第5-2話:崩壊

 タカフミは、担架を牽引させているドローンから通知を受けた。

 造船所を囲むフェンスを通過したのだ。もうすぐエアカーを隠した場所に到達する。


 作業場から、ツェレルに連絡を入れた。

「こちらツェエル。担架が見えた。乗っているのがナハト?」

「そうです。回収をお願いできますか?」

「誰も付き添ってないの!?」


 ツェレルが、警察部隊と会話する声が、遠くに聞こえた。

「敷地内では無理。滝の下まで降ろして。

 そこで、回収させます」

「わかった。降ろします。

 もう一台、担架を用意して、繋げてください」


 滝に沿って降りる飛行経路をドローンに指示すると、タカフミは踵を返して、マリウスが戦う建物に戻る。

 強化ヤモリが集まってきた。これまでのヤモリをリリースし、別の一団を建物内に入れた。5階の部屋に、セネカとギリクの2人を誘導する。

 建物に到着すると、重力制御で5階へ上がった。


 ギリクのタクティカルパンツは、ボロボロだった。両足のあちこちに止血スプレーが吹きつけられ、白く固まっている。意識はあるが、呼吸が荒い。足はむくみ、赤紫の内出血が広がっている。白い顔が更に白い。血の巡りが低下しているのだ。


 タカフミは、腰のポーチから短い筒を取り出した。ナノマシンの容器である。

 マルガリータのは白い錠剤だったが、こちらは液体だ。

 ギリクの傷口の一つに注ぐ。


 作業場に、ナノマシンのアイコンが現れた。さすがに1個1個の個体ではなく、1つの群れとして認識される。

 群れに「入って」いくと、いくつかの階層に分かれていた。

 上位層の、制御用の個体に指示を出す。


「治るんですか?」

「短時間では無理だ。内部の傷を塞いで、内出血をできるだけ抑える」

 ギリクの顔色が、少し回復した。


 ツェレルから連絡があった。ナハトを回収した。生きている、と。

 良し。タカフミは頷いた。これで作戦の目的は達成した。

 あとは、全員で帰るだけだ。


「君たちは上から、攻撃してくれ」

 2人でギリクを支え、マリウスたちが戦う部屋の、真上の部屋に移動した。

 廊下に2機、部屋の上空に1機、ハチドリ型ドローンを配備し警戒させる。

 周囲の部屋には強化ヤモリを配置した。


「タカフミはどうする?」

「4階まで降りて、ベランダから攻撃する」


          **


 羽ばたきの音に、ミランダは振り返った。

 4機のハチドリ型ドローンが、ベランダから入って来た。

 天井と床に分かれ、それぞれ左右から囲むようにミランダに迫る。


 ドローンに武器はないが、ぶつかれば痛い。羽が当たれば怪我もするだろう。

 タカフミは、「布の女」が回避する間に、射線に捉え、威嚇するつもりだった。

 ドローンを追うように、ワイヤーを使ってベランダに降りた。銃を構える。


 いきなり、4機のドローンが通信途絶した。


 床に転がる機体に、ナイフが刺さっている。

 そんな馬鹿な! ほぼ同時に!? 複雑な軌跡を描いて飛行させたのに!


 部屋の中で、布の女が振り向いた。タカフミは息を呑んだ。

 髪が短い。初めて会った時の、少年のようなマリウスに見えたからだ。

「マリウスなのか!? 顔に怪我を!?」

 女は、見せつけるように胸を反らした。

「胸!?」


 タカフミは、気を取り直して歩兵銃を構えた。

「動くな!」

 ミランダは無視して走った。タカフミはトリガーを引く。ミランダはタカフミの筋肉の動きを読み、発射の直前に身を捻った。放たれたのは銃弾ではない。レーザー光が奥の壁を焼いた。ミランダはデスクに隠れる。


「避けた!? レーザーを!? 化け物か!」

 タカフミは思わずののしった。間接的にマリウスも化け物扱いしているが、それは気づかない。



 間髪を入れず、タカフミの前に手榴弾が投げ込まれた。

 左右に2個。絶妙な位置だった。

 両方をキャッチして投げ返すことは出来ない。

 そのまま前に倒れたら、爆風で引き裂かれる。

 ベランダの柵に阻まれ、後ろにも下がれない。追い詰められた!


「伏せろ!!」

 マリウスが叫んだ。その時には左手首をくるくると回していた。ベランダの床に向けて、十字を切るように手首を動かす。


”ゴガッ”

 鈍い音を立てて、いきなりベランダの床が陥没した。

 そのまま壁や柵を巻き込んで、ベランダ全体が崩壊。白い埃が舞う。


 急増した重力に抑えつけられ、タカフミはうめき声すら出せなかった。

 コンクリートの残骸が、下階のベランダも飲み込んで、地面まで一気に雪崩落ちていく。


 マリウスは床に伏せる。

 ナハトの部屋の端で、手榴弾が爆ぜた。



「携行型の重力制御か。贅沢な武器だな」

 ミランダは立ち上がると、壁際に備え付けられた、金属の棚に手をかけた。

「ほぉぉっ!」

 かけ声とともに腕に力を込めると、棚が投げ飛ばされる。


 棚はマリウスの身体の上に倒れた。耳障りな金属音が響き渡る。

 マリウスは転がるが、右腕に灼熱が走った。

 慌てて痛覚抑制を発動。右腕が棚と床に挟まれ、抜けない。


 腕を引き抜こうともがくマリウスを一瞥いちべつすると、ミランダは掃き出し窓に歩み寄った。

 外を見下ろすと、ベランダの残骸が地面に積みあがっていた。


 その間に、マリウスは棚を重力制御で動かそうとした。

 重力の変動を感じたが、それは一瞬で、すぐに元に戻ってしまった。

 電池切れだ。ベランダを崩すのに、エネルギーを使い果たしてしまったのだ。


 腕の様子を探るため、マリウスは痛覚抑制を解除してみた。


 すごく痛い。


 慌てて、再び痛覚抑制。

 骨が折れただけでなく、何かが突き刺さっている。



 ちなみにマリウスが痛覚抑制に目覚めたのは、幼少の頃、深爪した時だった。

 以来、深爪より痛いものは、全て抑制してきた。

 なので痛みには無頓着である。他人の痛みにも無頓着である。


 棚を動かそうともがいていると、天井に光るものが現れた。

 レーザーカッターの刃だ。天板が小さく切り取られ、そこからセネカの顔が覗いた。


”生きていたのか”

 マリウスは無表情のまま、視線をそらす。

 首を回してミランダを探した。


          **


 老練なミランダは、勝利を確信しつつも、すぐにマリウスに躍りかかろうとはしなかった。ゆっくりと周囲を見回す。


 中庭にはベランダの残骸。タカフミの生死は不明だが、すぐには出られないだろう。

 大きく息を吸い込む。そして、自分たちとは異なる、血と体臭を嗅ぎ取った。

 この匂い。さっき廊下にいた2人か。


 マリウスはKIAと言ったはず。では最初から、小細工を仕組んでいたのか。

 劣化アップデート版と聞いてはいたが、ここまで弱く、姑息とは。


 無表情のまま、マリウスに頭の方から近づく。

「最初から、負けるつもりだったのか?」

 そう言うと、マリウスを覗き込んだまま、上にナイフを投げた。


 天井に開けた穴から、セネカが消火器を落とそうとしていた。

 血まみれのギリクが体を支えている。


 ミランダのナイフが、セネカの腕に刺さった。

 ワイヤーを操作すると、ナイフからカエシが飛び出し、腕の筋肉を突き破る。

 ミランダはワイヤーをグイっと引いた。セネカを引きずり落とそうとする。

「痛い痛い痛い」

 セネカは悲鳴を上げた。

 ギリクがセネカに抱きついた。階下に怒鳴る。

「てめぇ、はなしやがれっ」

 セネカが消火器を落とすが、避けられる。がらんがらんと床を転がる



「お前の相手は私だ」

 マリウスが、床の上から呼ばわった。


 ミランダはマリウスを見ると、ワイヤーを手放した。

 階上の2人はもんどり打った。ギリクはセネカを抱えて、這って穴から遠ざかる。


 ミランダは再び、マリウスを見下ろした。

「根性だけは一人前か」

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