第2-4話:決闘2

 エレアノは、間近で眺めた異邦人の美貌に息を呑んだ。少年のような、硬質さすら感じさせる肢体。腰まで伸びた艶やかな黒髪。そしてなにより――右眼だけが青みを帯びていた。オッドアイ!?


 少女は確信した。この方は、単なる決闘代理人ではない。

 私の、「運命の人」だ!


「どうか、私に代わって、アジワブ家の名誉を守って下さい」

 熱を帯びたまなざしで訴えた。


 マリウスは少女を見つめ返した。表情はない。笑みも、怒りもない。

 頓狂な申し出への戸惑いや、不安の色もない。

 かといって、退屈や厭世の影もない。


 視線を上げると、先ほど少女に手袋を「押し付けられた」相手が、憤懣ふんまんやるかたない、といった様子でこちらを睨んでいた。

 厚い胸板や隆起した筋肉。フライトスーツに無理やり押し込まれて、窮屈そうにしている船乗り、という感じだ。

 同行者の男が、甲高い小声で、しきりに何か話しかけている。


 マリウスは視線を少女に戻すと、尋ねた。

「アジワブ家と言われた。エレアノ殿とお見受けする」

「はい」

「私が勝利したら、お願いしたいことがある」

「お仕事のこと、ですか?」

「いいえ」

 マリウスは首を振った。


「あなたの大切なものを、見せて頂きたいのです」

 それってどういうことですか!?

 エレアノは乏しい知識で精いっぱい想像して、震えた。

「わた、わた、わたしにできることでしたら、何でもいたします」


 マリウスは頷くと、相手を指さした。

「もう一つ、聞きたいことがある。

 殺してもいいのか?」


 不安げに見上げていた顔が、ぱっと明るくなった。

「引き受けてくださるんですね!

 もう、ギッタギタにやっつけてちゃってください!

 後のことはうちの者が全て処理します」


 それから、見下ろす視線に耐え切れなくなったのか、少し顔を赤らめる。

「あの。お名前をお聞かせください」

「グラスウェン」

 上着を脱ぎながら答えた。


          **


「しれ・・・グラスウェン、危険だ」

 タカフミはマリウスを引き留めようとした。だがマリウスは首を振る。上着をタカフミに渡す。

「危険はない。これはチャンスだ」

「しかし! 目立ちすぎです」


 群衆が固唾を飲んで見守るなかで、

「どうしたんですか~?」

 という呑気な声がした。


 肩までの金髪と巨乳を揺らしながら、マルガリータが近づいてきた。

 テイクアウトの食べ物をたくさん抱えている。今はロボットに扮しているので、衆人環境で食べる訳にはいかず、持ち帰りにしたのだ。


 別の方向で、騒がしい声が上がった。周囲の野次馬が割れる。トーガのような衣服を纏った老人が現れた。中年の男に引きずられるようにして、歩いてくる。

 「こっち、こっちです。早く!

 パナウルの旦那と、あと、アジワブの娘っ子が指名したあの、女みたいな奴!」

「星々と貿易しようって時代に、いまさら決闘とは・・・」


 マルガリータがタカフミに詰め寄った。

「決闘!? なぜそんなことに?」

「いや、自分が聞きたいです・・・」


          **


 男の取り巻きが1人、マリウスのもとにやって来た。甲高い声で告げる。

「見たところ、異邦の方ですな。ご存じないのも無理はない。

 あの方は、パナウル社のヨラン様です」

「パナウル。海運業だな」

「左様。ストルミクの重鎮のお一人です。

 その上に、御覧なさい、鍛え抜かれたあの体躯。

 勝負になりませんよ。あなたが決闘を断られても、だれも笑いません」

「片手でも勝てる」

 マリウスの即答に、取り巻きは一瞬呆然とした。


 それから、苦々しい顔をして、まくし立てた。

「万が一、あなたが勝利されたとして。今後あなたは、パナウル家から恨まれることになりますぞ。パナウル家はストルミクの海上貿易を支配しています。あなたもビジネスマンの一人なら、損得勘定は出来るはず。万が一、万が一勝利しても、いいことは何もないのですよ!」


 マリウスは取り巻きを見つめると、冷ややかに言い放った。

「敵を破壊する。それ以外に、価値が――喜びが、あるものか」

 それは、味覚も、嗅覚も、痛覚さえ奪われたクローンの、魂の叫びだった。


          **


「あの子が権力を継承するのは、将来の話です。

 ここで決闘しなくても・・・」


 タカフミがなおも止めようとすると、マリウスは首を振った。

「研究所には、アジワブにとって致命的な秘密が隠されている。

 交渉では、到達できないだろう。そう悟った」

「だとしたら、こっそり侵入しますか?」

「最悪はな。だが、一つ方法を見つけた」


 視線でエレアノを示す。

「あの子が私を見る目つきが、堂島と似ているんだ」

「は? それで?」

「優しくしたら・・・

 私の言うことを、聞いてくれると思う」


 タカフミとマルガリータは、絶句。

 塩の柱になったような気分でマリウスを見つめた。


「どうしよう。『女を喰い物にする悪い男』ってやつになってない?」

「男装させたのが、変な悪影響を与えているのか?」


          **


 トーガを着た老人と、ヨラン、そして取り巻きが、声高に話し合っている。

 武器や場所について、議論しているようだ。


「あれは何を?」

 タカフミはエレアノに聞いた。


「決闘の方法を相談しています」

「方法は相手が決めるんですか?」

「グラスウェン様にも拒否権があります。

 ただ、2回拒否して、3回目で合意しなかったら、決闘自体がなくなります」


 だとしたら、申込者が絶対に拒否するような案を出して、「流局」に持ち込む手もあるはず。もしかして、そういった方法を考えているのか?

 タカフミは、決闘が無難な形に落ち着くのを、願わずにいられなかった。


          **


 老人は、この区画の「世話役」といった役どころである。

 決闘に呼び出されて、非常に困惑していた。


 播種船が星系にたどり着いて以来、ストルミクは堅実に発展してきた。

 内乱や戦争がなかったので、行政の分裂や、司法の中断もなかった。

 ただし、混乱の時代はあった。外惑星の開拓時代である。


 内側の固体惑星(岩石や金属でできた惑星)を開拓すると、発展の矛先は、外側の巨大ガス惑星とその衛星群に向かった。

 この時、居住地が一気に拡大したため、中央政府の統治が間に合わなくなったのである。

 こうして生まれた、いわば「空白地帯」で、住民間のいざこざを解決する方策として生まれたのが、「決闘」の風習だった。

 公平な戦いと、結果を重んじる精神は、その後、内惑星にも「輸入」されて、ストルミク人の道徳規律の一部となっている。



 とはいえ、決闘自体はもう、過去の風習である。

 ゲートの設置、第二、第三の恒星系への進出で、内外惑星の経済格差も縮まり、行政・司法システムも十分に行き渡った。

 もはや決闘に頼るのは時代錯誤なのだが、未だに美意識としては、残っている。

 ヨランとしても、逃げるわけにはいかない。


 問題は、公正な決闘をする道具立てが、ないことだ。


 不文律として、飛び道具の使用は、ご法度だった。

 剣など普段、店先に並ばない。方々に人をやって、何とか二振り見つけたが、ディスプレイ用で、刃がついていなかった。長さも形も異なる。


 同じものを揃えるとなると、調理用ナイフなら手に入るのだが。

「痴話喧嘩みたいで嫌だ」と言って、ヨランが受け入れなかった。


 ではバットや角材で戦うか? その場合、どうなったら勝利なんだ? 死ぬまで?  いやいや待ってくれ。という感じで、なかなか決闘方法が決まらない。



「まだか」

 表情には出ないが、マリウスはとても焦れていた。

「今のうちに、少し食べておくか。

 マルガリータ、ひとつくれ」

 テイクアウトの箱を開ける。箸でつまんで口に入れる。


「ちょっと、横のタレにからめて食べてください。それだけじゃ味がしないでしょ。あー、そのバランは取らないで、味が混ざるぅ~(泣)」

 マルガリータ、トレーを抱えて悲痛の表情。

 周りの人が「なんだこのロボット? 泣いているのか?」と困惑して見ている。



「早く決めてくれ」

 マリウスが声をかけると、

「うるさい黙れ。よそ者が!」

 取り巻きが声を荒げた。


 その時。2人の間を蠅が一匹、通り過ぎた。

 その羽音が、急に止む。


 マリウスが箸で、蠅を捕まえていた。



「は?」

 取り巻きの見る前で、マリウスが箸先を開いた。蠅がよたよたと飛んで行く。

 潰れない程度の、寸止めだった。


 次の瞬間、また箸に捕らえられた。

 放す。飛ぶ。それが繰り返される。


 羽根を痛めたのか、それとも力尽きたのか。

 次に箸先が開くと、蠅は地面へと落ちていった。


 取り巻きは、青い顔を主人に向けた。

「ヨラン様・・・あいつ、ヤバいです」


          **


 トーガの老人、ヨラン、取り巻きの3人で、更に話すこと15分。

 ヨランがマリウスに「付いて来てくれ」と声をかけた。


「お気をつけて、グラスウェン様!

 何か企んでいるに違いありません」


 一行は、商業地区の外れへと案内された。一軒の古い飲食店があった。

 喉や目がひりひりするような、刺激的な匂いが立ち込めている。

 店は、黒をベースに、赤と緑、金の紋様で飾り付けられていた。先程の大通りは、明るいベージュや白の店が多かったので、雰囲気が大きく異なる。


「決闘の舞台は、この店だ」

 ヨランが告げた。

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