第6-5話:使命
「目まぐるしい一日だった・・・」
タカフミは、今日の出来事を思い返して、思わずつぶやいた。
宿舎の食堂。目の前にはマリウスとマルガリータがいる。
マクシミリアン帝への拝謁は、全く予想外の出来事だった。
とても貴重な機会を授かった。
しかしまさか、出会い頭に踏みつけられるとは。
海賊群のジョセフィーヌとも再会。
青いボディースーツ姿で、情報軍に舞い戻っていた。
ということは、交渉の権限を取り戻したことになるが・・・あの人に、武力と交渉権の両方を渡して、大丈夫なのだろうか。なんだか、心配だ。
イルルゥと名乗る行政MIとの接触もあった。
「宇宙感覚」とでも呼べばいいのだろうか? あの、自分が銀河系になったような感覚。想像を絶する体験だった。
さすがにこれ以上、おかしなことは起こらないだろう。
そう思いながら、マリウスの食事をテーブルに運ぶ。
着座して、さあ食べよう、とした時。
「マリウス様!」
叫ぶような大声が、食堂に響き渡る。
タカフミが振り返ると、緑の軍服を着た兵士が、立っていた。
「ど、堂島!? どうしてここに!?」
航宙自衛隊の堂島1曹だった。
身長160cm。タカフミと比べたら小さく見えるが、空手の有段者で滅法強い。
「ご無沙汰です。小脇一尉。いえ、タカフミさん」
堂島はかつて、タカフミとともに、地球駅の建設を手伝った。
その後、マリウスが率いる艦隊に、物資搬入を行ったのだが、その最中に艦隊が緊急発進。そのまま太陽圏外に連れ出されてしまったのである。
作戦終了後に地球に送り返された、はずなのだが。
「マリウス様・・・ようやく会えました」
感極まったような声で、堂島は呟いた。
堂島が高校生の時、「星の人」とのファーストコンタクトがあった。
テレビに映った美少年に、たちまち魅了された。一目惚れだった。
以来、マリウスが男だという妄想世界に住んでいる。いや、本人はまじめに、心からそう信じているのだ。
「いつまでも一緒にって言われたのに。
用が済んだら捨てるなんて、ひどいです。
堂島は毎日、泣いて暮らしてました」
目尻の涙を拭う。
「でも、ジョセフィーヌさんに聞いて、ようやく分かったんです。
わたしの帰国は、軍団長の命令だったと。
わたしたち、無理やりに引き離されたんですね!」
堂島の「演説」に、周囲の隊員たちの視線が集まった。
「星の人の内情を、つぶさに幕僚本部に報告しました。
そうしたら、わたしも、艦隊への参加を認められたんです」
「お前、上の人に何を吹き込んだんだよ」
タカフミは、ひどく心配になった。
堂島は、緑の軍服の襟に触れた。
「縁あって、ジョセフィーヌさんの下で、勤務することになりました。
今は、駆逐艦キスリングで任務についています。
でも、経験をつめば、兵科の転換もできるって聞きました。
だから!
わたし、海賊として腕を磨いて、いつかマリウス様の下に行きます!」
そう叫んで、熱のこもった瞳でマリウスを見つめた。
マルガリータが「海賊じゃなくて海賊群ね」と小声で訂正した。
マリウスは、無言で、堂島を見つめていた。
堂島の瞳に、エレアノと同じ色を見た。抑えきれないほどの、熱い想い。
マリウスは、ようやく悟った。
”堂島も、わたしのことを、男と思っているのか”と。
誤解は、正すべきだろう。堂島のためにも。
”エレアノにも、いつか、ちゃんと伝えるべきだな”
そう思いながら、立ち上がった。
「マリウス様、右腕は!?」
ここで堂島は、右腕がないことに気づいた。
「大丈夫だ。じきに治る」
そう言って、左手で堂島の右手を掴んだ。
そして。無言のまま。唐突に。
自分の股間に当てたのである。
「ちょ、ちょっと、マリウス様、何を!?
ひゃあぁぁ! 当たっちゃう、当たる、あた、あれ?
おかしいなこの辺りのはずなのに?
あれ?
ええっ、そんな、そんな馬鹿なぁぁぁぁあ!!!」
堂島の悲鳴が、食堂に響き渡った。
マリウスは堂島の耳に顔を寄せ、静かに告げる。
「付いていないんだ」
まるで「天使」が通り過ぎたかのように、
会話が途切れ、ざわめいていた食堂に沈黙が降りた。
「わたしは部屋に戻る」
「あの子、股間に手を伸ばした格好で固まっているけど?」
「そっとしておいてやろう」
そう言い残して、マリウスは立ち去った。
**
「えぐっ。バリッ。ひどいです。
マリウス様のいけず。バリバリ」
タカフミは堂島に声をかけて、なんとか椅子に座らせた。
マルガリータが、デザートをいくつか持って来た。
どれがいい? と聞くと、全部と答えたので、マルガリータはもう一組取ってきた。クッキーとティラミス、真っ白なフロマージュ・フレである。
「泣くか話すか食べるか、どれか一つにした方がいいですよ」
マルガリータが諭す。
すると、堂島の手の動きが止まった。口も。
俯き加減に、テーブルの上のデザートを黙って見つめる。
ぽたっ、と涙のしずくが落ちた。
しずくは、ぽとり、ぽとり、と続き、
「う・・・うぅう・・・」
という嗚咽の声がもれた。
「あ、あれ、堂島?」
マルガリータが、困ったような顔をした。
3つから選べと言われたら、当然、3.食べる、を選ぶと思っていた。
堂島の肩にそっと触れる。
「堂島・・・」
タカフミは、さすがに哀れに感じた。
ここ惑星カーベルザラートは、地球とは別の
故郷から8万光年。これほどの距離を、一途に追いかけてきたのだ。
もちろんマリウスは、自身を男と偽ったことはない(地球では)。
勝手に堂島が思い込んだことである。
だがそのきっかけは、タカフミがマリウスを「少年」と報告したこと。
それが報道されたのである。
そう思うと、居ても立ってもいられない気持ちになるタカフミであった。
「いいんです。
マリウス様も――マリウスも、
ひぐっ、腕を無くすような、辛い目にあったのだから。
わたしだって、へこたれているわけには、いきません」
泣きながら、自分に言い聞かせるように呟いた。
「腕のことなら大丈夫よ。また付くから」
「また付くって、ひぐっ、何ですか」
「言葉通りよ。また付けることが出来るの」
星の人の医療技術は、すごく進んでいるのだ。
なおも泣き続ける堂島。
「ほらタカフミも、ちゃんと慰めてあげて。誤解の『元凶』として」
「ううっ」
タカフミは頭を抱えた。
「あとは、アナクレオン星系に行く方法も、考えないとね」
「ごく自然に自分に押しつけるの、止めませんか?」
「まあまあ。そういう使命なんですよ、タカフミは」
がしゃん。
椅子がひっくり返る音。
ゆらりと、堂島が立ち上がった。
「そういうことか・・・」
天を振り仰いで、呟いた。
堂島に再び、天啓が下ったのである。
「おい、どうした?」
答えは無い。
天を睨む堂島の顔が、怒りでみるみる赤くそまった。
「おのれ、軍団長め!」
周りの隊員たちが、ぎょっとした表情で振り返った。
堂島は拳を握り締めていた。爪が掌に食い込むほど強く。怒りに腕が震える。
それから急に、怒りは悲しみに変わった。
「おいわたしや、マリウス様」
そう言って、はらはらと落涙した。
マルガリータは、声をひそめてタカフミに尋ねる。
「今の流れで、マリウスが可哀そうな要素、あった?」
「わからない!
お前、しっかりしろ。気は確かか?」
堂島は天から視線を下ろし、キッとタカフミを見据えて言った。
「見えないのですか、この恐るべき真実がっ。
そういうの、森を見て木を見ず、って言うんですよ!」
「逆だ! そんな器用なこと、出来るか。
どうしたって言うんだ」
堂島は大きく息を吸うと、厳かに告げた。
「マリウス様の大事な部分は、
軍団長に、
切り取られたのです!!」
「「はぁぁ!?」」
タカフミとマルガリータが同時に叫んだ。
「なんで軍団長がそんなことを?」
「地上作戦で、他の女に触られないように、取り上げたんです!」
堂島、断言する。
「きっと『言うことを聞けば、返してやろう』とか言って。
あんなことやこんなことを、無理強いしようとしているんです」
顔がかっと赤くなる。あんなことやこんなことを想像したらしい。
「ガラスの器に入れて、部屋に飾っているんです。
それで・・・それで・・・時々取り出して、ニヤニヤしながら、撫でたり、頬ずりしているんです!」
周り中からひそひそ声。
「何の話なんだ?」「マリウスの股間に、何か生えてたらしい」
「ニヤニヤって、誰が?」「軍団長らしい」「あの人がニヤニヤとか、怖すぎるだろ」
「わたしは悟りました」
堂島、胸に手を当てながら言う。
「わたしが宇宙に来た理由。それは、
マリウス様の失われたパーツを、取り戻すことだったのです。
この大宇宙が私に命じた、宇宙的使命なのです!」
堂島が立ち去ると、タカフミはマルガリータに聞いた。
「妄想を治す薬って、情報軍で作れない?」
「それ・・・独裁政権とかに高く売れそうね」
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