第6-2話:理不尽な扱い

 部屋に入って来た人物を見て、タカフミは息を呑んだ。

 マリウスが2人いる!


 おそらく、アジワブの研究所で負傷した後、夢現ゆめうつつの中で目撃した人物なのだろう。

 あの時、マリウスは黒い軍服。もう一人は黄色い鎧姿だった。

 今回は、わざとなのか? 服も同じ、タンクトップにホットパンツである。


 幸いに(という言い方には語弊があるが)、マリウスは今、右腕を失っている。隻腕でなければ、見分けがつかなかった・・・いや、待てよ。タカフミは、目を凝らす。


 髪は長い。身体の向きを変えたことで、毛先が見えた。床に届きそうだった。

 長髪は、「ヤバい人」を物理的に拘束する戒めと聞いている。

「もう一人」の髪は、くるぶしまで伸びていた。ヤバさMaxなのか!?

 目は? マリウスの右眼は青みを帯びている。この人は、どちらも黒かった。


 そして。タカフミの脳裏に、布の女、ミランダの姿がチラついた。

 思わず、首から下に視線を移すと・・・ある! ミランダほどではないが。性悪王子役のギリクよりも控え目だが。女性と気づけるだけの膨らみがあった。


 その時、「もう一人」がこちらを見た。タカフミの視線に気づく。

 顔のパーツが「動いた」。

 一つ一つの部品が、順番に変形するような感じだった。

 そして「虫を見るような」表情を形作ると、タカフミを見つめた。


「ぐはぁっ」

 タカフミは、呻き声をあげて、膝をついた。胸を押さえる。

「どうしたんだ」

 隻腕のマリウスが尋ねた。

 マリウスと同じ顔に浮かんだ、侮蔑と嫌悪に、タカフミの心は砕けたのだった。


「その者を連れていくのか?」

 もう一人が、もう一度、問うた。

「拡張認識なので、今後も作戦に従事します。

 だから、一緒に聞かせたいのです」

 マリウスが答えた。


「お勧めできません」

 さらに一名、入って来た。金髪を、クルーカットに短く刈り上げた兵士。

 彫りの深い顔立ち。タカフミですら思わず嘆息する男前である。女性だが。

 堂々たる体躯の機動歩兵だ。「もう一人」の護衛だろう。


「では、試そう。

 タカフミ、だったな。

 武器は持っているか」

 タカフミは、腰の護身杖を、両手で掲げて見せた。


「ファルコ」

 護衛が頷き、タカフミから杖を受け取った。

 杖に手をかざして動かすと、空中ディスプレイに内部構造が表示される。

 内部をスキャンする仕組みがあるようだ。


 自分の目でも仔細しさいに眺めてから、ファルコはマリウスに聞いた。

「電力は保持していないようだが、間違いないか?」

「間違いない」マリウスが答えた。

 護衛は「もう一人」に頷いて見せた。


「よし。ではその杖で、全力で襲い掛かるがよい」

 その言葉に、ファルコは困ったような顔をした。

 護衛される立場の人が、自分で試すとは、無茶な話だ。


「あの、この方は?」

 タカフミはマリウスに聞く。

「マクシミリアンだ。

 言われた通りにしろ。誅殺されたくなければ」


 

 選択の余地はなかった。タカフミは覚悟を決めた。

 竹刀のように、護身杖を構える。

 構えた以上は、雑念を振り払い、集中する。


 マクシミリアンが、前に出て、距離を詰めてきた。腕は自然な感じで両脇に垂れている。

 タカフミは、面も着けていない頭部を攻撃する気にならなかった。

 護身杖の先を上げて陽動しながら、胴を狙った。



 5秒後。

 タカフミは地面にうつ伏せで踏み敷かれ、左腕を逆関節で捩じられていた。

「痛いですギブギブ!」

「それがお前の全力か!」

 怒鳴られる。理不尽すぎるとタカフミは思った。


 マリウスが声をかける。

「太陽系とは戦争状態ではありません」

「分かっておる。殺しはしない」

 この人たち、殺さなければ、何をしてもいいと思ってないか!?



 救いの声は部屋の外から届いた。

「あの、ジョセフィーヌが到着しました」

 廊下から、マルガリータが声をかけてきた。ツェレルもいる。

 2人とも青いボディースーツを着ていた。


 マクシミリアンはタカフミを離した。ファルコに向かって言う。

「大丈夫ではないか?」

「はあ、そうですね」


 ファルコは護身杖をタカフミに渡す。

「返しておくが、それには触るなよ。触ったら撃つ」

「はい・・・」



 宿舎の外に出ると、白いポッドが着陸していた。ポッドの前に、ジョセフィーヌが立っている。

 タカフミが以前会った時は、緑のジャケットを着ていた。

 今は、そのスラリとした長身を、情報軍の青服が包んでいる。


 女王然とした態度は影をひそめ、腕を胸に当てて、しおらしく挨拶した。

「ご壮健そうで何よりです、陛下」

「呼び立てて手間を取らせたな。

 MIに聞かれない場所で話す。ついてこい」



 マクシミリアンとマリウスが連れ立って歩く。

 ジョセフィーヌとツェレルが続く。


 タカフミはマルガリータと並んで、少し遅れて4人を追う。


「聞きたいことがあるんだ」

 マルガリータは、にやり、と笑った。

 顔は天使でも、ニヤニヤ笑いをされると、不吉に感じると知った。


「タカフミが考えていることは、分かります。

 おっぱいのことですね」

「違います!

 こんな状況で、いの一番にそんなこと聞きますかっ!」

「聞きそうだね、タカフミなら」

 ツェレルが振り返えり、冷ややかな顔を向けてきた。


「ちょっと、ツェレルまで!? なぜ?」

「ミランダの遺体を持ち帰っただろう」

「それはマリウスの指示です。調査するためでしょ!」


「開いていたんです。胸元が」

 マルガリータが真顔に戻った。

「触りましたね」

「ちちち違います! 自分じゃないです、信じてください!」


「何の話だ?」

 ジョセフィーヌも話の輪に加わった。

「さっきタカフミが、陛下の身体をじろじろ眺めたんです」

「ちょっと言い方!」


 ジョセフィーヌは、前髪を払うと、顔をしかめた。

「お前、地球ほしごと吹き飛ばされたいのか?」

「そんな大ごとなんですか!?」

「気にされているんだよ。太り過ぎだって」

「デスクワークで運動不足なんですかね~?」

「いや。機動歩兵と遜色ないくらい、訓練されているが。

 食事がな。高カロリーで量も多い。

 本人の希望ではないが、そうせざるを得ないそうだ」


 マルガリータは、うんうん、と頷いた。

「そうですよね、銀河皇帝ですもんね!」

「お前、本気で誤解してそうだから、はっきり言っておくが、

 美味いものを喰うために登極とうきょくされたのではないからな」


 それからジョセフィーヌは、タカフミに向かってニヤリと笑った。

「まあ、タカフミも我慢できなかったというわけか」



「それは違う」

 マリウスが戻ってきた。

 エアカーが3台、停まっていた。マクシミリアン御一行と、呼び出された者たちで、分乗する。

「触ったのはわたしだ。

 確かめたかったんだ――本物なのか」

 マリウスは指を曲げた。大きさを思い出しているようだった。


「それに。タカフミは、胸には興味はないんだ」

「そんなはずないでしょ!」

 マルガリータの声が、1オクターブくらい跳ね上がった。


「いや、実はタカフミは、

 男が好きなんだ」


 一陣の突風が、びゅぅぅ、と木々の間を吹き抜けていった。


「ありえない!

 でも、マリウスがなんでそう思うのか、理由を聞こう!」


 マリウスはタカフミを指差した。

「アジワブでアロママッサージを受けた時、女性スタッフを断って、男に替えたんだ」

「へぇー、そんなことがあったの?」


 マルガリータは、ロボット扱いだったので、納戸に入れられて施錠されていた。

 なので、2人がどのような施術を受けたのか、知らない。



「ちょっとマリウス! 自分は・・・」

「言うな」

 マリウスはタカフミを押しとどめると、耳元で囁いた。

「自分の好みを押し殺して、わたしを支えてくれて、感謝している」


”俺の選択は、正しかったのか・・・?”

 タカフミは自問した。あのまま、女性スタッフにお願いすれば良かったのか?

 いや、違う。いつかきっと、この選択が報われる日が来る。

 来るに違いない。来るのではないか。来て欲しい!

 祈らずにはいられなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る