第9-3話:アジワブ流で

 司令室で、ルクトゥス拘束の報告を受けたマリウスは、ため息をついた。

 疲労が、おりのように身体の隅々に沈殿していた。



 司星庁を訪問し、マクシミリアンの勅令を届けたのが4日前。

 反乱軍として追われ、エスカレーターの上で弄ばれたり、エアカーに轢かれそうになりながら脱出。

 タカフミが特定したデータセンターを、片端から「調査」して、コアの位置を探ったのが、2日目。

 機動歩兵の奮闘で、アナクレオンを停止に追い込み、一息ついたものの。

 星系外縁部で、まさか艦隊戦を行うことになろうとは。


 こうした戦いの間、艦隊派のスタッフは、三交代制で勤務を続けた。

 機動歩兵は、データセンターでの戦いが終わると、待機・休息させた。


 しかし司令は、独りしかいない。

 隙を見て、短い睡眠はとったが。

 ルクトゥスが拘束されるまで、気の休む間がなかったのだ。



 ちなみに、ずっと起きていたのは、マルガリータも同様だった。情報軍として、作戦支援だけでなく、戦術情報(戦訓)を記録する義務があるからだ。

 だが見たところ、マリウスよりよほど元気である。

 どうも、食べることで睡眠不足を解消できる体質たちらしい。

 ファビアンがどうのこうのと言っていたが、持久戦ではマルガリータに敗れるかもしれない。

 そんなことを、マリウスはぼんやり考えた。



 しばらくして、ルクトゥスが運び込まれてきた。

 艦内の一室に監禁する。

 入り口には2名の機動歩兵を見張りに立てた。

 24時間の警備と、定期的な内部の監視を、ジルの責任で実施してもらう。


 ヤヴンハールに連絡すると、感謝の言葉と、移送先の座標が送られてきた。

 ステファンに、移送計画の立案を指示。


 こうして、一連の戦闘と捕物劇が完了したので、

 マリウスは、ふーっ、ため息を吐いて、シートに身体を預けたのだった。


          **


 マリウスは、ヘッドレストに頭を乗せて、天井を見つめた。

「何だろう。戦場を駆け回っていたころとは、別種の疲れだ」


 マリウスの身体が、びくっと震えた。

 表情に変化はないが、タカフミには分かった。

 今、痛覚抑制を切ったのだ。

 そうしたら、どこか痛む場所があって、慌ててまた抑制したのだろう。


 タカフミの脳裏を、倒れて痙攣するマリウスの姿がよぎる。

 ミランダとの戦いの後。「大丈夫だ」と言って歩き出そうとして、倒れた。


 痛覚抑制は、クローンを「壊れるまで」戦わせるための道具だ。

 このまま放ってはおけない。

 ためらいながらも、申し出た。

「揉みますよ。

 肩や足だけでなくて、その、腰とか、全身を」



 マリウスは、アジワブでのアロママッサージを思い出した。

 高価な香油は、何の感動も引き起こさなかった。匂いに快・不快を感じることが出来ないからだ。

 けれども、熱い岩盤に横たわり、揉んでもらうのは、気持ちが良かった。


「ではお願いしよう」

 そう言って、ベンチの上に横になった。座面にはクッションが付いている。



 タカフミの心の中で、何か、大きく動くものがあった。

 数年来、任務を共にして、今なら多少の冗談は許されると思った。

 しっかり凝りと疲れをほぐしてあげたい、という想いもある。


 でも最も大きな変化は、切望だった。

 近くに寄り添うだけの傍観者から、一歩進めたいという気持ちが、いつになく、高まっていた。


 思い切って、でも口調はさりげなく、嘘を吐く。

「えーと、揉む時は、脱がないといけないんです。

 筋とか痛めるといけないので」



 するとマリウスは、

「そういえば、アジワブでも脱がされたな」

 と言って、するすると全て脱いだ。

 それから、ふと思いついた、という態で、脱いだものを綺麗に畳む。

 士官学校で学んだ整理整頓の習慣は忘れたが、タカフミが見ているので、ちゃんとやらないとな、という気になったのだ。


 畳み終わって、ふと目を上げると、

 タカフミがしゃがみ込んで、頭を抱えていた。



「どうした!? 脳が、いやインプラントが痛むのか?」

 (※著者注。脳自体に痛覚はない)

「いえ・・・なんでもありません」


 警戒心のないマリウスを騙したことで、タカフミは自責の念に苛まれていた。

 自己嫌悪と罪の意識。


 だが、白い肌を隠すように流れる黒髪を見た時、息が止まる気がした。

 彼自身にとっても意外だったが、心に去来したのは、「はかなさ」だった。



 自分を見つめる瞳も、流れる黒髪も。

 手術痕に伸ばされた指も、2人の距離も。


 明日には、壊れて、なくなるかもしれない。

 何千光年も彼方に、引き離されるかもしれない。

 何もかも、ひどくはかないものに感じたのだ。


 だから決めた。理屈は後で考える。

 今は揉もう。揉むぞ。この手で触れる!



「では行きます!」

「ん? ああ、頼む」

「うつ伏せになってください!!」

「やけに気合が入っているな。叫ばなくてもいいぞ」


          **


 馬乗りになって揉み始めると、マリウスが片手を上げた。

「ちょっと待て」

 タカフミの目の前で、身体を起こす。


「わたしを壊すつもりか?」

「滅相もない! 痛かったですか」


 アジワブ家の「おもてなし」では、力強い、本格的なマッサージを受けた。

 同じようにやってみたのだが。


「あの女性たちは、もっと優しくしてくれたぞ」

 タカフミは、下心の誹りを避けるため、男性スタッフを所望したが、

 マリウスは何も考えずに、女性スタッフから施術を受けていた。


 マリウスは両手の手のひらを向き合わせ、近づける仕草をした。

「こういう感じだった」

「はあ? それ、マリウスはどうなっていたんですか?」

「だから。この両手が女性たちで、わたしは手のひらの間にいた」


”それ、本当にアロママッサージだったのかっ!?”

 タカフミは記憶を(作業場ではなく脳みその方)を探った。

 確か、「お店」に行く動画に、そんな様子が映っていた気がする。

 ・・・ってそんなことしていいのか!?


「とにかく、あまり強くするな」

「ぜ、善処します」


          **


 再びマリウスが身体を起こした。

「だから、アジワブと同じようにやってくれ」


 タカフミのスラックスを摘まむ。

「スタッフも、服を脱いでいたぞ」


 本当ですかっ!?

 あの時の女性スタッフが・・・断るべきでは、なかったか!?

「何か後悔しているのか?」

「ちち違います! 疑問が浮かんだだけです!」


 深呼吸して、心を落ち着かせる。

「自分が脱ぐことに、何か意味がありますかっ?」

「いや、それはだな」


 マリウスが右頬に触れる。なんとなく、困っているように見えた。

「服の厚い部分や、ボタンがこすれるだろ」

「はあ、それで?」

「痛いんだ」

「痛い!?」

 右腕を自ら切り落として戦った人が、痛い!?

「仕方がないだろう、痛覚抑制をオフにしてるんだから」

 銀河を震撼させた戦闘用クローンの末裔なのに、実は痛みにはヘタレだった。



 タカフミは、胸に手を当てて、乱れた呼吸を整えた。

 普段であれば、「場所を変えましょう」くらいは思いついたかもしれない。

 だがこの時は、自分を鎮めることに、頭が一杯だった。


「・・・では、参ります」

 マリウスは、下の方を見た。

「風呂で見た時と形が違うが、大丈夫なのか?」

「大丈夫です! 一時的ですから! 心頭滅却すればこんなもの!」




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*******(⚭-⚭ )ジィィ~********


 タカフミが「揉みます」と言ってから、かなりの時間が経過している。


”まったくこの人間たちは・・・

 仕事もせずに、今度は何をやっているんだ?”


 憤りを通り越して、もう呆れた気持ちで、エスリリスは2人を眺めていた。


 そう、、見ていたのだ。

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