第8-3話:機動歩兵の降下

 ヤヴンハールたちが放送局を制圧したが、アナクレオンはまだ稼働している。

 情報戦を制しても、物理的に電源を落とすことは出来ない。



「8つのデータセンターのどれかに、コアがあるんだな?」

「おそらく。かなり確実と思います」

「妨害があるだろう。全てに機動歩兵を派遣するのは、リスクが高過ぎる」


 マリウスは無言で空中ディスプレイを眺める。

 やがて、頷いた。

「よし。8つを順番に調査する」

「どうやるの?」

「1つずつ砲撃するんだ。

 コアがあるなら、反撃してくるだろう」

「それ、調査って言わないよね!」


 マルガリータは半狂乱になって、データセンターに退避を通達した。



 エスリリスが、候補のデータセンターを端から砲撃していく。といっても、コアを破壊してはいけないので、事務所や空調設備、電源設備など、コアがなさそうな場所を狙う。光の柱が空から地上へと走り、火災が起こる。


 5番目のデータセンター上空へ差し掛かると、エスリリスは地上に高密度エネルギーを感知した。艦内に警報を鳴らしながら急旋回。艦首を上に、艦体を垂直に立てて、対空砲火を回避。大気圏外に離脱する。


 残り3ヵ所は、砲撃されても沈黙したままだった。

 5番目がコアだ。



 マリウスは、ジルを呼んだ。

 ジルは機動歩兵部隊の隊長。広い肩幅に逞しい腕。栗色の髪は短いが、後ろ髪の一房だけを伸ばしている。

 マリウスとは育成師団で共に育った。同期であり、格闘戦のよきライバルだ。


 今から危険を伴う任務を与える。だからこそ、友へのお願いではなく、命令として言わなければならない。

 改まった口調で告げる。

「機動歩兵は地上に降下。行政MIアナクレオンのコアを探し、停止させろ」


 それから、少し口調を和らげる。

「アナクレオンの妨害が予想される。気をつけてくれ」

「了解だ」


 タカフミに向かう。

「拡張認識でジルを支援してくれ」

「了解です」

 ジルがニヤリと笑った。

「マリウス、お前今度こそ大人しくしていろよ、司令らしくな」


          **


 エスリリスは再び、5番目のデータセンター上空に進出。

 先ほど感知した対空砲を1つ1つ潰していく。全部で6門あった。


 格納庫に、機動歩兵が整列。ジルを含めて24名。そこにタカフミが加わる。

 スチールが、1人1人の鎧を確認した。ジルの鎧も確認する。

 スチールの鎧はジルがチェックした。


「いまから、イカれたMIの頭の中にダイブする。

 トラップに十分、注意しろ。

 勢いあまって、コアを破壊するな。施設を破壊する前に、俺に聞け。

 いいな。

 よし、では行くぞ」



 格納庫外壁が開き、風が激しく吹き込んできた。

 現地時刻は0550。曙光に庫内が赤く染まる。

「いけっ!」

 ブリオの合図で、一人ずつ、朝日の中に飛び出していく。


          **


 データセンターは、草原の中、大きな川の近くにあった。

 周囲の事務棟などは、既に鎮火していた。破壊された対空砲が、草原の中で黒い煙を上げている。


 中央政府から、兵舎で待機するよう命令が出ている。砲撃の前に退避も伝えた。

 そのため、敷地内に人の姿はない。


 行政MIが収められている建屋は、1辺130メートルほどの四角い形をしていた。地上2階。地下は6層ある。



 隊員が無事に降下し、周囲に展開したのを見て、ジルはひとまず安堵した。

 生き残りの対空砲を警戒していたが、杞憂に終わった。


 続いて、白いポッドが2台、降下。

 ポッドには防御力がほとんどない。ハッチが一つしかないので、いざと言う時に素早く脱出することも出来ない。なので機動歩兵は、鎧による降下を選ぶ。


 機動歩兵たちはポッドから、超電導バッテリーや、擲弾筒を取り出す。

 タカフミもハチドリ型ドローンの箱を持ち出した。さっそく作業場に繋げ、起動させていく。


 隊員の一人が、1階の入口を開けた。タカフミはドローンを送り込む。

 地上と地下を飛び回らせて、三次元のマップを作製する。

 1台のカメラ映像を機動歩兵たちに中継した。ジルと、スチールやブリオといった下士官たちが、映像を注意深く眺める。



 1階は、がらんとしていた。フォークリフトのような機械がいくつかある。荷捌き場らしい。入口の対面にエレベータが、左右には階段があった。


 階段からドローンを地下に送る。

 地下1階は、サーバーラックが整然と並んでいた。

 縦横の中央はラックがなく、十の字を描くように通路になっていた。幅は3メートルほど。フロアの中に、仕切りや壁はなかった。


 地下2階、地下3階も同様だった。サーバーラックと、十字の通路。正面にエレベータ。左右に階段。


 階段は、地下3階までだった。ドローンを巡回させるが、他に階段は見当たらない。

 エレベータの表示とボタンも、地下3階で終わっていた。



「コアはどこだ?」

「他の行政MIでは、地下4階にあるらしい。

 だが降りるルートが見当たらない」

「まず3階まで行こう」

「待ってくれジル、中央に何かがある」


 タカフミは1階の映像を拡大した。中央に、饅頭のような塊がある。

 ツヤのない、暗い灰色をしている。長さは2メートル、幅は1.5メートルほど。


「多脚砲台だな」

「多脚? 饅頭にしか見えないんだが」

「これは脚をたたんだ状態だ。動く時には、こう」

 そう言ってジルは、握りこぶしを揃えると、ばっと指を広げた。

「こんな風に、脚が開くんだ」

「遠隔操縦するのか?」

「いや。これは、自律型の兵器だ」


          **


 入口から、建屋に足を踏み入れる。

 すると、エスリリスとの通信が途絶した。

「通信妨害か。タカフミのはどうだ?」

「自分の作業場は活きている。ドローンの制御を続ける」


 ジルは隊員の一人を呼ぶと、多脚砲台を指差した。

「念のためだ。ピンを打て」

 隊員が腕輪を操作。すると腕輪がピン、と鳴った。

「友軍と認識しています」

「良し」


 怪訝そうなタカフミを見て、説明する。

「こういう、自律型の兵器は特別なんだ。戦闘艦もそうだが。

 人間の指揮官が敵性指定すれば、人を殺せる」

 腕輪を叩く。

「万が一、指示間違いとか、誤認があった場合も、

 友軍を示すコードを送れば、敵性指定は解除される。

 仲間と分かるってことだ。

 この操作を『ピンを打つ』という」

 なるほど、とタカフミは納得した。


「よし。こいつは大丈夫だな。

 カトー、ヨセフス、お前たちはここに残って、入口を警備しろ。

 誰も入れるんじゃないぞ。

 タカフミ、ドローンも残してくれ」

「分かった。1階には2台残す」



 二手に分かれ、左右の階段で地下3階まで下りた。

 階段もエレベータも、ここまでである。

 整然と並ぶサーバラックの中を、機動歩兵たちが見て回るが、他の階段はない。


 スチールが報告に来た。最先任の下士官である。

「多脚砲台の下の床が、エレベータになっているようです」

 十字の通路の中央に、饅頭のような多脚砲台が置かれている。

 床は円い形で、周囲の通路と色が異なっている。


 多脚砲台には、オリーブドラブ色のシートがかけてあった。

「操作パネルも、こいつの腹の下にあるのか?」

 そう言いながら、ジルはシートを外した。

 表面は、鏡面仕上げになっていた。



 隊員たちが、珍しそうに覗き込んだ。鎧姿が奇妙に歪んで映る。

 よく見ると、表面は平坦ではなく、細かな円い突起が並んでいた。

「この鏡面は、レーザーを拡散する奴だ」

 ジルが、表面を撫でながら言う。

「滅多に使われない。珍しい型だな」


「鏡面が珍しいってことは、星の人以外は、レーザー兵器を使わないのか?」

「レーザーを持っている国はごまんとあるが、主力の武器として使っているところは、ほとんどない。

 電池がもたないんだよ」



 星の人は、作戦中でも「3時のおやつ休憩」を取る。

 実はそのタイミングで、歩兵銃や鎧に給電しているのである。


 膨大な電力を持ち運べなければ、主力兵装として運用するのが難しい。

「だから、他所の軍隊は普通、火薬で弾を飛ばす武器を使うんだ。

 そういうのを相手に、鏡面にしても意味はないさ」


「気がかりです」

 眉をしかめて、スチールが呟いた。

「他国の攻撃を警戒したら、鏡面にはしません。

 仲間ほしのひと同士で戦うことを、想定していたのでは?」

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