第7-3話:アナクレオン星系へ
打ち合わせから2週間後。ラッドと撮影スタッフを乗せた艦隊は、アナクレオン星系へと向かっていた。
星の人以外の国々も、独自のMIを持っている。MIの支援で、映画のシナリオも短期間で作成できるようになった。
それでも、2週間というのは異例の速さ。
マリウスが、急かしに急かしたのである。
撮影の大部分は、ラッドの故郷、ガーライル星系で行われる。
今回は、アナクレオン2(第二惑星)の大瀑布と戦闘艦のシーンを、先に撮影する。
**
赤毛のステファンが、マリウスを司令室へ連れて行った。
マリウスが手をかざすと、ドアが開く。部屋に入る。
「司令に戻れて良かったな」
「ああ。嬉しい」
エスリリスとタキトゥスが、撮影に使われることになった。
形式上は、ラッドが「どうしてもこの2艦を使わせてください」と頼み、情報軍が501軍団に貸出要請したことになっている。
「撮影艦隊」が編成され、マリウスが司令になった。
この2艦に、撮影を手伝う歩兵と機動歩兵が付随する。つまり、艦隊の全員が、情報軍の広報活動に従事しているわけだ。
「
「ああ」
マリウスは、身振りで椅子を勧めながら答えた。
ちなみに「雷」は皇帝座乗艦。金の筋が、艦首から艦尾まで流れているので、そのように呼ばれている。
「どんな人だった?」
「前に話したように、同じ顔だ。でも、表情を作れる」
「へぇ?」
「幼少期に、気づいたそうだ。
怒った顔をすると、周りの人が言うことを聞く。
ためらう者は従い、逆らう者は沈黙すると」
「気づいて、習得したのか」
「そう。不機嫌と、怒りと、激怒。
笑顔は、帝位についてから『やむを得ず』練習したそうだ」
「その順番が可笑しいね」
ステファンは、愉快そうに笑った。
「同じ顔の人がいるのは、どんな気分なんだ?」
「むしろ、違いが目立つ。全く別の人なんだ。
自分の気持ちや願いを、堂々とさらけ出している」
「マリウスは抑えているのか?」
問われて、マリウスは右頬に触れた。
「わたしは・・・自分が何を求めているのか、はっきりしない。
迷いがあるんだ」
今度は髪に触れる。
「敵をこの手で倒す。その喜びだけでは、足りない気がするんだ。
あるいは『いつまでも続かない、続けられない』という不安がある。
何か、自分の心を震わせるものが、他にあるような気がする。
夢中になる、何か。
それが何か、まだわからない」
**
マルガリータは、エスリリス艦内をラッドとツェレルに案内していた。
「この扉の向こうには何が?」
「お風呂です」
「・・・見てもいいですか?」
「ちょっと待ってください」
マルガリータだけ、中に入る。
入浴中の隊員と話す声が聞こえた。
「ごめん、ちょっとの間だけ、シャワーの向こうにいてくれる?」
ラッドを招き入れる。ラッドは、宇宙船に浴槽があるのに驚いていた。
「ここでぜひ、あの水着を・・・」
「着ません!」
「風呂場で水着って変じゃない?」とツェレル。
「おっしゃる通り! マルガリータ、ここはひとつ思い切って」
「脱ぎません!」
それからマルガリータは、2人を食堂に案内した。
「地球の調査に必要」という謎理由で、強引に改修させた食堂である。
高性能な厨房機械が、レシピに従って料理を作ってくれる。
うどん・カレーライス・ピザなど、マルガリータが地球で調査したメニューも並んでいた。
「好きな料理を注文できるんですか!!
とても戦闘艦の食堂とは思えません。
さすが帝国は違う!」
「いや、こんなの、この艦だけだから」
「ここでの食事シーンも、ぜひ入れたい」
「食事はガーライルで食べたいなぁ」
そこに、ネスタが入って来た。砲艦タキトゥスの艦長である。
うわさに聞いたエスリリスの食堂を、見物に来たのだ。
星の人には珍しく、円いめがねをかけている。
「こんなに選べるの?」
オーダー端末の前で、メニューの豊富さに驚いている。
マルガリータが進み出ると、嬉しそうに、地球食の説明を始めた。
ラッドがタカフミの袖を引っ張った。
「ちょっと! あの人も出演するように、説得してくれませんか」
「それはまたなぜ?」
「いやぁ。マルガリータも大きいですが、それを上回る方がいるとは。
水着はぜひあの人に」
「なぜ自分に言うんです!?」
「だって、君だって見たいでしょ。見たくないの!?」
「ううう」
唸った後、タカフミは逆に質問した。
「出演者って、人でないといけないんですか?
もしかすると、アバターでも十分なのでは?」
ラッドは腕を組んで、少し考えた。
「わたしに言わせると、アバターはまだ、本物っぽさが足りないね。
星の人のアバターは別格なのかもしれないが。
少なくとも、わたしがこの業界で見るアバターは、まだまだだ」
「なるほど」
「法規制の問題もある。
アバターで実物そっくりな映像を作るのを、規制する国が多い。
あくまで俳優が演じて、一部の修正だけ許可する、とか。
でも一番の理由は、人が演じた方が、人気が出るからだ。
映像コンテンツでは、出演者への関心、というのが大きい。
アバターでも、ストーリーが良ければ人気は出るが、大ヒットにはなりにくい。
私見だがね」
ラッドは天を仰いだ。
「なので、ジョセフィーヌには、女優を続けて欲しかったなぁ。
マルガリータも、これ単発ではなくて、今後も出演して欲しいよ」
**
惑星アナクレオン2に到着すると、ラッドは早速、大瀑布に向かった。ツェレルが同行する。歩兵たちも随行し、撮影キャンプの設営を手伝う。
マルガリータは司星官を訪問した。
情報軍を代表して、撮影協力にお礼を言うためである。
マリウスとタカフミ、それにセネカとギリクの「ガニュメデス」チームが同行した。
セネカの傷は癒えた。ギリクは再び義足を取り付けられて、不機嫌である。
義足は、足が培養再生されるまでの代用品なので、既製品が使われる。
微妙に長さが合わず、装着者によっては不快に感じる。腰痛などを引き起こすこともある。
指定された会議室で待っていると、ガチャ、ガチャ、という音が近づいてきた。
「待たせたね、諸君」
「ひゃ?」
マルガリータが小さく叫ぶ。
現れたルクトゥスは、不気味なロボットを引き連れていた。
おおよそは人型。だが、頭部は丸く巨大。
身体には、ケーブルのようなものが張り巡らされている。
人体というより、髑髏と骸骨を模したように見えた。
ルクトゥス自身も、機械のようだった。
両腕は義肢。しかし手首から先には人肌が見えた。戦闘や事故で欠損したのなら、丸ごと義手に置き換わりそうなものだが。
首から下、胸部も機械に覆われている。
スカートのような黒い布を、腰から下に巻き付けていた。星の人社会では見かけない服装である。
そして、肩下まで伸びる黒髪。
ヤバさを通り越して、異様で奇怪な人物であった。
**
「こ、この度は、情報軍の広報活動にご協力いただき、ありがとうございます」
マルガリータは、すぐに笑顔に戻して、挨拶した。
ルクトゥスは、ふわりと笑った。
「イメージ向上は、良いことだ。全面的に協力する」
それから、視線をずらした。
「そこにいるのは、マリウスではないか?
美しく成長したな、マリウス」
「会ったことあるんですか?」
「1度だけ。だがその時は、義体ではなかった」
マリウスは進み出る。
「人払いを、司星官。
お伝えすることがあります」
ルクトゥスは同行者を退出させた。
「そのロボットも」
「ふむ?」
ロボットも部屋を出ると、マリウスは腕輪に格納した電子文書を、ルクトゥスに見せた。
マクシミリアンの電子署名が入った、勅令である。内容は、
「行政MIアナクレオンを直ちに停止せよ」
「管区の行政は、ヤヴンハールが引き継ぐ」
「詳細は、マリウスに聞け」
星の人流の、簡素な書面である。
ルクトゥスは、無言で文書を眺めた。
「命令実行をお願いします」
「文書を送ってくれ」
「アナクレオンには渡さないように」
「電子署名を確認したら、あとは淡々と実行するだけだ。
しばし待て」
そう言って、自身も退室した。
**
ルクトゥスが部屋を出てから、5分経ったが、誰も戻らなかった。
10分が経過した。
「署名を確認するにしては、長いですね~」
15分が過ぎた。タカフミは作業場を起動させ、ネットにアクセス。
表向きは、起立して待つ姿のまま、ニュース番組をチェックする。
星の人の公共放送。NHKというよりはAFNに雰囲気が近い。
娯楽要素はあまりない。時折、様々な惑星の風景が流れるが、地形や注意事項を伝えるもの。観光情報ではなく、作戦ガイドという感じだ。
では星の人は、休みの時に何を見ているかというと、国外の娯楽チャネルである。
言葉が通じるので、視聴には問題ない。
だが星の人に、他の国の物語が、理解できるのだろうか?
そういえば、タカフミが地球駅の建設を手伝っていた時、隊員たちは地球のテレビや映画を見ていた。
契約や支払いはどうなっていたんだろう?
そもそも誰が翻訳したんだ?
どうやら、触れてはいけない領域に気づいてしまったようだ。
そんなことを思い出しながら、公共放送を眺めていると、急に画面が切り替わった。
ピポンピポンという、少し間延びしたアラーム音が鳴る。
続く臨時ニュースの内容に、タカフミは驚いて声をあげた。
「司星庁が放送を流しています。
反乱軍が星系に侵入したそうです!」
「この星系に?
ここの部隊が外で暴れているのではなく?
反乱を起こすなら、てっきり、ここの部隊だと思っていたが」
軍服姿のアナウンサーが、臨時ニュースを読み上げる。
「首謀者の名はマリウス。反乱艦はエスリリスです。
司星庁の周辺に鎮圧部隊が展開しています。
市民は、所属部隊の指示に従って行動するように」
「馬鹿な、わたしは勅使だぞ。公然と歯向かうつもりか?」
**
マルガリータやセネカたちも、それぞれの端末でニュースを見た。
マリウスの名が呼ばれているのに驚く。
「このアナウンサーもアバターですか?」
「いや。放送は人が行うことになっている」
「では、まさか、司星官の指示で!?」
「こんな内容だと、行政MIが中央政府に警告するはずなんだが」
「アナクレオンは伝えない、という確信があるのかしら」
「急いで宇宙港へ戻る。ひとまずエスリリスへ撤退する」
空の上では、エスリリスが喚いていた。
「わたしが、このわたしが、反乱艦!?
あの人間たちは、いったい何をしたの!?」
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