第4-5話:劣化

 廊下の向こうから、手榴弾が炸裂する爆音が響いた。

 そのまま3分ほど、耳を澄ました。

 物音がしないことに満足すると、立ち上がる。


 こうして、布の女がナハトの部屋に入ると、

 部屋の中央に、マリウスが立っていた。

 両者、無言で対峙する。



「私の名はマリウス。お前も名乗れ」

 静寂を破ってマリウスが誰何すいかすると、布の女は、かぶりを振った。


「私が現役の頃は、個体名など、与えられなかった」

 そう言って、布を下ろした。


 顔の皮膚は爛れ、所々出血していた。頬の一部は欠損している。

 それでも、その残骸の中に、マリウスは自分と同じ顔を見た。

「今は、ミランダと呼ばれている」



 マリウスの腕輪が震えた。

 腕を上げ、ミランダから視線を外さぬようにしながら、空中ディスプレイを表示させる。

 ギリクとセネカの名前の横に、赤い印が点滅していた。

 KIA――「作戦中喪失」を示す、赤い印だった。

 マリウスは静かに、ため息を吐いた。



 双方、無表情。

「部下の命の代償を、払ってもらうぞ」

「勝てるつもりか?」

「少しは楽しめそうだな」

 そう言って、マリウスは、歩兵銃をデスクの上に置いた。


 1対1の格闘戦は、これまで数多く経験していた。

 無双の膂力と不屈の闘志のジル。豹のようなしなやかさと冷静さのスチール。

 機動歩兵ではないが、意外な攻め方を見せるステファンも好敵手だった。

 (マルガリータは、14年間の育成時代、最後までマリウスから逃げ切った)


 だが、拳を合わせる度に、密かに思っていた。

 ”基本的なスペックが、違い過ぎる”と。

 いま初めて、自分と互角のスピードと精度を持った相手と、戦うことが出来る。


 マリウスは、激しく高揚していた。身体の奥底に溶岩があって、それが無限の力を与えてくれる。そのマグマが今にも流れ出すような、そんな感覚に包まれていた。



「ハハハハハハ」

 突如、笑い声が部屋に響き渡った。

 ミランダが、笑い声を「口から出した」のだ。

 人形が笑い出したかのような、不気味な光景だった。


 それを見たマリウスは、少し感心していた。

「こういう方法もあるのか」と。

 マリウスにとって、笑顔を作るのは、一苦労である。

 眉を上げ、目を開き、頬を緩め、口を少し開き・・・そうした動きを全て、意識して「制御」しなければならない。

 声を出すだけなら、簡単である。

 今度やってみよう、タカフミの意見を聞こう、と思った。



「ハハ、ハハハハ」

 ひとしきり哄笑こうしょうしてから、ミランダは真顔に戻った。笑い声を止めたのだ。

「同格と思っているのか?」

 そして、嘲るように、胸を反らした。


「ん?」

 マリウスは、強い違和感を感じて、ミランダを見つめた。


「な!?」

 思わず、声が出てしまった。

「お、お前」

 ミランダの身体を指差す。

 心なしか、手が震えていた。



「おっぱいがあるじゃないか!!」



「くだらん」

 ミランダは鼻を鳴らした。


「マリウス、お前は、劣化アップデート版なのだ。

 己の血の海に沈むがいい!」

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