第7-2話:紐

 ジョセフィーヌが、知り合いのプロデューサーに電話してくれた。

 いかにも業界人的な、素早い行動である。


 相手の男性は、まずジョセフィーヌからの電話に驚き、次いで提示された条件に驚きの声をあげた。

「戦闘艦と拠点惑星で撮影OKなのか?

 しかも、星の人の出演まで!?」



 翌々日には、もうカーベルザラートにやって来た。

 浅黒い肌の、インド人的な風貌の人物だった。


「ラマチャンドランです。ラッドとお呼びください」

 ラッドと、彼のスタッフ男女3名が、宿舎の一室に案内された。


「ラッド。久しぶりだ、元気にしているか」

「ジョセ! また会えるとは嬉しいよ。

 その青い服。情報軍に戻ったんだね?」

「ああ。興行ランキングで君を蹴落とすためにね」


 ラッドは、両手の人さし指と中指を揃えて、頭の上で振るような仕草をした。

 お祓い的な意味があるらしい。もっとも本気ではなく、顔は笑っていた。


「また映画を?」

「わたしはまもなく別の用事で出発する。

 今回、こちらの担当はツェレルだ」

「よろしく、ラッド」

「こちらこそ、ツェレル」


「それから」

 と言ってタカフミを指差す。

「チームメンバーのタカフミだ。

 聞かれる前に言っておく。男だ」

「地球から来ました、タカフミです。よろしく」

「これはこれは! 星の人の拠点で男性に会うとは。

 ラッドです。よろしく、タカフミ。

 ジョセ、君の映画みたいになってきたね!」


 ラッドのスタッフたちとも、和やかに握手を交わした。

「飲み物はいかがですか」

「ああ、もし紅茶があればそれを」

 タカフミはドリンクとスナックを配った。



「では早速だが、シナリオのプロット案を説明したい」

 ラッドが、持参の端末を起動。

 プロジェクタで画面を壁に投影する。空中ディスプレイ技術は持っていない。

「こちらがプロット1だ。題名は『滝』。ご存じだろうが、アナクレオンの・・・」


 その時、「ひぃっ」という、息を呑むような声が上がった。

 紅茶の入ったマグカップが、床にガシャンと落ちる。


 男性スタッフが、ドアを指差し、絞り出すように言った。


「クローンだ!」


 機動歩兵を従えて、マリウスが部屋に入って来た。


          **


 女性スタッフの顔が、恐怖で真っ青になった。

 もう一人の男性スタッフは、部屋の隅に逃げて行った。

「落ち着け、諸君! 帝国クライスゼーレは生命保証を宣言した。

 必ず、生きて帰れるはずだ」

 ラッドは両手を上げ下げして、落ち着いて着席するよう示した。


「映画に出演させるというので、機動歩兵を連れてきた。

 タイミングが悪かったか?」

「いや、そんなことはない」

 ジョセフィーヌは首を振る。


「ラッド、こちらがこの部隊の指揮官、マリウスだ。

 マリウス、この人がプロデューサーのラッド」

「宜しくお願いする、ラッド」

「こちらこそ、マリウスさん」

 ラッドは、これまでと打って変わって、緊張した面持ちで、握手に応じた。


          **


 タカフミの作戦は「もっともらしい理由をつける」ことである。

 行政を司るMIに対して、部隊移動を隠し通すことは、不可能だ。

 通常と異なる動きがあれば、気づくだろう。

 ならば、隠すのではなく、「それなら当然か」と思わせる理由をつける。


 撮影に協力するのは、情報軍のイメージ戦略の一環である。

 アナクレオン星系に行くのは、メディア側がそこでの撮影を希望したからだ。

 そして、移動する人や艦は、その出演者(艦)である。


 行政MIのアナクレオンは、アナクレオン星系の第二惑星に設置されている。

 地上部隊の投入が必要になるかもしれない。それに備えて、出演者は機動歩兵としたい。

 ということで、機動歩兵を連れてきたのだ。



「ラッド、出演者の候補を見てくれ」

 そう言うとマリウスは、機動歩兵たちの後ろに回った。

 クローンが1人だけなのを見て、ラッドは少し安心した。


 機動歩兵は、ジルを筆頭に、スチール、ブリオと、ハーキフその他の兵士、合わせて12名。

 皆、堂々たる体躯の持ち主である。


 ラッドが唸った。

「うーん。みなさん、作品には合わない」

「どんなストーリーなんだ?」


 ラッドは、壁に投影されたスライドを指差した。

「プロット名は『滝』だ。

 もう分かったかい?

 そう。アナクレオン2(第二惑星)にある、有名な大瀑布だ。

 これが、重要な舞台になる」


 スライドをめくる。

「映画の舞台はファルサング星系だ。

 史実では、急進派による襲撃と、その後の帝国の報復で、殲滅されたが、

 本作では、この殲滅戦に、待ったがかかる。

 殲滅を実行する前に、襲撃事件を詳しく調査しよう、ということになるんだ」


 イメージ写真。軍服姿の美女と、私服の男性が見つめ合っている

「調査の間に、主人公が司令のハートをつかんで、戦争を回避する、というのが、物語の骨子さ」


「あり得ない」

 部屋の奥からの声に、ラッドの顔が引きつる。

「戦争を止めるなど、あり得ない」

 ジョセフィーヌが首を振り、唇に指をあてた。

 マリウスは腕を上げて頷くと、沈黙した。


「いい話だ。うまく盛り上げられたらな。

 ハートはどうやってつかむんだ?」

「美味しい食事や美しい景色で、徐々にそうなるのさ。

 そして大瀑布での出来事が、物語のカギを握る」


「なるほど。食事か。

 ならば、その司令役に、適任者がいる」

 そう言って写真をラッドに見せた。

 ナイシキールの、<使用後>のマルガリータだった。


 ラッドは、ヒュゥ、と口笛を吹いた。

「これは! 輝くようなプラチナブロンド。おへその形も素晴らしい。腰回りも胸も見事な・・・顔を隠す仕草もそそりますが、出演してもいいので?」

「直接本人に聞こう」


 呼ばれて、マルガリータがやって来た。

 ラッドは一目で、マルガリータのことが気に入ったようだ。

「出演? わたしに出来るかなぁ?」

「そこは指導します。

 今回はロマンスなので、衣装も多数、用意しますよ」

「本当ですか? じゃあ・・・挑戦します!」



 ジョセフィーヌが、マルガリータのデータを送る。

 スタッフが早速、3Dプリンタで衣装を作り始めた。次々とサンプルが出てくる。


 マルガリータはとても嬉しそうだった。ツェレルやジョセフィーヌも、興味津々といった顔で覗き込む。

 そして、その傍らにはマリウスの姿もあった。いつもの無表情に変化はないが、衣装サンプルを一つ一つ、手に取って、じっくりと眺めている。


 その姿を見て、タカフミは、思い切って聞いてみた。

「ラッド、マリウスも出演する、というのは如何でしょう?」

 ラッドの顔が、にわかに厳しくなった。

「それは無理です」

 きっぱりと否定した。



「我々はガーライルから来ました。

 歴史の授業で、習うのです。過去、帝国との間で、戦争があったことを。


 私も、若い世代も、記録映像で何度も見ています。

 燃え上がる都市。どこまでも続く遺体の列。

 ・・・同じ顔をした、兵士たち」


 それから、マリウスに向かい、取り繕うように、説明した。

「あなた個人に、恨みはありません。でも、

 あなたが出たら、作品は受け入れられない。売れません」



 大半の星の人は、歴史をほとんど学ばず、クローンも忘却の彼方にある。

 だが、帝国と戦火を交えた国々では、クローンは未だに恐怖の象徴だった。


 マリウスは、衣装を置いた。

「理解した」


          **


「では改めて、プロットを説明しましょう」

 ラッドが、つとめて明るい声を出して、続けた。

「撮影地は、アナクレオン星系の大瀑布です」


 空撮の動画。大きな滝だ。幅が広いだけでなく、高低差も大きい。

「落差200メートルです。

 ここに、飛び込んでもらいます」

「ひぇぇぇ!?」

 マルガリータが青ざめた。


「ご飯を食べる話じゃないんですか?」

「いや、もちろん食事のシーンもありますよ。

 2人の気持ちが盛り上がる、クライマックスが、滝!」

「吊り橋効果というやつだね。落ちていくけど」

 とツェレル。

「無理無理無理!」

 マルガリータがぶんぶん首を振る。


「では、機動歩兵を配置しよう。

 何があっても、受け止めてみせる」

「重力制御で空も飛べる、と言われるやつですな?

 それはありがたいです」

「あと、設営などの支援に、一般歩兵も出す」

「そうしてもらえると、予算的にも大変助かりますが、

 いいんですか、そこまでしてもらって?」

 マリウス、頷く。

 機動歩兵と歩兵は、撮影スタッフとして参加することになった。


「ちょっと、勝手に話を進めないで。

 そんな高い所は、怖いです」

「紐は付けるの?」

「機動歩兵がいるなら、ここはぜひワイヤー無しで」

「なお無理です! いやだぁ~(涙)」



 一時、休憩となった。

「お前、しっかりしろ」

 ジョセフィーヌが詰め寄っている。

「痛いのと、高いのと、ひもじいのは、駄目なんですぅ」


 タカフミはラッドに尋ねる。

「舞台挨拶はあるんですか?」

「ああ、やりますよ。大型の劇場で観る文化圏も多いので」


「聞いた? マルガリータ」

「舞台挨拶が何だって言うんです?」

「だから、舞台挨拶になれば、銀河系のあちこちに行ける。

 当然、そこでご飯も食べられるわけだよ」

「おおっ!?」

「うちは手広くやってますから、最低でも50の星系で封切ります。

 この作品なら、百、いや二百はかたい」


 マルガリータは、しばらく考えていた。

「各大陸を回るとして、食事は朝昼晩におやつが2回として・・・」

 ぶつぶつと呟いて計算していた。顔を上げる。

「わたし、やります! 滝だって、飛んでみせます。

 これが、ナントカの舞台を飛び降りるってやつですね!」


          **


「シーンごとの詳細は、我々の方でこの後、作成します。

 では最後に、衣装のイメージをチェックしましょう」


 ラッドのスタッフが、衣装をテーブルの上に並べていく。


「星の人が出演するからには、『ニルワナム』を超えるインパクトで、視聴者の期待に応えたい!」

 スライドに、「ニルワナム」のタイトルと、作品から切り出された画像が並ぶ。


「ニルワナム、って何ですか?」

「ジョセフィーヌが出演した映画だよ。すごく話題になったんだ」

「ふっ。まあそれほどでもないが。アジワブ社長も観たと言ってたな」



 ラッドが動画を見せてくれた。

 宮殿のような豪華な建物。鎧(パワードスーツ)を身に着けた将兵たち。

 彼女たちが一斉に跪いた。その中を、堂々を進む長身銀髪の人物。

 それがジョセフィーヌだった。


「残虐で非道な皇帝役を演じたんだ」

「・・・情報軍はそれで良かったんですか?」

「わたしは端役さ。主人公とヒロインの魅力を引き立てるための。

 皇帝は、残酷なだけでなく、自由奔放な性格で、

 征服地の男を連れ込んで、いたぶるんだ」

「そんな映像流して大丈夫だったんですか!?」


 場面が切り替わった。

 長椅子に気怠そうに寄りかかるジョセフィーヌ。


 タカフミの印象は「白」だった。いや、白と金と銀か。

 透けるような白い肌を、ほとんど全身、晒している。

 大事なところは、目の粗い金の鎖帷子と銀髪で、隠されている。


「金を使ったら、最高権力者らしく見えると思ってな。

 ところがこの鎖が、尻に食い込んで痛かった。

 撮影の合間の休憩中は、ずっと立ってたよ」



「ということで」

 ラッドが言葉を引き継いだ。

「マルガリータには、これを着てもらいたい」

 そう言って、サンプルの一つを取り上げた。

 幅が1㎝くらいの紐だった。


「ベルトかな?」

「帯にしては細いですね?」


「水辺のシーンで来て頂きたい」

「え、あれ水着なの?」

「なるほど。各国の規制は、あれでカバーできるのか」

「いやいやいやいや!」

 マルガリータが真っ赤になって叫んだ。

「そんなもの着れるかぁ!」

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