第八章:アナクレオン
第8-1話:反乱軍ですか?
「たしかエレベータはあっちですね」
「いや、閉じ込められる恐れがある。
階段かエスカレータを使いましょう」
タカフミは、入館する際に撮影した館内図を呼び出す。
避難経路を確認するのは、地震大国出身者に染み付いた習慣である。
反対の方向に一行を案内する。
ホールのような空間に足を踏み入れると、10名ほどの歩兵たちが固まっていた。
「ちょっと、あれ! 髪!」
「うわ、長い人って本当にいるんだ」
「もしかして、あの人たちなんじゃないの?」
機動歩兵と違って、一般歩兵たちが前線に赴くことは、あまりない。最近は少なくなった。
主な任地は、駅の建設現場や、農業惑星、小惑星の採掘場など。
実は
そんなわけで、戒めの長髪を科されるような人も現われない。
ほとんどの歩兵は、長髪というものを目の当たりにすることなく、その生涯を終える。
彼女たちにとってマリウスは、物語世界から出てきた人物、というより怪物に見えた。
「お前、聞いて来いよ」「なんであたしが!?」
しばらく言い争ってから、顔に幼さの残る兵士が押し出されてきた。
おずおずと尋ねる。
「あの・・・反乱軍の方ですか?」
タカフミ、作業場から全員のイヤホンに叫ぶ。
「話すな! マリウス以外は話すな!」
見渡すと、セネカは何か言いかけた口を両手で押さえていた。ギリクは思い切り相手を睨みつけている。マルガリータはそっぽを向いて、唇を尖らしてひゅーひゅー息を吹いていた。口笛は吹けないらしい。
星の人は、嘘を吐くことに慣れていない。全員、挙動が怪し過ぎる。
だが、マリウスの無表情は鉄板である。何の感情も現われていない。
しばらく右頬を触っていた。手を下ろすと言った。
「違います」
初年兵は、ほっと安堵の表情を浮かべた。
「違うんですね、失礼しました~」
先輩たちのもとに駆け戻る。
「違うそうです」
「そうかそうか」「違ったのか」「よかったよかった」
「さっさと行きましょう~」
「こっちにエスカレータがあります」
一行が進もうとすると、
「待て!」
と声がかかった。髪を一房、肩まで伸ばした人物に呼び止められた。
士官である。さすがに「違います」の一言では納得しなかったようだ。
「職責により尋ねる。名前は?」
”グラスウェンと答えてください”
タカフミ、作業場から伝える。
「グラスウェンだ」
「グラスウェン? マリウスではないんですね?」
士官の顔もほっと緩む。だが気を取り直して、もう一度口を開く。
「腕輪を確認します」
”そのままかざしてください”
マリウスは左腕をかざす。士官は自分の腕輪を近づけて、装着者情報を読み取ろうとする。タカフミは腕輪間の通信をインターセプト。情報を上書きする。
士官の空中ディスプレイに「グラスウェン」と表示された。
今度こそ、心から安堵した表情を見せた。
「確認できました。失礼しました」
「いや、構わない」
「凶暴で貪欲で醜悪な反乱軍がいるようです。気をつけてください」
「情報に感謝する」
一行は、何気ない素振りで、エスカレータに向かった。
「凶暴、はマリウスとして、貪欲は誰かしら?」
「醜悪が自分とすると、消去法でマルガリータなのでは?」
「なんでわたしが貪欲になるんですか!」
**
エスカレータを駆け降りる。形状は地球と大差ない。左右に手すりのベルトがあるのも同じだ。
ピポンピポンピポン、という警報が鳴り響いた後、突然足元が停止した。
「わー!」
転倒しそうになり、慌ててベルトを掴む。
怖いのは、上からの転倒者に巻き込まれることだが、幸いに誰もいなかった。
エスカレータが逆転し始めた。上階に戻される。
「おいおい何だよこれは!」
ギリクが毒づく。
流れに逆らって駆け降りようとするが、進まない。
「いったん、上階に戻って、階段に移りましょう」
すると、中央を過ぎたあたりで、再び停止。また下方向に流れる。
「誰かが操作してる!?」
「エスカレータに閉じ込めるつもり?」
「滑り降りるぞ」
マリウスの声に、全員、ベルトに飛び乗る。
”これ、一度やってみたかった”
タカフミが心中ひそかに思っていると、目の前のセネカが腰を浮かせた。
理由に気づく間もなく、ベルトの上に張り出した障害物に、股間が激突。
そのまま床に投げ出された。
辛うじて受け身は取れたが、股間を押さえて悶絶する。
「ちょっとタカフミ、どうしたの?」
「あそこ弱点らしいぜ。格闘訓練で蹴られてこうなっていた」
星の人に、金的蹴り禁止のルールはない。
「大丈夫か」
マリウスが声をかけた。手を貸してもらい、よろめきながら立ち上がる。
「施設のMIが、干渉されたのだろう。
他にも妨害を受ける可能性がある。
通路を閉鎖されるとやっかいだ。急ぐぞ」
**
階段では、何も起こらなかった。
司星庁の建物から出る。
「エアカーを呼んでくれ」
「はい」
セネカ、腕輪に向かって指示を出す。
すぐに1台、銀色のエアカーがやって来た。
「1台で足りるかなぁ~」
「定員は5名ですよ?」
「この2人が無駄に大きいのよ」
マリウスは空中ディスプレイを見つめ、何か操作している。
そこにエアカーが、減速せずに突っ込んだ。
「危ない!」
タカフミは、マリウスを抱きかかえるようにして、横に飛んだ。
ギリクが、セネカの襟首を掴んで引き上げる。
マルガリータは自分で回避。
轟音を立てて、エアカーが司星庁の壁にめり込んだ。
「なんだ、故障か?」
周りの人たちが、驚いて集まってきた。
戦場や非常時を除いて、エアカーは自動運転である。
脇見運転も居眠り運転もない。
さらに、個々人の位置情報は腕輪で共有されている。
なので、交通事故というものは、発生しない。
星の人に、車(エアカー)に気をつける、という危機意識は皆無だった。
「ありがとうタカフミ。
故障か? 危ないな」
「交通局MIに、アナクレオンが干渉したんじゃないですか?」
「行政MIの方が上位だからな。あり得るな」
「もしかして、行政MIを敵に回すのって、すごく危険なのでは?」
「悩んでもしょうがないだろう。
エアカーに接続して、制御を奪ってくれ」
「次に通りかかったら、やってみます」
マルガリータが悲鳴を上げた。
「ちょっと! 何よあれ!」
正面の大通りから、エアカーが10台以上、押し寄せてきた。大通りを塞ぐように
4台が横並びで迫る。その上、さらにその上と、三層に重なるように飛んできた。
「こっちからも来る!」
正面だけではない。右からも左からも、猛スピードで集まってきた。全て、マリウスをめがけて突っ込んでくる。
作業場でエアカー全てをグルーピング。一括で指示を出す。
だが、通らない!
「パスコードが違います」
”くそっ! 人工衛星はデフォルトのままだったのに!”
エアカーの大群が、目の前に迫る!
「建物に戻れ!」マリウスが下令。
ガラスの扉の前で、行儀よく停車するとは思えないが、他に方法がない。
全員駆け出す。先陣を切るのはマルガリータである。皆が必死で走っているのに、どんどん引き離される。
「きゃー!」「うわー!」「ちょっと何!?」
外からたくさんの悲鳴が聞こえた。
だが、ガラスの割れる音も、壁に衝突する音も、続かなかった。
不審に思ってタカフミが振り返ると、エアカーの群れは全て停止していた。
空中で停止したエアカーから、乗客が身を乗り出して、何か叫んでいる。
遠方に目を向けると、突っ込んできたエアカーだけでなく、通りを走行中のエアカーが全て停止したようだ。一体、何が起こったんだ?
「一時的に交通局MIを停止させた」
イヤホンに声がした。
「わたしとイルルゥで干渉しているが、タイムラグがあり圧倒できない。
交通局への干渉も、押し返される可能性がある。
物理的に、アナクレオンの電源を、落としてほしい」
「あなたは誰です?」
「わたしはヤヴンハール。中央政府顧問だ」
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