第六章:召集
第6-1話:銀河ツアー
星の人の拠点惑星の一つ、カーベルザラート。
地上宿舎の個室で、タカフミは椅子に座り、「作業場」を開いた。
作業場で「どこまで行けるか」、試すことにしたのだ。
オストロミル救出作戦では、ハチドリ型ドローンや強化ヤモリを操作していたが、接続できるのは、それだけではない。
サイトやブログの類も参照できるし、ネットワーク上のデータの塊も、その存在を感じ取れる。
参照したデータの保存や、簡単なルーチン処理の実行も可能だ。
頭の中に、スマホやパソコンを持っている感じで、便利である。
あれこれ試す中で、インフラや施設も「見えた」。
エアカーを制御する交通局MIや、さらに人工衛星まで、アクセスできた。
ドローンとの接続では、認証コードのやり取りが行われている。つまり、それと同じコードで入れてしまったわけだ。
さすがに驚いて、マリウスに報告したが、
「変なことをすればMIが気づく。問題ないだろう?」
と言って、取り合わなかった。
ここでもMIか。星の人はMIに依存しすぎ、とタカフミは呆れた。
素直で人を疑わないのは長所なんだが。少々心配だな。
**
脳の認識野は拡張されたが、それを処理する思考中枢は元のまま。
元のまま、のはず。「猿でもわかる」ガイドに、そう書いてあった。
作業場からの入力が増えると、どうしても身体の方がおろそかになってしまう。
両手でピアノを弾くように、両方をスムーズに動かせるようになろう。
それには、まだまだ鍛錬が必要だ。タカフミはそう思った。
人工衛星にアクセス。雲や雨といった気象情報を参照する。
自分の目で部屋の中を見ながら、同時に、惑星を上空から俯瞰。
大分慣れたが、やはり奇妙な感覚だ。
同時に身体も動かしてみる。部屋を歩き回ったり、屈伸運動をした。
ちなみに、惑星カーベルザラートは、主に軍事演習に使わている。
タカフミが経験したような野戦演習から、火砲の射撃訓練、衛星軌道からの艦砲射撃まで、実際に兵器を使って演習できる。
惑星全体が訓練用とは、贅沢な使い方だ。
大陸の一つは農業生産に割り当てられており、耕作地が一面に広がっていた。
巨大な農業用トラクターが見える。
見える? スケールを確認して驚いた。一辺が500メートルもある、巨大な四角い機械だった。それが数台、大陸を横断している。刈り取りの跡が直線状に伸びていく。大規模過ぎて言葉もない。
人工衛星のデータは、軌道ステーションに集約されていた。
宇宙エレベータがあり、衛星軌道側の乗降場が、軌道ステーションである。
軌道ステーションを参照すると、そこから銀河ハイウェイへの通信路があった。
タカフミは、「駅」に向かって飛んだ。
駅には、さすがに「入る」ことはできなかった。
公開情報を眺めていると、作業場に、人の姿をしたアイコンが現れた。
駅MIのコカーレンのアバターだった。
「おや、タカフミさんですか」
こちらを知っていた。ワープゲートを管制しているので、通過する艦船とその乗客を把握しているのだ。
「他の星系も、見えるだろうか?」
「駅間通信を使って接続しないと、見えないです」
さすがに、勝手には使えないと言われた。
**
ネットの海を泳ぐような感覚で、人工衛星や、軌道ステーション、地上の設備の間を行ったり来たりしていると、もう一つのアイコンが作業場に現れた。
人型ではない。赤くて円いライトが一つ。
「不思議な動きがあって見に来た。
君のことは、チェルチェルから聞いた。
拡張認識されたタカフミだな」
「あなたは誰ですか?」
「行政MIのイルルゥだ。
この渦状腕、キグナス腕を管理している」
銀河系は、中央から4つの「星の
この渦は、
地球は「ペルセウス腕」の先っぽ、そこから枝分かれしたオリオン腕にある。
キグナス腕ということは、この惑星は、地球とは別の渦状腕にあるのか。
思えば遠くへ来たものだ。
「何か探しているか?」
とイルルゥが聞いてきた。
赤いライトだけなので全く表情が無いが、怒っているようには聞こえない。
「作業場の練習です。他の星系に行けるかと思って」
「ならば、わたしが導こう」
1分ほど、無言の時間が過ぎた。
それからタカフミは、駅間通信に接続された。
最初は、カーベルザラート駅だった。駅の管制領域の情報。
コカーレンが目を光らせている、惑星や艦船、小惑星、彗星などが見えた。
それから駅間通信を通じて、他の駅の情報が、次々に入って来た。
銀河ハイウェイに沿って、身体が銀河系に広がる。そんな感覚だった。
ある星系に、巨大なリングが見えた。
恒星を取り巻いている。直径は地球の公転軌道と同じくらいある。
「あれは
イルルゥが解説してくれた。タカフミの疑問を感じ取って、聞かれる前に教えてくれたのだ。とても察しが良いMIだ。
「他の星系を直接攻撃できる、超々々長距離兵器として開発された」
「あれ、兵器なんですか!」
「それだけではない。
指環の内側は、広大な農地・居住地になっている」
「人が住んでいるんですか?」
「維持管理に問題があり、放棄された。
その後、断裂した。そのままだ」
よく見ると、7つの破片に分裂している。
「兵器としても・・・確かに隣の星系に攻撃が届いたのだが、
向きを変えられないことが分かった」
「そういうことは、作る前に分かるものでは・・・」
「無駄な大規模プロジェクトの象徴と言われている」
別の星域では、恒星がない所から、強い重力を感じた。
「あそこにはブラックホールの群れがある」
「互いの重力で引き寄せられたんでしょうか?」
「いや。
ブラックホールで発電しよう、というプロジェクトがあった。
そのためにブラックホールを集めたのだ。
その後、プロジェクトは中止になった」
「集めたブラックホールは?」
「そのままだ」
危険だ・・・
銀河系の中央には、高密度の星の集団があった。
そして超巨大なブラックホールも。
「中央は『うちがわ』と呼ばれ、星の人以外は入れない。
タカフミも、ここから先には案内出来ない」
**
自分が銀河系そのものになったような感覚を味わっていると、遠くで誰かが呼ぶ声が聞こえた。
渦状腕の一角にある恒星。
恒星系の、小さな一点である惑星。
惑星の上に、シミのように見える大陸。
そこにある身体、が揺れている。
「もしかして、俺の身体か!」
作業場を停止した。自分自身の身体が、感覚の大部分を占める。
マリウスの左腕で、身体を揺さぶられていた。
「タカフミ、おい、タカフミ!」
マリウスが、タカフミの顔を覗き込む。
タンクトップとタクティカルパンツという姿だった。
「あの時のナハトのようだった。
タマシイが、抜けたような感じだったぞ。
身体を喪えば、全てを失う。気をつけろ」
「すみませんでした」
マリウスを心配させてしまった。謝る。
「その者を連れていくのか?」
ノックも遠慮も無しに、ごく自然な感じで、
マリウスがもう一人、部屋に入って来た。
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