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蒼井シフト

プロローグ:決闘

「あなたを代理人に指名します!」

 洒落たレストランや小綺麗な店舗の並ぶ商業地区。歩行者専用の広々とした大通りに、少女の声が響き渡った。


 タカフミは周囲を見渡した。厄介事の気配を感じ取ったのか、周囲の人々が一斉に後ずさった。男女とも、フライトスーツのような、上下つなぎでパンツスタイルの服を着ている。

 春のような心地よい風が吹きつけた。日本はお正月、いや、三箇日があけた頃か。気候や文化の違いに、タカフミは地球との遠い遠い隔たりを感じた。故郷は遠くなりにけり。だが、物思いにふけっている余裕はなかった。


「どうか、私に代わって、アジワブ家の名誉を守って下さい」

 少女は中学生くらいの年頃だろうか。訴えかける熱いまなざしの先には、スーツ姿のビジネスマンがいた。いかにも「商用で訪れた異邦人」である。

 だがその異質さは、服装によるものではなかった。


 腰まで伸びた艶やかな黒髪。少年のような硬質さを感じさせる肢体。そして驚くほど整った美しい容貌。

 その顔に表情はなかった。笑みはない。頓狂な申し出への戸惑いもない。怒りや不安もない。

 かといって、退屈や厭世の陰もなかった。ただ、少女を見つめ返している。


 ビジネスマンが視線を上げると、先ほど少女に手袋を「押し付けられた」相手が、憤懣ふんまんやるかたない、といった様子で睨んでいた。厚い胸板や隆起した筋肉。フライトスーツに無理やり押し込まれて、窮屈そうにしている船乗り、という感じだ。同行者の男が、甲高い小声で、しきりに何か話しかけている。


 ビジネスマンは視線を少女に戻すと、一言、聞いた。

「殺してもいいのか?」


 不安げに見上げていた顔が、ぱっと明るくなる。

「引き受けてくださるんですね!

 もう、ギッタギタにやっつけてちゃってください!

 後のことはうちの者が全て処理します」


 それから、視線に耐え切れなくなったのか、少し顔を赤らめる。

「あの。お名前をお聞かせください」

「グラスウェン」

 上着を脱ぎながら答える。



「しれ・・・グラスウェン、危険だ」

 タカフミは引き留めようとした。だがグラスウェン=マリウスは首を振る。

「危険はない。これはチャンスだ」

「しかし! 目立ちすぎです」


 群衆が固唾を飲んで見守るなかで、「どうしたんですか~?」という呑気な声がした。肩までの金髪と胸を揺らしながら、碧眼へきがんの女性が近づいてきた。テイクアウトの食べ物をたくさん抱えている。額には三角形のマークが付いていた。


 別の方向で、騒がしい声が上がった。周囲の野次馬が割れる。トーガのような衣服を纏った老人が現れた。中年の男に、引きずられるようにして歩み寄ってきた。

「こっち、こっちです。早く!

 パナウルの旦那と、あと、アジワブの娘っ子が指名したあの、女みたいな奴!」

「星々と貿易しようって時代に、いまさら決闘とは・・・」


 マルガリータが、驚いた顔をして聞いた。

「決闘!? なぜそんなことに?」

 それはこちらが聞きたいとタカフミは思った。わざわざマリウスに男装させての隠密行動なのに、どうしてこうなったのか?


 事の発端は、2週間前にさかのぼる。

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