第2-3話:決闘

「いま、何とおっしゃいましたか!?」

 怒りをはらんだ少女の声が、大通りに響き渡った。


 洒落たレストランや小綺麗な店舗の並ぶ商業地区。歩行者専用の広々とした大通りに面して、テラス席が設けられている。

 テーブルを囲んで、数名の男たちが談笑していた。その中でもひときわ体格の良い大男に向かって、一人の少女が問いかけたのだ。


 思いがけず難詰なんきつされて、男は驚いた顔をしたが、すぐに

「いや、失礼。ただの独り言です」

と釈明した。


「いいえ。独り言じゃなかったです。

 ここにいる皆さんに話してました。

 何て言われましたかっ!?」


 少女は引かない。男は少しムッとした顔をした。

「大人の会話に首を突っ込むんじゃない」

「あなたの会話に興味はありません。

 興味があるのは、当家うちの名誉だけです。

 何とおっしゃいましたか」



 喧嘩か? と思いながら歩き過ぎようとして、タカフミは足を止めた。

「グラスウェン」

 マリウスを呼び止め、耳打ちする。

「アジワブ家の方です。名前は確かエレアノ」

「社長の子か。何か権限はあるのか?」

「いや、ないです。まだ小さいし」


「じゃあなぜ、気にするんだ?」

 マリウスはタカフミの方を向いた。

「てっきり成熟した女性が好みだと思っていたが。変わったのか?」

「自分の好みは関係ないです!」

 タカフミは慌てて説明した。


「あの子は将来、アジワブ社の社長になる可能性が高いんです」

「社長の子、というだけで、指揮権が継承されるのか?」

「アジワブ家は大株主として、アジワブ社を支配しています。

 そして株式を含めた財産は、子どもに継承されるんです」

「そうか、親子で財産が継承されるのか。

 だが、それは将来のことだろう?」

「そうです。でも、ほぼ確実なことです」

 マリウスは右頬を撫でる。


 タカフミは視線を戻すと、エレアノに付き添う人物に気づいた。

 服装は他のストルミク人と同じ、フライトスーツ風の上下だが、顔を布で隠している。この星では見かけない格好だった。



 エレアノと男の応酬が続く。

「アジワブ社が最近、奇妙なビジネスをしている。それだけだ」

「いいえっ。そんな言い方じゃ、なかったです」


 男は、がたがたと音を立てて椅子を引くと、エレアノに正対した。

「では、申し上げましょう。

 アジワブは奴隷商人。そう言った」

「そんなことはありません! 訂正してください」

「ほう」

 男は立ち上がった。


「では、真実を言ってもいいんですな。

 アジワブは、人の命をもてあそんでいる。

 奴隷商人ですら、控えめな言い回しだ。

 そうだな。訂正するなら『人肉商人』とでも呼ぶのが正しいだろう」

「無礼者!」

 エレアノは顔を真っ赤にして叫ぶと、左手の手袋を引き抜き、投げつけた。

 手袋は風に煽られて、隣のテーブルの方に流れていった。


 今度は右手の手袋を投げたが、へろっと男の手前に落ちた。

 どうも、手袋が当たらないと、意味がないようだ。


「ヨラン様、もう行きましょう」

 取り巻きの一人が、甲高い声で促す。

 ヨランと呼ばれた男は「そうだな」と鷹揚おうように頷くと、立ち上がった。


「待ちなさい! 逃げるんですか!」

 エレアノは目の前の手袋を拾うと、男の腰のあたりに押し付けた。急に押されて、男は前のめりによろける。テーブルの上のグラスや皿がひっくり返った。陶器が落ちて割れる音が響く。


 男は振り返り、ギロリと目を剥くと、咆哮ほうこうした。

「ふざけるな! 大人をからかうのもいい加減にしろ!

 決闘だと。覚悟は出来てるんだろうな!」


 その大声に、少女はびくっと体を震わせたが、一歩も引かず、

「もちろんです!」

 と言い返した。

「でも、私は女なので、決闘代理人を指名する権利があります!」


 その宣言に、周囲から悲鳴のような声が上がった。

「おい、本気か!?」

「金持ちの暇つぶしに付き合ってられん」

 見物者は、潮が引くように、一斉に後退った。

 事情を知らないタカフミが、取り残された形になる。



 エレアノがタカフミの方を向いた。

「手前はオラティスのしがない商人で・・・」

 だが、少女の視線は、タカフミの脇を素通りしていた。そこに佇む姿に、がっちり視線を掴まれて、逸らすことも出来ずにいたのだ。


 作り物じみた美貌。風にそよぐ長髪。周囲の喧騒も、その人に触れると消滅してしまうような。そんな静かな圧力のようなものをまとっている。そのように少女には見えた。


 ようやくのことで視線を動かすと、連れの「布の女」に聞いた。

「あの人、大丈夫と思う? 指名しても?」

 問われた女は、布の隙間からマリウスを凝視して、答えた。

「あれが勝ちます」

「でも、怪我をされたらどうしよう?」

 布の女は首を振った。

「あの無礼者は、触れることすら、かなわないでしょう」

 この一言で少女の心は決まった。



 マリウスに歩み寄る。

「あなたを代理人に指名します!」

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