第8-2話:情報戦

「MIにはコアがある」

 ヤヴンハールが言葉を続けた。

「演算処理やデータストレージではなく、意識の中核だ。

 アナクレオンの コアの電源を落とせ。

 破壊してはならない。変調の原因を探るためだ」


 マリウスは空を見上げた。まるでそこにヤヴンハールがいるかのように。

「聞き捨てならん。

 人間に命令するのか、MIが」


 マルガリータが「今はそんなことを言ってる場合じゃ・・・」と言って、マリウスをなだめる。ギリクとセネカも、困ったような表情でマリウスを見た。


 ヤヴンハールは、ごほん、とわざとらしく咳払いした(喉はないのに)。

「破壊せずに電源を落とせ、との陛下の仰せである」

 マリウス、右頬をなでる。

「それなら了解した。

 ・・・でも、それって本当なのか?」

「もちろんだ。

 わたしは長年、長期戦略担当および中央政府顧問として皇帝に仕えている。

 必要な裁可を、予めもらっておくのは、得意なのだ」


          **


「まずは宇宙港に戻ろう。

 エアカーを確保したい」


 見渡す限り、エアカーは全て停止している。交通局MIの制御が途絶えたので、危険を避けるために停まったのだ。

 上空のエアカーの乗員が、降りられずに困っている。一般歩兵は重力制御装置を持っていない。機動歩兵のように飛び降りるわけにはいかないのだ。


「ヤヴンハール、エアカーのパスコードは分かりますか?」

「送る」

 作業場でコードを受信。

 周囲のエアカーに適用すると、制御を獲得できた。


 ステータスを参照すると、乗員たちの多くが、シートベルトを外している。

 タカフミは、上空のエアカーに音声を送った。

「今から降ろします。全員、シートベルトを着用してください」

 歩兵たちが、”え、何だ今の声?”という感じで騒ぎ出した。

「シートベルトを着けないと降ろしませんよ」

 全員が着用したのを確認して、エアカーを地上に降ろした。


 そのうちの一台に、ギリクが近寄る。

「おい、降りてくれ。俺たちが借りる」

「ぎゃー。でかくて怖い機動歩兵だ~」

 蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。


 セネカの手動操縦で、宇宙港を目指す。



 15分後、宇宙港に到着した。

 ここでも、エアカーがあちこちで停車し、乗員たちが途方に暮れている。


 ターミナルの入館には、何の規制もなかった。

 だが、3階のフロアから駐機場を見ると、ポッドの四方に歩哨が立っていた。

 既にポッドは押さえられている。

「エスリリスを呼んでくれ」

 マルガリータ、左手のパネルから、ステファンに電話をかける。


          **


 司星庁から「反乱軍現る」のニュースが流れた時、エスリリスは宇宙港上空の静止軌道にいた。


”わたしが反乱艦!?

 ひどい。何も悪いことしていないのに。

 あれもこれも、人間たちが不可解なことをするから!”


 ぷりぷりと怒っていると、作業船が3隻、近づいてきた。

 駅の建設現場や、小惑星の採掘場でお馴染みの、自律式の作業機械である。

 人間も搭乗できるが、普通は無人で、様々な作業をこなしている。

 蟹のハサミのようなアームで、鉄骨をまとめたものを運んできた。


「艦長! 作業船が本艦を拘束に来ました」

 ステファンは司星庁によるニュースを見ていた。マリウスが反乱の首謀者、エスリリスが反乱艦と指定されている。

「マリウスが反乱とは、おかしな話だ」


 それから少し遅れて、ステファンは緊急連絡を受け取った。

 中央政府が今回の事案に、直接介入するという内容である。

 差出人はヤヴンハールとなっていた。

「拘束は拒否する。蹴散らせ」


 エスリリス、ゆっくり加速して前進。作業船の1隻に接触。

 作業船は紙のように潰れた。

 残りの2隻が慌てて道をあける。



 マルガリータから通話が入った。

「宇宙港にいます。迎えに来て~。ポッドが使えないの」

「了解。そちらに『空き地』はあるか?」

「いや~、それがあんまり。

 交通局が止まったせいで、どこも大混乱で混雑しているの」


 エスリリスは大気圏に降下。

 宇宙港が見えてくると、そこは確かに、船やエアカーでごった返していた。

「あのターミナルの上に降りましょうか?」

「そんなことをしたら、向こうが潰れる。

 なるべく壊さず行きたい。

 艦首を下げてくれ」



 駐機場が、急に暗くなった。

 歩哨の兵士が見上げると、真っ黒い塊が、空から真っ逆さまに落ちてきた。

 歩哨だけでなく、駐機場にいた兵士たちは皆、一斉に逃げ出す。


 ポッド用の空きスペースに、全長300メートルの艦体が、垂直に突き刺さった。


「よし、行こう」

 マリウスたちは駆け出した。

 エスリリスから、鎧姿の機動歩兵が飛び出し、地上に展開。

 一人ずつ抱えて、エスリリス艦内に収容。

 それが終わると、エスリリスは艦首を駐機場から抜き取り、宇宙空間へと戻って行った。


          **


 再びヤヴンハールからの通信があった。

「コア位置を特定するため、中央政府権限で設計データを要求した。

 だが、通信妨害やデータ改竄かいざんなどで邪魔されて、取得できない」


 タカフミは、地上観測衛星に接続してみた。

 こちらは初期パスコードでアクセスできた。

 最も活発に活動するデータセンターを8か所絞り込む。

「このどれかに、コアがあるんじゃないか」

「わたしもそう思うな~。でも、どうすれば特定できるかしら?」


 そこで、エスリリスが警告の声を上げた。

「駆逐艦が接近してきます。識別コードは友軍ですが」

 駆逐艦から、通信が入って来た。

「ちょっとそこの反乱艦。なに我が物顔で飛んでますか!」



 やって来たのは、アナクレオン星系の防衛部隊である。

 国境や紛争地帯ではないので、駆逐艦2隻と、地上展開している一般歩兵、という小規模な編成だ。


「そこの反乱艦、停まりなさい。ふてぶてしいやつめ!」

 ビデオ通話で、若い指揮官が叫ぶ。

「わたしは勅使だぞ」

 マリウスも顔を見せて、言い返す。


 指揮官は、手元の空中ディスプレイと、通話の画面を見比べた。

 手元には、司星庁からのニュースが流れている。

「む! おまえが狂犬マリウスか!」

「妙な二つ名をつけないでくれ」



 その間、ヤヴンハールとアナクレオンは「報道合戦」を行っていた。

 ヤヴンハールは中央政府名で、反乱を否定する臨時ニュースを流した。

 それに対して、アナクレオンは司星官ルクトゥスの声明として、中央政府の臨時ニュースはフェイクと否定。

 よく見ると、同じアナウンサーだった。双方とも、MIがアバターを使って放送を流したのだ。使っているアバターが同じなので、ますます分かりにくい。


「中央からニュースが出ました~!

 反乱は偽情報なんです。邪魔しないでください」

「いや、でもそのニュースはフェイクだって司星官は言っているし」


 指揮官はため息を吐いた。

「こういうの、現場は困るんだよね。

 もう、ちゃんと話し合って、どっちが反乱軍か、決めてほしい」

「うんうん、そうですよね」


「なに呑気に会話してるんですか!」

 タカフミ、しびれを切らして割り込む。

「状況が不鮮明ですから、

 いまから24時間、双方が不介入で、はっきりするのを待ちましょう」

 あっさり、艦隊同士は24時間戦闘しないことで、合意が成立した。


          **


 ヤヴンハールは、イルルゥに加え、残る2つの行政MI(カールマーンとロクセラーナ)も「情報戦」に投入した。

 膨大な演算処理能力により、アナクレオンの抵抗を無力化していく。


 星系の放送局MIを制御下に置くと、司星庁の反乱を大々的に報道。臨時ニュースを繰り返した。

 さらに「原隊に戻り待機せよ」を中央政府命令として伝えた。


 なお、アバターを使っての報道や、防衛部隊に待機命令を出すことは、今上(マクシミリアン)の裁可を得ている。



 次にヤヴンハールは、防衛部隊指揮官にコンタクトした。

「しばらくの間、兵舎での待機を続けてほしい」

「兵たちが動揺しています」

「では、肉の食べ放題を許可しよう。

 あと、酒類の飲み放題も許可する。費用は中央政府が持つ。

 上手く落ち着かせてくれ」


 ちなみに肉の食べ放題は17代前の皇帝、酒類の飲み放題は8代前の皇帝から、必要なら実施してよいという言質を得た。

 ヤヴンハールとてMIなので、人間への命令権はないが、

 こうした「人間の言葉」を蓄積し、適宜(都合の良いものを)選んで使うことで、広大な帝国を上手い具合に運営しているのである。


 イルルゥ「最近の兵士は、食べ物で機嫌を直してくれるから、楽ですね」

 ヤヴンハール「ああ、まったくだ」

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