第4-3話:流出者ナハト
ギリクの身体がふわっと体が浮いた。
重力制御を使ったのだ。
数分後、インカムから報告が届いた。
「ギリクです。眠らせました」
「よくやった」
とマリウス。
それから、タカフミに顔を寄せた。
「ドローン1台を奴に付けろ。定時の通信に対応してくれ」
「了解」
潜入していたドローンの記録によれば、定時通信は「異常ないか?」「異常なし」という短いやり取りになるはずだ。
4人は、見張りによる警戒線を突破して、さらに前進する。
背後で、定期通信のコールが入った。タカフミは作業場で応答する。
「異常ないか?」
「異常なし」
ところが。通話は終わらなかった。雑談が続いたのだ。
「例の美人がまた現れたらしいぞ」
「美人?」
「パナウルの役員をブチのめしたって奴だ」
「男なんだろ」
「溜まってるお前ならどっちでもいいだろ」
うーん。この見張りなら、なんて答えるだろうか。
「この銃身をぶち込んでやるさ」
下卑な笑い。タカフミも合わせて笑った。
傍らのマリウスを見る。この会話を、聞かれなくて良かった。
**
造船所の敷地内を進行すると、「見える」強化ヤモリの数が増えた。
ヤモリで人がいないことを確認してから、ハチドリ型ドローンを展開させた。
ホバリング飛行では羽音で気づかれるので、目立たない場所に着地させる。
そのままルート周辺を警戒。
ヤモリたちは、3日前に放たれていた。エサを食べながら集めた情報を、タカフミは作業場に集約させる。
画面検索すると、ナハトらしき画像がいくつか写っていた。
衛星写真で、予めあたりをつけていた建物にいるようだ。
強化ヤモリとドローンを交互に動かして、建物を囲む。
ドローンが接近すると、建物内部のヤモリと通信がつながった。
女性の姿が見えた。短い茶髪。白い肌。そばかす。ナハトだ。
「発見しました。予想した建物にいます」
「様子は」
「周囲に人がいます。5、6・・・10名。
兵士のようです。男性。2名は女性」
「本当に男なのか?」
「男です。間違いありません」
タカフミは、画像を切り出して、空中ディスプレイでマリウスに見せた。
「訓練中か」
「そう見えますが、少し妙です」
行進や体操。それからキャッチボールが始まった。
2列に向かい合った兵士から1人ずつが進み出て、ボールを受け、投げる。
順番はランダムだった。だが、何の指示も掛け声もない。黙々と動いている。
「誰も指示していない。ナハトも無言です」
「妙だな。見えないサインがあるのか」
いずれにせよ、多数に囲まれた状態で「救出」するわけにはいかない。
「1人になるのを待つ」
チームは、倉庫の一角を借用することにした。
ドアにはダイヤル錠がかかっている。
セネカがレーザーカッターを取り出した。
星の人は、止血スプレー、ワイヤーとセットで、レーザーカッターを装備している。
レーザーカッターは、「短いライトセイバー」である。
光の刃は、10センチほど。金属も難なく切れる。
タカフミは、セネカが無造作に切るかと思ったが、違った。
まず、カッターの柄に付いたダイヤルを操作した。
そして、錠そのものではなく、錠がかかっている金属板にカッターを当てると、柄を握り締めた。
わずか1センチほどの、短い光の刃が一瞬現れて、消えた。
焦げる様な匂いが立ち込め、錠が落ちる。
「電池が切れると、何の役にも立たないので。節電が大事です」
ドアを開けながら、セネカが説明してくれた。
ドローンを歩哨に立て、しばし、休息する。
「ヤモリも休ませておけ」
「了解です。
我々も、今のうちに食べましょうか」
するとマリウスが、背嚢をがさごそと探った。
「差し入れがある」
マリウスが選んだ差し入れ!?
ギリクとセネカが、露骨に心配そうな顔をした。
「マルガリータからだ」
一口羊羹だった。前回に引き続いて和菓子である。
ギリクとセネカは喜んで食べた。
タカフミは、空自の救命糧食を思い出した。
マリウスはゆっくり咀嚼。味わうというより、成分を分析している。
そして「水が欲しくなるな」と一言、呟いた。
陽が沈み、訓練していた兵士たちは建物を出た。
ナハト以外に、ここで寝泊まりする者はいないようだ。
ナハトが自室に戻った。自室は4階。ドアが閉じる前に、強化ヤモリを滑り込ませた。ナハト以外の人影がないことを確認する。
「1人になりました」
「よし。行くぞ」
建物に取りつくと、重力制御で浮上。音を立てずに、中庭に面したベランダに降り立った。
カッターで窓を小さく切って、鍵を開ける。侵入。
ナハトは椅子に座っていた。
眠ってはいない。前を見ている。
だが、視線の前には、端末も画像もなかった。
音楽を聴いているわけでもない。
心がどこかに彷徨っている。そんな様子だった。
「声を立てるな」
ギリクが銃を突きつけた。息を呑む音が聞こえた。
ナハトがゆっくりと、ゆっくりと、振り向いた。
恐怖に歪む顔。
だがその恐怖は、マリウスを見て、驚愕に変わった。
「クローンなのか!?」
驚愕は、たちまち喜悦の表情に変貌した。
「こんなにきれいな・・・損傷していないクローンは、初めてだっ」
**
「クローンって何だ?」
ギリクがセネカに尋ねた。
星の人は、クローンを知らない。現在の星の人は。
クローンは忘れられた存在になっている。
ナハトは、マリウスの瞳を指し示して、言った。
「右目を申請しただろう?
送ったのは、ボクだ。
兵器局の倉庫から、取って来たんだ。
目は腐敗しやすくてね、ほとんど再利用できないんだ。
ところが! 色素異常の個体があってね。その目が残っていた。
それを切り出してね、君に送ったんだよ」
ナハトは、異様な熱意を込めて、言葉を紡いだ。
「倉庫に、たくさん並んでいるんだよ。
君の体、クローンの遺体が。
ボクはあの光景が、大好きだった。
眺めているうちに、思ったんだ。
この子たちを、自在に動かしてみたいって。
それで、脳を研究するために、アジワブに行ったんだ」
「お前の研究に興味はない」
マリウスは淡々と言った。
心中に去来する想いがなんであれ、それを表現する術を持たない。
「一緒に来てもらう。これは救出だ。お前を殺しはしない」
再び、ナハトの表情が、恐怖に戻った。
「そ、それは困る。
逆らったら、殺される」
「誰に?」
ナハトが、デスクの上の装置に手を伸ばす。
すかさず、ギリクが麻酔銃を撃った。パスンという音がして、麻酔弾が当たる。
前のめりに倒れるナハトを、マリウスが支えた。
「セネカ、担架を用意しろ!」
セネカが背嚢から担架を取り出した。
人など載せられそうにない、
だが、重力を遮断して浮くので、これで強度は十分。一人でも運べるのだ。
ナハトの身体を引きずって、担架の方に持って行く。
その時。
「「誰か来る!」」
タカフミとギリクが同時に叫んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます