第9-2話:決戦
司星庁の「ヨット」が、オストロミル艦に到達した。
格納庫に収容される。
庫内は無人。士官たちによる出迎えはなかった。
ルクトゥスは、骸骨っぽいロボットを引き連れて、艦内に入る。
すると、気密ドアの前で、男が3人、待っていた。
フライトスーツには、オストロミル社のロゴマークが付いている。
ルクトゥスを認めると、一人が近づいた。一人は腕を組んで見ている。もう一人は、落ち着かない様子で、身体を揺らしていた。
「ルクトゥスさん、話が違う。帝国艦隊と戦うなんて」
「超過勤務手当を支払うよ」
「そういうことじゃない。駄目だ。受け入れられない」
「駄目?」
ルクトゥスは、理解できない、という様子で、首をかしげた。
「では、ボーナスをあげよう」
「金額の問題ではなくて――」
「わたしの部下に女がいる。
それをあげよう。好きにしていいぞ」
そう言い放って、ふわりと笑った。
男は、申し出の内容に驚いて、呆然とした。
それから、絞り出すように反論する。
「あんな、ロボットみたいな奴はいらん」
「身体は人間だよ?」
男の答えは無かった。
通路にやってきた兵士が、無言で3人を撃ったのだ。
男の身体が、前のめりに倒れた。それを兵士が引きずっていく。
指示する声はなかった。ルクトゥスは死体に視線すら向けなかった。
ブリッジに向かう。通路を行きかう兵士は緑の制服を着用し、ほとんどが男性だった。誰も話さない。ルクトゥスが通り過ぎても、会釈もなく、顔を向けることすらなかった。
ブリッジに到着すると、ルクトゥスは中央のシートに着席した。
シートベルトで身体を固定すると、ケーブルを取り上げ、胸に挿す。
両腕だけでなく、臍から上は全て機械化されていた。
ロボットは隣に立った。床まで届く腕で体を固定する。
**
マリウスの艦隊。
艦長から、対艦戦闘用意の号令がかかった。
被弾時の空気漏れを抑制するため、艦内の隔壁が降りる。隊員が配置につく。
駅の管制領域内、端に近い宙域で、両艦隊は向かい合った。
マリウスは砲艦タキトゥスに、60光秒の距離を維持するよう命令した。
エスリリスとキスリングは減速。
二つの艦隊は、相対速度0.1光速(光の速度の10分の1)で、互いに接近する。
続いて、マリウスは前哨を射出させた。偵察用の装置である。
パッシブ/アクティブの各種センサーで戦場の様子をモニタリングする。
最大の特徴は、超光速通信ができることだ。前哨自体はワープできないが、電波をジャンプさせられるのだ。
そのまま、両者の距離がじりじりと縮まっていく。
距離4光秒で、敵艦隊が主砲を斉射した。
前哨から通報が届く。レーザー光が着弾するまで、残すところあと3秒。
だが、このわずかな時間が、勝敗を左右するファクターだった。
**
艦MIは戦闘モードに移行し、操艦を委任されていた。
人間のためにワープ警報を鳴らすが、反応できた人間はいない。
前哨の通報から40万マイクロ秒(0.4秒)後、両艦はほぼ同時にマイクロジャンプを実行した。
キスリングは、方陣に並ぶ敵艦の間にワープアウト。
上下左右の敵艦との距離は数十キロメートルしかない。
ワープアウト後、即座に、大型のミサイルを発射。
亜光速飛行と長距離レーザー兵器の出現は、核弾頭ミサイルなどの物理弾を、一度は旧式化させていた。
艦隊は陣形を組み、密集した光線を、敵の予想進路上に叩きこむ。
だが、MIによる高速操艦が、艦隊戦の戦術を一変させていた。
物理弾は、発射にほとんどエネルギーを消費しない。
そこに高速操艦が加わることで、連続のマイクロジャンプが可能になったのだ。
キスリングは核弾頭ミサイルを4隻に放つと、着弾を待たずに超空間に再突入し、核の嵐から逃れる。
4隻は閃光に包まれた。
一方、エスリリスは、方陣のすぐ外側にワープアウトした。
キスリングのように「打ち逃げ」は出来ない。物理弾を持たないからだ。
本来の艦種は強襲降下艦。機動歩兵を地上に運ぶのが仕事である。
武器はレーザーの主砲のみ。支援のための砲撃も、大気圏内で行うことが多い。だから長射程な砲は持っていない。
主砲で、敵の1隻を切り裂くが、そちらにエネルギーを回したので、次のジャンプまで時間がかかってしまう。
「マリウスの旗艦か?
馬鹿な。戦いの衝動に抗しきれなかったのか」
ルクトゥスが1人呟く。応える者はいない。
残り5隻の敵艦が、エスリリスの周りに集まった。
砲火がエスリリスに集中する。
大気のある惑星に降下し、いざとなったら接地して兵員を下ろすために、強襲降下艦はとても頑丈に出来ている。剛性艦体である。その装甲は集中砲火に耐えた。
その時、艦隊が閃光に包まれた。
タキトゥスからの遠距離砲撃が、敵艦隊を直撃したのだ。
エスリリスは、ギリギリでチャージを終え、マイクロジャンプを敢行して、難を逃れる。
**
タキトゥスは60光秒離れた位置にいる。
これで高速飛翔体を打ち抜くのは、至難の業。
だが、エスリリスを囮にすることで、敵の動きを集約させたのだ。
敵の2隻が破壊された。航行不能になり、漂っていく。
タキトゥスの艦体は、ほとんど砲身で出来ている。というより、巨大な大砲の表面に、人間の居住区やエンジンがへばりついているような構造だ。
当然、砲塔の旋回のような仕組みはなく、艦ごと向きを動かして照準する。
現在の配置で、タキトゥスからの砲撃間隔は4分。
2分で砲にチャージ。1分で艦体を動かし狙いを定める。
そして発射。この距離では1分かけて着弾する。
前哨のデータをもとに、タキトゥスMIが、敵の予測進路と確率を表示した。
遠距離砲撃に対して、三方に分散して回避すると予測。
だが、艦長のネスタは、その予測を採用しなかった。
敵艦は、自身を犠牲にして、ルクトゥスがジャンプする時間を稼ぐと読んだ。
第一撃から4分後、タキトゥスの第二撃が到達。
光線は真っすぐルクトゥスの乗艦へ伸びる。残る敵艦2隻が、光線をさえぎるように、射線上に移動していた。
1艦、次いで2艦目が撃破される前に、その影に隠れたルクトゥスの乗艦がジャンプ。
管制領域の外縁にワープアウトした。
領域の外を目指して航行する。
「このまま追っ手をまいてジャンプすれば・・・」
**
しかしそこには、キスリングが待ち構えていた。
警棒くらいの小さなミサイルを発射。
オストロミル艦の艦体に穴が開く。空気漏れで回転が始まる。
「はいそこの船、停まりなさい。停まらないと撃ちます」
「撃ってから言うな!」
「あ、いつもの癖でついうっかり。
停まらないともっと撃ちます!」
オストロミル艦の加速が止まった。艦体に亀裂が入ったため、加速で折れる懸念が生じたのだ。
「では行って参ります!」
堂島が、格納庫で敬礼した。周囲の隊員が珍しそうに見ている。
海賊群の鎧部隊が突入した。激しい抵抗があったが、歩兵銃と擲弾筒を容赦なく使う鎧部隊に制圧された。
ルクトゥスはブリッジにいた。
ブリッジの兵士とロボットが、無言で鎧部隊の前に立ち塞がる。
「抵抗を止めて大人しくしろ。抵抗しないものは殺さない」
すると乗組員が無言で左右に分かれた。
ルクトゥスが問いかける。
「わたしをどうするのか?」
堂島は答えた。
「拘束して、エスリリスに送ります」
「エスリリスか・・・確か、艦長はステファンだったな?」
「そうです」
ルクトゥスはかぶりを振った。
「ふうむ。ここがわたしの旅路の果て、と思ったが。
違うようだ。まだまだ続くのだな」
そして堂島を見ながら、ゆっくりと立ち上がった。
「兵士たちもこれ以上、抵抗はしない。
大人しく、ついていくことにしよう」
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