第4-2話:救出作戦
チーム「ガニュメデス」がストルミクに到着した。
地球のカレンダーは8月になっていた。前回は1月だったので、タカフミにとっては7か月ぶりの再訪である。
マリウスとタカフミは、前回同様ビジネススーツ姿だった。マリウスの性別も男のまま。入管職員に怪しまれないためである。
ギリクとセネカは、ビジネスカジュアル。色違いのジャケットとスラックスを着用していた。
空調の効いた船内から、地上に降りると、さすがに暑かった。上着を脱ぐ。
「前回は、自分をどのように、運び出したんですか?」
タカフミがマリウスに尋ねた。
「アジワブの社長が隠密に処理した。
そうするように、ジョセフィーヌが『説得』したんだ」
「え? ジョセフィーヌが?」
マリウスは頷くだけで、それ以上は答えなかった。
入国すると、先発していたツェレルが待っていた。
傍らの政府職員についていくように言われる。
ギリクとセネカは、別の職員が案内した。二手に分かれて移動。
これからストルミクの警察部隊と会合するのだが、案内されたのは、警察署や行政機関の建物ではなかった。
商業ビルのフロアの一角、貸会議室のような場所である。
「ストルミクは大企業の力が強く、相対的に中央政府の権力は弱い。
警察署では情報が漏れる恐れがあるんだ。
まあ、だからこそ、研究所の一件は、情報漏洩を抑え込めたんだけどね」
会合の相手は、警察の特殊部隊。
冷静で、プロ意識の高いエリートたちである。
ただ、全員が男性だったこともあり、相手が星の人と聞くと、
「
どんなのが来るんだろうな?」
どうしても、そうした点が気になる。
「来たぞ」
端末で連絡を受けた一人が声を上げた。
ほどなく、ガニュメデスのメンバーが入室。
待ち構えた全員が「えぇ?」という顔をした。
マリウスの長髪と美貌に目を見張るが、「え、男の方ですか?」
タカフミは、自分たちと同類に見えた。スルーされる。
金髪でノーブルな顔立ちのギリクは、一見すると王子様風である。だが、部屋に入るなり、露骨に嫌悪するような表情をした。腕を組んで「暑苦しいやつらだな」と呟いた。一気に性悪王子に格下げ認定された。
セネカは「子どもがこんなところに来るんじゃない」と言いたくなるような、小柄で童顔だった。でも胸のふくらみが微かにあった。4人の中では1番「女子かも?」の可能性が高かった。
「男ばかりじゃないか」
「もしかして、メディアで最近はやりのパターンなのか?」
**
幸いにもストルミク人は、星の人と戦争したことはない。
だが、ほとんどの星系は、過去に帝国との間で、激しい戦いを経験している。
「無慈悲な侵略者」――これが、銀河系では一般的な、星の人のイメージだった。
大戦終結から長い年月が経過したが、イメージは変わらなかった。
星系の終戦記念日になると、艦砲射撃で燃え上がる大陸や、機動歩兵の降下、都市での殲滅戦などが、決まって放映される。
メディアに登場する帝国軍と言えば、「無表情に迫りくる、ロボットのような軍団」だった。
食事や会話など、人間的な姿が描かれることもない。
”このままでは、平和を維持するのは難しい”
危機感を覚えた情報軍は、必死になって、染み付いたイメージを変えようと画策した。
星の人を好意的に扱ってくれる作品を、あの手この手で応援したのである。
その結果、星の人を自由な視点で描く作品が、登場するようになった。
近年の流行は、「実は帝国にも男がいる」というストーリーである。
当初は、帝国中枢や部隊指揮官は男で、前線の女性たちは支配されている、という構図が多かった。
それが次第に、「実は男女が普通に混じって生活してます」とか、「男が無理やり連れ込まれて、酷い目に(いい目に)あう」といった、お気楽な作品が現れるようになった。
実態とは異なるが、訂正を行うと、また怖がられてしまいそうだ。
なので、情報軍は完全に放置を決め込んでいる。
警察の隊員たちも、こうした流行を受けて、「実は男なのか?」と考えたのだった。
**
「一同起立!」
指揮官の声で、室内の全員が起立。雑談していた隊員も気持ちを切り替えた。
敬礼はなし。その辺りのプロトコルは情報軍が伝達済である。
「着席してくれ。
私がこのチームの指揮官のマリウスだ」
お互いの名前とポジションを伝えると、両者は作戦の詳細を話し合った。
「造船所周辺は、我々が監視します」
警察部隊の指揮官が言った。
「出入りする者は、チェックした上で通過させます。
ただし、被害者(ナハト)の場合は確保します。
もし武器を持つ者がいれば、拘束し、入場を阻止します」
マリウスは首肯した。
「造船所への移動はどうします?」
「持ち込んだエアカーを使う」
マリウスはセネカを見た。セネカが親指を上げて応えた。
「突入後の動き方について、ですが。
被害者を救出されたら、引き渡してください。我々が宇宙港まで運びます。
ただし、我々は造船所には入れません。
造船所内での活動は、チームの皆さんだけでお願いします。
心苦しいですが、救助に入ることも出来ません」
「了解している。陽動は可能か?」
「要請があれば動きます。あくまで造船所の外での活動になりますが」
「それだけでもありがたい」
「作戦の開始と終了は、いつにしますか」
「この後、現地を下見する。
兵は拙速を貴ぶ。作戦決行は明日だ。
開始後48時間経過で、作戦は終了する。
それまでに脱出しないメンバーは、死亡扱いとする」
マリウスが、室内の全員を見渡して、宣言した。
**
民間車両をレンタルして、下見に出発した。
警察部隊も、もう1台で同行している。
4人とも、ストルミク人のフライトスーツ風の衣服に着替えていた。
ツェレルが服を用意していた。会合が終わると、「では早速」と言って、マリウスたちは警察部隊の前で着替えようとしたのである。
タカフミが慌てて制止し、別室を用意してもらった。
「今回は気にしなくていいんだよ?」
ツェレルは怪訝そうな顔で言った。
タカフミが、マリウスの性別バレを恐れたのだと考えたのだ。
警察部隊は、マリウスたちが星の人であることを、既に知っている。
なので、もう隠す必要はない。
なぜ部屋を変えるのか、理解できない、という顔だった。
外の世界を、比較的よく知っている情報軍でも、この程度なのか・・・タカフミはため息を吐いた。
ちなみに、タカフミも一緒に別室に案内されると、ごく自然な感じで、一緒に着替えた。
見慣れない(違う艦に乗っていたので)セネカの下着姿を見て、ようやく自分が置かれた異常事態に気づき、内心激しく動揺した。
将来、地球に帰った時、自分はまともに生活できるだろうか?
無自覚で犯罪者になってしまうのではないか。タカフミは心配になった。
**
オストロミルの造船所は、山の中にあった。
同社の事業は宇宙船の建造であり、生産ラインが宇宙空間に移行して久しい。
名前は「造船所」だが、ここでは研究開発が行われている。
造船所の近くに滝があった。高さは約80メートル。
景勝地ということで、簡単な展望台や駐車場があるが、あまり有名ではなく、他に人影はなかった。
滝を見に来た観光客を装う。
タカフミは、脳内の作業場を起動した。
すると3個のハチドリ型ドローンから反応があった。ツェレルが先行して、造船所の敷地にドローンを放っていたのだ。
待機状態を維持したまま、ドローンが観測した情報を集める。
ツェレルが入手しておいた地図に、観測結果を重ね合わせていく。
タカフミは侵入ルート案を作成すると、空中ディスプレイでマリウスに示した。
「鎧は置いていく。
途中でエネルギー切れの恐れがあるからだ」
マリウスは鎧なしでの作戦遂行を決めた。
機動歩兵の標準的な作戦行動では、「おやつの時間」に、鎧や歩兵銃の充電を行う。今回はそうした補充が受けられない。
「MIの支援はない。セネカにエアカーを操縦してもらう。
セネカ、周囲の地形をよく見ておけ」
「人間が運転する車に乗るなんて、信じられねぇよ」
ギリクがぼやいた。
**
翌日の夕刻。チームガニュメデスは、再び「滝」に来ていた。
滝は、周囲の道路とは接続されていない。
この方向から侵入するなら、ヘリコプターなどを使うことになる。
ストルミクには、完全重力制御の航空機は存在しない。
警備側は、ヘリが爆音を響かせて接近することを想定している。
星の人のエアカーのように、無音で飛べる機械は無いのだ。
その虚を衝き、滝からエアカーで侵入する。
警察部隊が連絡してきた。今、周囲の道路に人気はない。
連絡を受けて、マリウスは移動開始を命じた。
セネカの手動操縦で、エアカーが川面を滑るように飛翔する。
滝に沿って上昇すると、造船所の敷地の端に着陸した。
4人はエアカーを降りた。セネカが直ちにエアカーを隠ぺいする。
全員、灰色のシャツとタクティカルパンツという格好である。セネカも緑ではなく、同じ色だ。
装備は歩兵銃と
タカフミは作業場を起動。
そこには、30を超えるデバイスが、並んでいた。
10個は、ハチドリ型ドローンである。距離が近づいて、接続可能な数が増えた。
残る大部分は、「強化ヤモリ」だった。
強化ヤモリは、一部が機械化されたヤモリである。いわばヤモリのサイボーグだ。外観では見分けがつかない。
カメラは低解像度。通信距離も短いので中継が必要。移動も遅い。
しかし、どんな建物でも、気づかれずに侵入が可能である。
さらに、充電を必要としない。普通の捕食で活動を維持できるのだ。
電気刺激により行動をコントロールできるが、「集中」が続くのは1時間が限度。
適度に休憩を与え、捕食させないと、使えなくなる。
ヤモリやハチドリで警戒しながら、前進。
敷地は金属のフェンスに囲まれていた。
フェンスに取り付けられたセンサーを、強化ヤモリを経由して一時的に遮断。
タカフミの誘導で、チームはフェンスを越え、侵入を開始した。
「止まれ。人間の見張りだ」
タカフミは、声を出さずに伝えた。今では、身体の口を閉じたまま、作業場から言葉を伝えられる。メンバーはインカムでタカフミの声を聞くことが出来る。
「ギリク、その木の上だ。分かるか?」
ギリクが頷く。
タカフミは、ギリクの傍の木にへばりついた強化ヤモリを経由して、その頷きを目視した。
「マリウスへ。ギリクが対象を視認しました」
マリウスは頷き、タカフミを見て、首を斬る仕草。
「ギリク、倒せ。音を立てるなよ」
命令を伝えると、ギリクは足音を殺して、木に忍び寄っていく。
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