第二章:潜入

第2-1話:入国審査

 シャトルが地上に着地すると、乗客は一様に、安堵の表情を浮かべた。

「ようやく着きましたね」

「駅から随分かかったな。長かった」

「・・・」


 惑星ストルミクの入国審査施設は地上にある。シャトルで大気圏突入を行い、激しく揺さぶられながら、ようやく宇宙港に到着したのだが、ここまでが長かった。


・銀河ハイウェイの「ストルミク駅」管制領域にワープアウト

・ストルミク人の「ゲート」を3回乗り換え

・ゲートから惑星ストルミクまで、連絡船で3時間

・連絡船から、地上降下シャトルに乗り換え

・大気圏突入


 地球駅から地球まで2時間で来れるのに、ストルミク駅から惑星ストルミクまでは、3泊4日の行程となる。

 地球人が偉いとか、特別に頑張ったわけではない。地球人は、駅の建設予定地にたまたま住んでいただけだ。



 ストルミクは、極めて順調、かつ平和的な発展を遂げた植民地である。

 8千年前の入植後、分裂や戦争を起こすことなく、星系の開拓を進めてきた。

 政治システムは企業体を構成要素とした、共和制である。


 独力でワープ航法を開発したが、自由に星々を駆けるまでには至らなかった。ワープに必要なエネルギーを、宇宙船に積み込めないためだ。

 膨大なエネルギーの格納には、重力工学とは別種の、技術的課題がある。


 そこで彼らは、ワープ施設「ゲート」を建設した。ワープゲートを開き、そこに宇宙船を送り込んでジャンプさせる仕組み。星の人の「駅」の小型版だ。なので、ゲートは銀河ハイウェイの「ローカル線」のようなものだ。


 この方法で、少しずつ領土を拡張していき、4つ目の恒星系に到達した時、そこに「駅」があった。

 こうしてストルミク人は「星の人」と接触したのである。自力で銀河ハイウェイに到達したし、言葉も通じた。星の人とは平和的な関係にある。


          **


 シャトルを降りて、宇宙港の建物に入ると、マルガリータが「ピポッ」という音を立てた。

「グラスウェン様、わたしちょっと、充電して参ります」

 トイレを指さす。

「ああ。一緒に行こうか?」

「いえ。女子の方を使いますから」

 にっこり微笑むと、だだっと駆けて行った。


「なぜ男女で分けるんだ?」

「見られたくないからです」

「でも、入るのは見えるぞ」

「ええと・・・直後に出会うと気まずいからです」

「ふーん?」

 異性に対して良く見せたい、という気持ちが、理解できないようだ。


「自分たちも行ってみましょう」

 中を覗くと、男子の方も全て個室だった。事前情報通り。

 播種船で、果てしない星間を旅していた頃の風習が、色濃く残っているようだ。


「個室なので一安心です。

 でもいいですね、絶対、人前で下を脱いじゃダメですよ」

「パンツさえ脱がなければ、絶対にばれないのか?」


 そうです、と言いかけて、タカフミはハッとなった。

 マリウスから、黒いオーラがにじみ出ている気がした。

「決定的な証拠を渡すな、という意味です。

 それ以外にも疑われる要素はあります。あるんです。

 だから気をつけてください」


          **


 入国審査に進む。

「タカフミ・コワキさんですね」

 タブレット端末から転送されたデータを、入国審査官が読み上げる。頬ひげの深い、毛むくじゃらな感じの男性だった。顔写真とタカフミを見比べる。入国の目的を問われ、商用と答えた。タカフミへの審査はそれで終わり。


「で、そちらが手荷物のロボットですね?」

 ロボット登録証とマルガリータの顔を、何度も見比べた後、今度は胸のあたりをじっくり観察している。マルガリータが微笑むと、慌てて視線を書類に戻した。それからもちらちらと見ている。

 女性の体を凝視するのは失礼だ。でもこれはロボットだから・・・しかし周りからは、恥ずべき奴に見えるだろう・・・タカフミには審査官の葛藤が理解できた。恒星ほしが変わっても、男の苦悩は変わらないらしい。


 審査官が手元を操作すると、タカフミのタブレットは「入国許可」に変化した。

「ストルミク連邦への来訪を歓迎します、タカフミさん。

 我が国では、人型ロボットの使用は制限されています。そちらのロボットは、『携行品』としての許可になりますから、常にあなたか、同僚の方が同行するようにしてください。管理されていないロボットは回収されます」

「了解しました」

 タカフミは軽く頭を下げ、マルガリータを連れて入国ゲートを通過した。



 続いて現れたマリウスを見て、審査官は絶句した。

 人形のように整った美しい顔に、腰まで流れる黒髪。極めて女性的な印象なのだが・・・入国申請のデータには男性とある。今度は遠慮なく眺めるが、否定する材料がない。


 それよりも戸惑うのが、仮面のような無表情である。審査官が話しかけると、ほとんどの申請者は愛想笑いを浮かべるものだ。たまに不機嫌そうな顔をする輩もいる。しかしここまで、何の感情も浮かばない旅行者は見たことがない。


 振り返って、入国ゲートの先を見た。先ほどの2人がにこやかに会話している。

「ええと、あちらがロボットですよね? あなたではなく?」

 思わず聞いてしまった。

「そうです」

「お名前は?」

「マリウスです」

「フルネームでお願いします」

「ああ。マリウス・グラスウェンです」

 入国目的や、滞在先などを質問したが、よどみない応えが返ってきた。

 オラティス政府から提供されたデータにも、不備や不審な点は一切無い。

「良い旅を」

 マリウスも入国ゲートを通過。


          **


「無事に到着出来ましたね、グラスウェン様」

 マルガリータが嬉しそうに言った。

 星の人には家名がないので、今回はグラスウェンと名乗ることにした。ちなみにタカフミは本名のまま。マルガリータはロボット扱いなので、家名は無い。


 司令解任から10日が経過していた。

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