第2-8話:研究所
翌朝。3人は手配された車で、郊外の研究所に向かった。
内燃機関は「再発明」されていたが、ストルミク連邦では航空機にしか使われていない。地上車両は全て電気駆動である。
エレアノが自分の車にマリウスを乗せようとして、運転手と揉める一幕があったが、ポリーヌがうまく言いくるめた。
2台は静かに郊外の田園地帯を抜け、その先の丘陵地へと入っていく。
丘頂の少し手前、肩の部分に、平坦な台地が広がっていた。白い建物がいくつか、寄り添うように立っている。
敷地はブロック塀で囲まれていた。入り口にはスライド式の鉄柵と守衛所があり、そこに研究所の所長が、職員数名と共に待っていた。
社長の判断は仰げなかった。アジワブ社の総帥は、惑星ストルミク上にいない。ゲートを渡って、銀河ハイウェイへの出張の途上にあった。
エレアノへの対応は、現場の責任者として、所長が決めなければならない。
運転手がドアを開け、エレアノが車を降りた。
「急な来訪で驚いております、エレアノ様」
彼は、失礼にならず、かといって媚びるわけでもない、中立的な態度を取った。
一方のエレアノは、精一杯、不機嫌そうな顔をすると、腕を組んで言った。
「一昨日、侮辱を受けました」
エレアノは、アジワブ社の新事業を知らなかった。だが研究所のことを聞いて、ここが何か関係していると踏んだのだ。
決闘の噂は、早くも所長の耳に入っていた。パナウルの役員が、「奴隷商人」という言葉でエレアノを侮辱したという。
戦いの様子は不明だが、パナウル側は一時、人事不省に陥ったらしい。
エレアノへの対応を誤ると、将来、事業の存続そのものが危うくなる。
「大切な技術と知恵が、ここにはあるのです」
「機密の情報を見せろとは言いません。
でも、ここで何が行われているのか。その概要を知りたいのです」
「そちらの方々は?」
「わたしの助言者です。オラティスからいらした、ロボットの専門家です。
この方たちに、中を案内してください」
”ご関心があるのは、人型ロボットの方か”
「では、ご案内します。職員に、各棟の様子を案内させます」
彼が合図すると、守衛が鉄柵を動かした。一行は車で、施設内へと移動する。
**
訪問者向けの展示があり、最初に所長が、研究所の歴史を説明した。
いわく、建築の作業を助けたり、人間に代わって危険な場所で工事を行うために、人型ロボットの開発が始まった、云々。
それから、古い試作機によるデモンストレーションが行われた。
4本足の、首のない獣のような運搬機械。これは人間とは似ても似つかない。
その次の二足歩行機は、シルエットは人型だった。水平に渡された鉄骨の上を、軽々と歩いていく。
続いて現れた、体長が4メートルもある巨大なロボットには、エレアノも目を丸くして驚いていた。
ここで職員が案内役を代わり、一同は隣の棟に移った。
こちらは、広い現場でロボットをどう管理するか、という内容だった。
技術の説明パネルが続き、展示品もちょっと地味である。
タカフミはマリウスに目配せすると、案内の職員に声をかけた。
「すみませんが、少し休憩させてください。
これの充電を行いたいのです」
「ああ、結構ですが。意外とバッテリーが持たないですね?」
「ええ、燃費が悪くて」
「ではこちらの部屋を使ってください」
それから職員は、エレアノに別の方向を示した。
「エレアノ様には、ご休憩用の部屋を用意してありますので、こちらへ」
エレアノはすかさず、マリウスの腕にすがった。
「グラスウェン様もご一緒に」
マリウスはエレアノの顔を見つめ、頷いた。
部屋の前で、エレアノはポリーヌを振り返った。ここが勝負時である。
「今から、グラスウェン様と、とても大切な話があるんです」
するとポリーヌは、眺めていたタブレットから目を上げた。
「左様ですか。ではわたしは廊下で待ってます」
あっさり、2人きりになることを、承諾した。
エレアノは意外だったが、ようやくマリウスと親しく会話するチャンスである。
追及はせず、部屋に入った。
「お茶をお淹れしましょうか?」
「いいです、わたしがやるから!」
ポリーヌを部屋の外に追い出した。ドアを閉める。
ポリーヌは、昨日「施術」を行った女性スタッフから、報告を受けていた。
「付いていませんでした。がっかりです」
なぜあんな恰好をしているのか不明だが、そうであれば、大事には至るまい。
連れのタカフミ氏からは、軍人的な素振りが感じられる。
一方、グラスウェン氏は落ち着いた感じで、暴力は似合わない。
何かあっても、差し違える覚悟で臨めば、制止できるだろう。
この点に関しては、ポリーヌの目は、全くの節穴だった。
**
職員が「30分後に戻ります」と言って立ち去ると、タカフミとマルガリータは、室内を素早く物色した。
ほどなく、構内ネットワークに繋がるポートを見つけた。
マルガリータは、左手のパネルからケーブルを引き出し、ポートに差し込もうとする。
「気をつけて」
「何をですか?」
「昔のSF映画で、こんなシーンがあったなと思って。
ロボットが腕を伸ばして・・・」
突然、青いスパークがマルガリータの全身をおおった。全身が痙攣する。
「しびしびしびしびっ!」
「ちょっと!」
耳と口と襟元から煙が出ている。タカフミは慌てて、マルガリータをポートから引きはがした。
それでもスパークの点滅は続く。痙攣しながら、背中と首が激しく後ろに反り返った。口からは硬直した舌が飛び出すのが見えた。
スパークが消えた。
始まりと同じくらい、唐突な終わり方だった。
マルガリータは、にやにや顔。
「上手く出来てるでしょ?」
「は?」
笑顔のまま、青いスパークに包まれる。
「感電するロボット」
「ギミックはいいから! 早くデータを拾って!」
セキュリティを突破。空中ディスプレイに、データが次々と流れていく。
「職員名簿はありませんか?」
「それは真っ先に見たけれど、さすがに障壁が強くてアクセスできないの」
マルガリータが地図を示した。候補の場所が赤く表示される。12か所あった。
「施設名称から推測すると、リアルな人型ロボットに関係してるのは、この辺りね」
「時間がない。全部見て回れないな」
タカフミ、地図を見ながら唸る。
「そうだ。トイレの利用状況、わかりますか?」
「へ? 使用中ってこと? うーん」
画面をスワイプして、あれこれ検索する。
「さすがにそんな情報はないですよ」
「じゃあ、掃除の記録は?」
「それなら比較的、低セキュリティの場所に・・・」
地図に清掃ログを重ねる。
「これだ。この建屋だけ女子トイレが多い。掃除も頻繁に行われている」
「他の建屋のは、ほとんど稼働していないですね~」
「ここに星の人が・・・流出者がいます」
「建屋の名前は――第11棟ね。行って確かめましょう」
2人は部屋を飛び出した。
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