第四章:救出作戦

第4-1話:臨検

 ストルミク連邦の客船SG442は、第3ゲートを抜けた。

 ワープアウトした先は、ストルミク人にとって、4つ目の恒星系である。


 1世紀前。先遣隊が、新天地を求めて、第3ゲートを越えた。

 そしてそこに、巨大な「駅」を発見した。

 これが「星の人」とのファーストコンタクトだった。


 星系内は既に、星の人によって開拓済だった。

 ハビタブルゾーンの惑星は「農業惑星」となり、陸地は全て農業と畜産業に使われていた。海洋での採捕・養殖も行われている。

 小惑星帯やガス惑星には、大規模な採掘インフラが建造されていた。

 ストルミク人は、この星系への進出を断念した。


「それは残念でしたね。じゃあ、代わりに・・・」

 星の人は、銀河ハイウェイの通航権をストルミク連邦に付与した。貨物と人と情報(通信データ)を、タダで運んであげる、という破格の待遇である。

 さらに、駅名を「ストルミク駅」に改めた。

 こうしてストルミク人は、「星々と貿易する」機会を獲得したのである。


※注:駅の建設予定地に「たまたま」住んでいただけで、しかも惑星政府のない地球人には、通航権は与えられていない。そもそも外交の対象と見なされていない。



 ゲートを抜けた客船SG442は、進路を変え、駅を目指して航行。

 すると、通信を受けた。

「SG442、ただちに停船しなさい」


 通信士はぎょっとなった。

 駅には進路を知らせるデータを送ったが、電波が到達するまで片道40分以上かかる。定期航路なので、返信も簡潔な受諾信号のみ、というのが常である。

 まさか、口語での通話が届くとは、思っていなかった。


「貴船名と理由を教えてください」

「こちらはキスリング。えーと、海賊です」


 通信士は船長を振り返った。通話自体はインカムで共有されている。

「聞きました!? 海賊です!」

「駅の管制領域内で海賊?」

 首を傾げながらも船長は停船を命じた。SG442は非武装である。


 同じ頃。駆逐艦キスリングのブリッジにて。

「堂島、海賊ではない。海賊だ。訂正したまえ」

「ああっ! 失礼しました!」

 堂島、敬礼して謝る。星の人に敬礼の習慣は無いので、ブリッジの面々は不思議そうな顔をして、その仕草を見ていた。


 停船したSG442に、キスリングが接近する。全長は300メートル。100メートルに満たないSG442と比べて、かなり大きい。

 大まかに言えば「中央が少し膨らんだ葉巻」のような形をしている。だが、大きな砲塔や格納庫、クレーンなどがあちこちに突き出しているため、ごちゃごちゃした外観をしている。


 キスリングの艦首側面には、正方形の白いパネルが付いていた。

 パネルには、黒い線で単純な絵が描かれている。

 中央よりやや上に丸があり、その下に細長い楕円が横たわっている。

 船乗りの間で「星と宇宙船」と呼ばれる図式――帝国クライスゼーレの紋章だった。


 また通話が入った。

「あー、もしもし、訂正します。

 こちら『海賊群』です。今から臨検を行います」


「帝国の『海賊群』です!」

 SG442船内はパニックになった。


          **


 海賊群。正式名称は「対海賊戦術群」。任務は海賊の取り締まり。星の人帝国の、歴とした正規部隊である。


 銀河ハイウェイには、星の人の輸送コンテナが、日々大量に流れている。

 農業惑星で生産された食糧(穀物や野菜だけでなく、肉や魚も)。

 採掘された鉱物資源(貴金属を含む)。

 エネルギー(充電済の超電導バッテリー)。

 こういった資源が、コンテナに詰め込まれる。

 そして、駅から駅へリレー方式で、帝国中枢へと輸送されていく。


 この輸送コンテナを略奪する犯罪が、後を絶たないのだ。

 犯罪者たちは「海賊」と呼ばれる。

 海賊は、コンテナだけでなく、客船を襲うこともあった。


 星の人も、傍観していたわけではない。

 略奪が起こると艦隊を派遣するのだが、何しろ銀河系は広い。取り逃がしてしまうことが、多々あった。


 海賊船を撃破するだけでなく、海賊の本拠地を突き止めなければ、らちが明かない――追いかけっこを散々繰り返した末に、星の人はようやく気づいた。


 帝国軍は、3つの主要なグループで構成されている。地上戦や歩兵戦を担う「機動歩兵」、艦船を操縦する「艦隊派」、そして情報収集と外交を担う「情報軍」である。

 海賊の捜査を行うために、この3つを一つに集めた、統合戦術群を編成した。

 これが、「海賊群」である。


 海賊を取り締まる部隊なのであるから、言わば正義の味方である。

 お助けヒーロー、地獄に仏、と歓迎される、はずなのだが。

「臨検」と称する捜査活動があまりに強引なので、銀河系中の船乗りから、海賊以上に恐れられていた。


          **


 SG442の船長は、意外に思った。乗員名簿の提出を求められたからだ。

 いきなり、鎧(パワードスーツ)姿の兵士が雪崩れ込んでくる、と身構えていたので、ちょっと拍子抜けしたが、すぐにデータを送る。


 折り返し、キスリングから、

「イムダット・アジワブ氏を寄越して欲しい。会話したい。

 ポッドを送る。生きて帰すことを約束する」

 という要請が届いた。


「ええっ! 私一人で、あの船に!?」

 客室からブリッジに呼び出されたイムダットは、叫んだ。

 アジワブ社の大株主で、現在の経営者(社長)。エレアノの父親である。

 銀河ハイウェイを乗り継いで出張する途上だった。


「そういう要請なんです」

「しかし。帝国は我々の主人でも、宗主国でもない。命令に従う義務はないはずですぞ!」

 イムダットは気色ばんだ。


「もし、断ったらどうなる?」

 船長は、迎えに来た兵士に尋ねた。緑色の鎧を着ている。

「そうですねー。通常の臨検を行うことになります」

「どんな風に?」

「えーと」

 兵士は、その場で考えている風だった。


「全員を1カ所に集めて、裸にして、穴を全て調べます」

「そ、そんなこと、されてたまるか!」

 心配して付いてきた、他の乗客が声を上げた。

「イムダットさん、あんた、ちょっと話を聞いてきたらどうだ!」

「やましいことなんて、ないんでしょう?」

「帝国は約束を守るって聞いたぞ」


 星の人が約束を守るのは事実である。これまでの長い歴史の間、約束は律義に守ってきた。

 ただ、約束されていないことで、何をしでかすか分からないのが怖い。


 乗客に押し出される形で、イムダットはポッドに乗り込んだ。


          **


 恐る恐るキスリングに乗り込むと、そこは重力のある世界だった。

 イムダットが案内された部屋で、海賊群の指揮官が待っていた。


 透き通るような白い肌。きりっとした目鼻立ち。深海のように青い目。

「あれ、この人は!?」


 イムダットは、この顔に見覚えがあった。メディアで見たことがある。

 銀河系中で大騒ぎになった作品だ。帝国市民ほしのひとの出演も話題になった。

 あの女優では?


「イムダットどの。ご足労感謝する」

 女性は立ち上がると、艶然と微笑んだ。

 すらりとした長身。細い銀髪が腰まで流れる。体のラインが浮き出るような、ボディースーツをまとっていた。


 右手を差し出した。白い肌に、血管が透けて見えて見える。

「この艦を指揮する、ジョセフィーヌです」

「ど、どうも」

 椅子をイムダットに勧めた。

「お茶でもいかがですか」

「では、いただきます」


 兵士が盆を持ってやって来た。カップではなく、丼のような器が載っている。

 置かれたものを見て、イムダットは目を剥いた。

 どろっとした緑色の液体に満たされていた。

 液体? 流体と言った方が適切かもしれない。

 不気味な泡が立っている。香りは悪くない。青臭さはない。


 ジョセフィーヌを見上げる。

「最近手に入れてね。

 驚く顔を見るのが、楽しいんだ」

 そう言って、自分の丼を回した後、持ち上げて一口飲んだ。

「苦味がある。この菓子も一緒に食べてくれ」

 もう一度、艶然と微笑んだ。

 イムダットは、手をつけなかった。


          **


「さてと。では時間も惜しいし、率直に言おう」

 代わりの紅茶を指示すると、ジョセフィーヌは真顔になって尋ねた。

「オストロミル社に、我々の技術を渡したか?」


 イムダットは、必死の思いで、無表情と無言を貫いた。

 それをジョセフィーヌが、青藍の瞳で凝視する。


「オストロミルの船を臨検したら、我々の超電導バッテリーを搭載していた。

 そして、『奇妙な乗組員』を乗せていた。

 彼らは、アジワブ製だった」

「人型ロボットであれば、当社の製品かもしれません。

 ですが、超電導バッテリーのことは、存じません」

「バッテリーには関与せず、か。

 人型ロボットに、我々の技術を使っているな?」


 この時のイムダットは、研究所での騒動をまだ知らなかった。

 だが、星の人が来たのは、確証を得てのことだろう。

 単純な否定では通るまい、と考えた。


「我々は、相手が誰なのか、帝国の方なのかどうかも、知らないのです。

 祖父の代に、接触を受けました」

「どこの恒星系から来たのか?」

「存じません」

「その人物の名前は」

「ルクトゥス、です」

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