第4-4話:私の命よりも、大切なこと

 ギリクは、デスクの上の装置が赤く点滅するのに気づいた。異変を感じて、カーテンの陰から窓の外を見渡す。そして人影を認めた。


 タカフミは、ドローンから通報を受けた。建物に駆け寄る人影がある。

 その画像を見て息を呑んだ。それは、かつてナハトとの接触を阻止し、タカフミに重傷を負わせた人物――「布の女」だった。



「セネカ、廊下にトラップを仕掛けろ。

 タカフミはドローンで警戒。いざとなれば、体当たりで牽制しろ」


 セネカは廊下に出た。

 マリウスとギリクで、ナハトを担架の上に横たえる。

 タカフミはドローンの一機を呼び寄せると、セネカを追尾するよう指示した。



 セネカが廊下を曲がると、そこにはエレベータがあった。

 ハチドリ型ドローンが飛んできたので、周囲の警戒はドローンに任せ、床に屈む。


 ナハトの部屋との間に、麻酔銃のトラップを設置することにした。

 足を引っかけるようにワイヤーを張る。


 作業していると、目の前を何かが掠めた。

「ん?」

 何か落ちた? きょろきょろと視線を床に這わせる。


 すると突然、首にワイヤーが食い込んだ。

 声が出ない。

 必死で爪を立てるが、緩めるどころか、ずらすことすら出来ない。


 首を絞められたまま、乱暴に床に倒された。黒いナイフの刺さったハチドリが、床に転がっているのが見えた。



「ドローンが通信途絶した! セネカが危ない!」

 タカフミは、自分の口で叫んだ。

「ギリク!」

 ギリクは既にドアを開けていた。マリウスを見て頷き、部屋を飛び出す。



 ギリクが廊下を曲がると、ワイヤーでぐるぐる巻きに縛られたセネカが、壁にもたれて座っていた。顔に殴られた跡。破壊された歩兵銃が床に転がっている。


 死んではいない。死亡すれば腕輪が知らせてくれる。

 ギリクは急いで駆け寄った。

 セネカの口はテープで塞がれていた。どんぐりを詰め込んだリスのように頬が膨らんでいる。

 テープを剥がして、ぎょっとした。セネカの口の中に、土と石が詰め込まれていた。


 セネカが意識を取り戻し、腫れあがった瞼をうっすら開けた。

 ギリクに気づくと、首を振った。うめき声がもれたが、言葉にならない。

 ギリクはセネカの体を起こそうとした。セネカは再び、イヤイヤするように首を振る。かまわず体を持ち上げた。



 カチャッという微かな音がした。

 セネカと壁の間から、手榴弾が床に転がった。

 ピンは抜かれている。

「くそぉ!」

 ギリクは、セネカに覆いかぶさるように身を投げた。


          **


「タカフミ、君はナハトを運んでくれ。

 私はあいつを倒す」


 マリウスは、ベランダを指し示した。

 ためらうタカフミを諭す。

「タカフミが想像する以上に、事態は深刻なんだ」



「気づかれずにストルミクに渡航するのも、

 戸籍を操作して死亡を偽装することも、

 ナハトには到底、無理な話だ」


 マリウスは、額を寄せて、タカフミの目を覗き込む。


「実行するには、行政を司るMIの、データを操作しなければならない。

 軍団長、あるいは、司星官クラスが加担しているということだ」

「それは、つまり?」

「大規模な反乱――そして、内戦の恐れがある」


「反乱ですか!?」

「帝国軍同士が戦う内戦となれば、

 死者の数は兆で数えることになるだろう。


 いま最優先は、ナハトを確保し、黒幕を探ること。

『皇軍相撃』は、何としても阻止する。

 私の命よりも、大切なことがあるんだ、タカフミ」



 タカフミは、呆然とマリウスを見つめた。

 事態の深刻さは、想像を超えていた。


 予期される惨状を思えば、チームの任務達成を最優先すべきだろう。

 だが、救援も期待できないこの場所に、マリウスを残したくない。

 このまま、その細い身体を抱きしめて、運び去りたかった。


 タカフミは、叫び出したいような自分の気持ちを、無理やり抑えた。

 戦争の惨禍を、避けなければならない。

 自分の気持ちよりも、大義を優先する。

 武道家として、あるいは自衛官として、そうすることが正しいと信じて、生きてきたから。

 歯を食いしばり、白くなるほど拳を握り締めて、ぐっとこらえた。

 そして。


「どうか、死なないでください!」

 そう言い残し、ナハトの載った担架を押す。

 重力制御を用いて、ベランダから外へと飛び出して行った。

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