第五章:戦闘人形

第5-1話:格闘戦は、初めてか?

 マリウスは前に一歩、踏み出した。

 ミランダが、デスクに置かれたままの歩兵銃をちらりと見る。


「逃げないのか?」

「お前とは、同じ天を戴くことは出来ないようだ」

「くだらん」

 再び、ミランダは鼻を鳴らした。

 2人の距離が縮む。



 先に仕掛けたのはミランダだった。ナイフを一本抜き取ると、投げた。

 流れるような、無造作にも見える動き。黒い残像がマリウスの胸に向けて走る。


 マリウスは、ナイフに体当たりするように、相手に向かって駆けた。

 飛来するナイフを左手で掴む。

 ミランダのナイフにはワイヤーが付いており、空中で突然向きを変える。

 放置すると、予想外の方向から攻撃される恐れがあった。


 そのナイフで切りつける。ミランダは紙一重で避けると、拳を突き出してきた。

 マリウスは身をよじり、拳を右手の掌で受け、左手のナイフを突き出す。


 すかさず、ミランダがその左手を強打した。ナイフが落ちる。


 今度はミランダが、ローキックを放った。マリウスは横にかわす。

 すると! 床に落ちたナイフが飛び上がった。魔法のようなワイヤーさばきであった。マリウス、体を反らして回避しながら、再びナイフを掴んだ。

 その瞬間、顔にミランダの拳が当たった。

 掌底を放つが、かわされる。


「その程度か?」

 ミランダが低く呟いた。



 いったん3メートルほどの距離を取り、対峙した。二匹の獣のように、睨み合いながら、お互いの背後に回り込もうとする。


 ミランダは、もう一本のナイフを抜いた。逆手持ちである。

 マリウスは順手に持って刃をミランダに向けた。親指をかけて、しっかり握るハンマー・グリップ。叩き落されないように警戒している。


 次の動きは、ほとんど同時だった。両者は一気に駆け寄ると、拳と蹴りの激しい応酬が始まった。常人の肉眼では見えないほどの速さ。拳が空を切る音が響く。


 突然、ミランダの身体が前に傾いだ。体勢を崩したところに、マリウスが躍りかかる。ミランダの頬が鳴った。追撃を避けて、素早く身を引く。


 ミランダは自分の腕を見た。ワイヤーが絡みついていた。

 マリウスが、拳と蹴りの応酬の間に、さりげなく巻きつけたのだ。



「その程度か?」

 今度はマリウスが挑発する。


「小賢しい真似を」

 ミランダはナイフでワイヤーを切り落とした。


          **


 暗がりの中で、タカフミは担架を運んでいた。もちろん、ドローンや強化ヤモリで周囲を警戒しながらの移動である。


 腕輪が振動した。「作業場」でインターセプトも出来るが、自分の身体で直接触った方が楽だ。輝度を落とした空中ディスプレイを表示させる。

 ギリクとセネカが負傷した、という通知だった。特にギリクが危険な状態だ。


 このままマリウスを、一人で置いていけない。

 でも、ナハトを運び出さなければ。

「くそっ、一体どうしたらいいんだ」

 立ちどまった。担架がそのまま、すっと流れていくのを、腕で止める。

「待てよ?」


 担架は、宙に浮いている。一定の高さに留まる設定だ。

 重力を遮断しているので、「相撲取り」のマルガリータでも、軽々運べる。


 タカフミはふと思いついて、ハチドリ型ドローンの1機を呼び寄せた。

 接地用の脚が付いている。何かを掴むような構造にはなっていない。

 ワイヤーで、ドローンの脚と担架を結んでみた。


 飛行させると、ワイヤーがぴんと張った。一瞬、ドローンはわたわたしていたが、すぐに安定。担架がゆっくりと引っ張られていく。

「俺が押さなくても、行ける!」


 周囲のドローンを呼び寄せる。

 スピードも上げたいし、ブレーキをかける場合もあるだろう。

 4機をワイヤーで担架に結び付けた。


 更にもう4機を、周囲の警戒用に同行させることにした。

 ドローンに囲まれて、担架が進んでいくのを見守る。


 ドローンは全部で20機あった。

 8機は担架を運ぶ。1機は眠らせた見張りを監視中。1機は破壊された。

 通信の中継に3機を配備している。そうすると、残るのは7機だ。



 タカフミは、敷地内の強化ヤモリも呼び寄せた。

 ナハトが1人になってから、もうすぐ1時間が経過する。建物に入れたヤモリは、そろそろ集中力が切れる頃。他のヤモリに交代させないといけない。


 タカフミは、作業場からセネカに通話を入れた。

「セネカ、話せるか。状況を知らせてくれ」

 すぐにセネカが音声で応答。

「ギリクが手榴弾で負傷。足の出血が止まりません。

 私は軽傷です」

 近くのヤモリが2人を捉えた。ギリクが床に倒れている。セネカも血まみれだが、動けるようだ。


「5階に上がれってくれ。自分もそちらに戻る」

「待ってタカフミ。

 いきなり、あの女に攻撃されたんです。

 あいつ、腕輪の情報を読んでいる。多分」

「腕輪を!?」

 タカフミは唸った。星の人であれば、腕輪の情報を使えてもおかしくない。

 それでは、位置や生体情報も分かってしまう。


”気が進まないが、あれをやるか・・・”

 タカフミは、強化ヤモリをセネカの前に移動させた。



「ヤモリが見えるか?」

「はい。あ、もう一匹、来ました」

「腕輪をヤモリに近づけてくれ。ギリクにはこちらから近づく」


 作業場で操作して、ヤモリと2人の腕輪をリンクさせた。

 様々なエラーが表示されたが、無理やりに上書き修正する。


「可哀そうだが、ヤモリを潰してくれ」

「え? ええー・・・」

 セネカ、ためらう。

「俺がやる」

 黙って横たわっていたギリクが、体を起こした。

 腕を振り下ろす。床にきしむ。


 ヤモリが死に、生体情報を監視していた腕輪がKIAを通知。

 これで記録上、ギリクとセネカは「作戦中喪失」状態になった。

 あとで、ヤモリにお墓を作ってやろう、とタカフミは思った。


「銃はあるか?」

「破壊されました」

 タカフミは天を仰いだ。

「5階で合流しよう。

 上から、布の女を攻撃する」


          **


 ミランダとの戦いは、マリウスがこれまでに経験したことのない、激しい戦いだった。休む間もなく攻撃を繰り出し、舞うように避ける。

 攻守が目まぐるしく入れ替わった。筋肉の動きを感知し、動きを先読みして拳を繰り出すが、相手も互角のスピードで蹴りを入れてくる。


 ミランダの蹴りを避けたが、それはフェイントだった。足の指を踏まれた。

 一瞬、マリウスはよろめく。そこに拳が来る。避ける。

 避けた先にも次の攻撃。

 一瞬の体勢のくずれから、次第に余裕がなくなっていく。

 宙を切るナイフと身体の隙間が、次第に薄くなった。


 そして、決定的な瞬間がやって来た。見えなかった。ミランダの拳がマリウスの頬にめり込んだ。

 吹き飛ばされ、床に転がった。直ぐに立ち上がろうとしたが、身体がふらついた。片膝をつく。



「ひょっとして、格闘戦は、初めてか?」

 ミランダの言葉には、嘲るような響きがあった。


 マリウスにとって、クローンとの戦いは初めてだ。

 対するミランダは、クローン同士で、文字通り血まみれになって戦技を磨いてきたのだ。

 マリウスは口を拭い、唾を吐いた。

 唾は赤く染まっていた。

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