第7-1話:撮影

 マリウスの腕は、2日では治らなかった。


 新しい腕(正確には、中古の『再生品』)は、届いた。

 だが、接続しても、すぐには動かなかったのだ。


「昔は、付けてすぐに動いた、と聞いたんだが」

「よほど活きのいいのを、調達したケースだろう」

 と軍医ヘゼリヒ。

「骨や神経、血管の接続だけでなく、再活性化にも時間がかかる。

 ナノマシンで加速させるが、1週間はかかると思ってくれ」



「活きのいいのって、どういうことです?」

 ついてきたタカフミは、マルガリータに聞いた。


「例えば一人が右腕を失って、もう一人が右腕以外を失ったとするでしょ。

 そうすると、その右腕をね・・・」

「そうか、クローンが濫用されていた時代の話か。

 なんだか、ひどい話だなぁ」

「切断されても、別なのを付けて、すぐに戦場に戻るので、

『クローンは、四肢を切っても再生する』という迷信を生んだの。

 今でも、信じている人は多いんです」



 ということで、タカフミには、アナクレオン星系に行く方法を考える、1週間の猶予が与えられたわけだが。


「何かヒント、ないですか!」

「そう言われてもね~。

 MIに気づかれない、なんてこと、想像もできないのよね」


 そこにジョセフィーヌがやってが来た。ツェレルも一緒だ。


          **


 ジョセフィーヌはマルガリータを手招き。

「次の調査に出発する前に、写真を撮らせてくれ」

 そう言って、腕輪の撮影機能を起動する。


「何に使うんですか?」

「例の痩せる薬の宣伝だ」

「宣伝!? 顔バレは困ります」

「じゃあ手で隠せ」

 撮影。


 写真を見て、ジョセフィーヌは眉をひそめた。

「分かりにくいな」

 ツェレルが横から覗き込む。

「脱いだ方がはっきり分かるだろうね」

「ちょっと! あまり肌を晒すと、情報軍の仕事がやりにくくなるでしょ!

 ツェレルってば無警戒すぎだよ」

「顔を隠すからいいだろう。脱げ」

「いやだぁ!」


 結局、タンクトップにホットパンツ姿、シャツの裾をまくって腹部を晒し、顔を手で隠した写真を撮られた。


 タカフミ「手で顔を隠すとか、かえって背徳感あります」

 ツェレル「いっそ裸の方が健全じゃないか?」


 力士写真(使用前)と並べて、「ナイシキール」のチラシが出来上がった。



「売れますかね~? きっと、高いんですよね?」

「実は既に、知り合いの俳優が、何人か使っているんだ。

 もう手放せないと言っていた」


「俳優??」

 予想もしなかった単語に、タカフミは思わず聞き返した。

「タカフミは知らないのか。

 ジョセフィーヌは、元プロデューサー兼、女優なんだ」


          **


 約千年前に情報軍が創設された時。星の人帝国クライスゼーレの評判は、地に墜ちていた。

 血も涙もない、暴虐無慈悲な軍事帝国。平たく言えば「悪の帝国」である。


 外交交渉によって、余計な戦争は極力回避する。

 それが情報軍の基本方針であり、そのためには、染み付いた「帝国」イメージの改善が必要だった。


 そこで情報軍が採用したのが、「メディアへの支援」。

 星の人のことを、好意的に扱ってくれる作品を支援する。

 宣伝や、駅での上映、撮影時に軍服の貸出、といった施策を打った。

 はっきり言って、どれも地味である。なかなか成果が上がらなかった。



 こうした中で、最初に注目されたのが「ニムエ」だった。

 娯楽メディアとして放映された作品である。


 星の人に助けられたニムエが、メイドや料理人として、星の人に仕える。

 やがて戦いの才能を認められて、宇宙艦隊に配属となり、両親の仇の海賊を成敗する、という物語である。


 登場する星の人は、ほぼ全員、性格が悪い。

 ニムエは星の人にこき使われ、いじめられる。

 それでも頑張る姿が、視聴者の紅涙を絞った。


 だが! それまでメディアに登場する帝国軍といえば、感情のない、ひたすらに破壊と殺戮を繰り返す、ロボットのような存在だった。

 意地悪で乱暴でも、とにかく感情があって、食事もして、時にはちょっとだけ優しくしてくれる。

 そのように描いてくれるだけでも、大進歩で御の字なのだった。


 もう一つ、女性からの支持、という側面があった。

 銀河系に広がる植民地文化は多様で、中には女性の活動を制限する国家もある。

 そうした国の人にとって、宇宙で活躍するニムエの姿は、希望の光だった。

 ということで、文化的な評価の高い作品なのだが、ブームとまでは至らなかった。



 その後も、ローカルな作品はいくつか制作されたが、話題にはならず。

 星の人は軍服姿だけなので、個性も鮮やかさもない。

「帝国を描くと、画面が灰色になる」とまで言われる始末だった。


          **


「この閉塞を打ち破ったのが、ジョセフィーヌの作品なんだ。

 タイトルは『ノルンたち』。

 3人の、若き機動歩兵の青春を描いた物語だ」


 ツェレルが映像を呼び出してくれた。

 3人の機動歩兵が、格納庫に駆け込み、「鎧」を装着するシーン。

 鎧は通称で、いわゆるパワードスーツ、なのだが・・・


「これ、ビキニアーマーじゃないですか!」

「ふむ。地球ではそう呼ぶのか?

 これまで帝国の描き方は、『正確さ重視』でな。

 この作品では、服装も、機動歩兵たちの日常も、大胆にアレンジしてみたんだ」


 ほとんど肌が隠れていないが、これは「アレンジ」の範疇なのだろうか?


「それだけなじゃいぞ」

 ジョセフィーヌが、誇らしげに解説する。

「この子たちは、日々の訓練や作戦の苦労を、赤裸々に語り合う。

 そして休日になると、駐留先の地上に降りて、街で過ごすんだ」


 ツェレルが別の動画を見せてくれた。

「ビキニアーマーで!?

 素肌で大気圏降下って、無茶すぎませんか!?」

「タカフミは細かいなぁ。そんな突っ込み、受けたことはないぞ」



 異国の街並みを、肩で風を切って闊歩する3人組の姿。

「3人は、街の人々と交流する。

 女も男も、子どもも老人もいる。

 そして、地上の男に、恋をするんだ」

「そういうのは、描いていいんですか?」

「まあ、みんな、そうやって遠慮していた。

 既成概念を、打ち破ることにしたのさ」



「そして3人は最後に、

 優柔不断、二股、浮気の男どもを、

 皆殺しにして終わる」

「その終わり方で、本当に良かったんですかっ!?」

「おかげで、女性からの支持も獲得した。

 男女両方で、帝国のイメージを改善したかったのでな」


 無茶苦茶のようだが、情報軍としては、イメージ戦略に則った作品に仕上がったらしい。



「この作品のお陰で、

 星の人を自由な発想で描く作品が、どっと現れるようになったんだ。

 結果として、私たちに好意を持ってくれる人が、増えた」

「いやー、すごいですよジョセフィーヌ先輩!」

「ふふっ。まあな」

 褒められて、まんざらでもないという様子だ。



「これは・・・撮影協力とかもしているんですか?」

 タカフミは、「ノルンたち」の戦闘シーンを見ながら聞いた。


「撮影協力って何をするんですか?」

 マルガリータが聞き返す。

「自衛隊だと、艦艇や車両を出したり、基地を使ってもらったりしますよ」

「えー。武器を撮影に使うんですか?」

「もちろん安全を確保してですよ。機密にも触れない範囲です」


「撮影協力というのは、したことがないな。

 ノルンの撮影は、すべて地上で行った。

 出演者やスタッフも現地人だ」

「じゃあ、実際に宇宙で撮ったら、リアリティ増しますよね?」

「そうだな」



 タカフミは顎を触りながら、じっと考えた。

「アナクレオン星系で、有名な地形とか、ありませんか?」

「何を考えている?」

「撮影場所を提供して、さらに艦艇や隊員を撮ってもらう。

 という名目で、アナクレオンに行きませんか」

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