでいく。


 バスン、という音と共に、ピンク色の弾が飛んできた。

「しまった!」

 隊員の一人が、粘着剤で床とサーバーラックに接着された。


「触るな!」

 ブリオは隊員の動きを制止して、細長いライトを取り出す。紫外線を照射して、粘着弾を固化させようとした。

 すると、天井が急に開き、四角い金属の塊が落ちてきた!


 ハーキフが咄嗟に重力制御を発動。スピードは落ちたが、それでも落ちてくる!

 ブリオも装置を起動、ギリギリのところで、進路を反らした。

 金属塊はサーバーラックの上に落下。派手な音を立てて、ラックや電子機器を押しつぶした。


 固まった粘着剤をレーザーカッターで切る。

「これ作った奴、泣かせてやる」

 闘志を燃やして進む。

 ここにもコアは無かった。


          **


 地下3階にて。

「あと1台。階段から外れた・・・この上にいる!」

 通路の天井に赤い線が走った。天井を切り落として侵入しようとしている。

 赤い円が完成すると、多脚砲台はそこに跳び乗った。天井板に乗って地下3階に落ちる。1階にいた、灰色の多脚砲台だった。


 機動歩兵たちは、床面を切り落として、待っていた。

 多脚砲台はそのまま、彼らの目の前を通り過ぎて、下の階に落ちていく。

 そこに、重力制御で加速をかけた。多脚は激しく叩きつけられ、地下4階の床面を崩して、さらに下に落ちていく。

 がらがらと、派手な崩落音が鳴り響いた。


 音が落ち着くと、瓦礫の中で、脚を伸ばして静止する多脚砲台が見えた。

「お、壊れたか」


 すると、がばっと起き上がり、せわしなく脚を動かして、視界の外に消えた。

「生きてるじゃねーか!」

「タカフミ、追え、ドローン!」

「ブリオたちに知らせろ!」

 機動歩兵たちが喚いた。


         **


 地下4階。

 こうして4つ目の区画に入ると、3つの黒い箱が、台の上に並んでいた。

 まさしく「コア」だった。


 電源コードがコンセントに刺さり、ご丁寧に「コア電源」と書いてあった。

 その上には、「ちょっと待て」「抜くな!」「DCは急には止まれない」の張り紙。


「これか!」

 タカフミがいれば「罠かもしれない」と言っただろう。

 だが、このチームはツッコミ不在だった。

 ブリオ、張り紙には構わず、コンセントを引き抜く。


 こうして、アナクレオンのコアは停止した。


          **


 地下3階。ピンク色の粘着剤に包まれて藻掻いていた多脚砲台が停止した。

 タカフミがドローンで追いかけていた、地下5階の多脚砲台も、唐突に立ちどまった。そのまま、饅頭型に戻ることなく、停止した。


「止まった?」

 タカフミが呟く。


 スチールは、目の前の「ピンク漬け」多脚を指差す。

「自我崩壊したのでしょう」

「自我崩壊?」

「MIは本来、人間を攻撃することはできません。

 干渉で、敵性と誤認識させられても、すぐに気づきます。

 それでも攻撃してきたのは、繰り返し干渉を受けて、言わば、敵と戦う夢を見せられていたような状況でしょう」


「妙だぜ。俺は納得いかないな」

 ジルが腕を組んで言う。

「こいつは夢から覚めて、味方を攻撃したショックで、寝込んじまったわけだ。

 そのくらい、人間を攻撃してはならないってことは、MIのすごく深い部分に、刻み込まれている。

 じゃあなんで、アナクレオンは、俺たちを攻撃できたんだ?」


「ルクトゥスが改造したのかもしれん」

「だとしたら、そのルクトゥスってやつは、天才だな」

 ジルはかぶりを振る。

「天才だとしてもさ、そんなこと出来るもんかね、人間に」

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