第3-3話:演習
衝撃の目覚めから2か月後。タカフミは森の中にいた。
星の人の拠点惑星「カーベルザラート」の森林地帯である。
「準備ができたら、飛ばしてくれ」
マリウスが言った。「鎧」のバイザーは透明で、顔が見える。
タカフミは頷くと、作業場を起動した。
白いパネルの上に、ハチドリ型ドローンのアイコンが並んでいる。
全機に起動を命令すると、足元に並べられたドローンたちが、一斉に翼を震わせた。その数、20機。
地図を開く。手首を動かすように、自在に回転させたり、スライドさせることが出来る。手首と違って、回転角度に限界はない。
地図を見ながら、作業場のエージェントを呼び出し、飛行ルートの作成を命じた。
エージェントは、口頭で指示すると、データ処理やデバイス管理を行ってくれる、便利な機能である。
提示されたルート案を承認すると、ドローンは飛び立った。
樹々の間を抜けて、左右に展開していく。
次に空中ディスプレイの投影を命じた。
地図の上に、ドローンの飛行ルートと、3つの「目標」を表示させる。
ディスプレイを自分の手で掴むと、マリウスに見せた。
「ジルは・・・敵は、この川に沿って守りを固めていると予想します」
**
マリウスは、特殊任務を行うために、少人数のチームを編成した。
チーム名は「ガニュメデス」。
指揮官はマリウス、タカフミが副官である。
メンバーは、機動歩兵のギリク。狙撃手としての腕を買われて選抜された。
白い肌に金髪。マリウスより少し背が高いが、機動歩兵としては小柄な部類に入る。
ノーブルな顔立ちで、黙っていれば王子様のようにも見えるのだが。
口が悪く、皮肉や攻撃的な言動で、相手をイラっとさせることが多い。
そしてもう一人。
「エアカーの隠ぺい、終わりました」
一人だけ、緑色の鎧を着た、小柄な姿が戻ってきた。セネカである。
バイザーの中に、短い黒髪と童顔が見えた。
エアカーやヘリなどの操縦士として、チームに参加している。
対海賊戦術群、略して「海賊群」の所属だが、マリウスが頼んで、派遣してもらったのだ。
**
今から、ガニュメデスと仮想敵との、実戦演習が行われる。
演習内容は、簡単に言えば、「缶蹴り」だった。
3つの目標A、B、Cが、約2キロメートル間隔で設定されている。
それぞれ小屋があり、扉をあけると、中にアルミ缶が置かれている。
マリウスのチーム「ガニュメデス」は、このどれか1つを、8時間以内に倒せば勝利である。生死は問わない。
一方、ジルの率いる仮想敵12名は、目標を8時間守り切るか、あるいは「ガニュメデス」を全滅させれば勝利である。
全員が「鎧」を着用する。鎧とは動作補助付き宇宙服、いわゆるパワードスーツである。
武器は歩兵銃。歩兵銃のレーザーが当たった時点で戦死判定となる。
タカフミは、空中ディスプレイを指し示しながら、作戦案を説明した。
3つの目標を囲むように、川が流れている。目標に近づくためには、どこかで川を渡らなければならない。
「目標Aの前にドローン4機を進めて、陽動をかけます。
さらに、もう4機を投入して、人の動きを偽装します。
通常、兵士が操作できるドローンは1機です。なので敵は、我々4人が全員、Aに向かって
「なぜAにする?」
「一番近いのは目標Cです。一方、川幅が広いのはA。
最短ルートを避けて、あえて渡河困難なAに迂回した、と思わせるためです」
「いいだろう。それで行こう」
マリウスは、ギリクとセネカを振り返った。二人とも頷く。
「よし。ではガニュメデス、出撃する」
タカフミはまず、目標B、Cの前で、敵ドローンの動きを観測。
隙をついて、自陣のドローン群を対岸に送り、森の中で潜伏させた。
それから、目標Aの前で、ドローン4機を並べて、川を飛び越えた。
敵ドローン1機が後を追う。
だが、もう1機は川沿いにホバリングして、警戒を続けている。
そこで、4機を旋回させ、ホバリングしている敵機を追いかけた。
6機がもみ合うように、複雑な軌跡を描いて飛び回る。
さらに4機を投入した。こちらは超低空で、茂みや枝を揺らしながら、ゆっくり前進する。
ジルは、目標Cを守る4名のうち、3名を、目標Aに向かわせた。
Aに向けて前進する「ガニュメデス」の、側面を突くためである。
タカフミは、潜伏させたドローンにより、この移動を察知。
チームは、敵の監視を避けながら、手薄になった目標Cへ移動した。
**
目標Cの周辺は、樹々がまばらになり、視界が開けていた。
小屋の周辺には誰もいない。
「こいつぁ、狙撃手が潜んでいるぜ」
目標をクリアするには、小屋の扉を開けて、中に入らないといけない。
こんな状況でのこのこ出て行ったら、撃たれるだけである。
狙撃手一人で防衛できると踏んで、ジルは目標Cの兵士をAに送ったのだ。
「ギリク、お前ならどこに潜む?」
マリウスに問われ、ギリクは周囲をじっと見渡した。
3人は息をひそめて、その姿を見守る。
やがて。
「いました。あの木の梢です」
ハーキフは、木の上で、緑色の迷彩シートにくるまっていた。
「森の中を音を立てずに歩く」の成績が悪く、狙撃の方に回されたのである。
小屋を監視していると、ハチドリ型ドローンが襲い掛かってきた。
「うわっ」
慌てて腕を振って、払いのけようとする。
ハーキフがとるべき行動は、「無視」だった。ハチドリ型ドローンに攻撃力はない。鎧を着ているので、激突されても大したことはない。
敵が撃ってこないのは、まだハーキフの位置を特定していないか、あるいは、射線上に遮蔽物があって撃てないからだ。
だが、ドローンに付きまとわれて、ハーキフは焦った。
頭上に来たドローンを、歩兵銃の銃床で叩こうと、体を起こした。
その瞬間、バイザーが暗転した。被弾を察知した鎧が、透過率を落としたのだ。
「ハーキフは戦死」
判定役のMIの声がした。
「えー!」
「演習が終わるまで、そこで待機」
遠く離れたジルの腕輪が震えた。ディスプレイを表示させると、ハーキフにKIA(戦死)の赤いマークが表示されていた。
「ちっ。Aは陽動だったか」
頭をかいた。
「仕留めました」
ギリクは歩兵銃を降ろすと、マリウスに誇らしげに報告した。
「周囲にも兵士の姿はない」
とタカフミ。
「よし。ギリク、行け。蹴飛ばしてこい」
「了解!」
ギリクは周囲を見回すと、低い姿勢で小屋に駆け寄った。
耳を澄ます。
そっとノブを回すと、静かに扉を開けた。
銃を構えて中を覗く。誰もいない。
「ふっ」
息を吐くと、中に踏み込んだ。
「ギリクは戦死」
その声を聞くのと、頭上に動きを感じたのは、同時だった。
梁の上にスチールが横たわり、銃を構えていた。
黒い肌。ダークブロンドの髪を、頭皮から細かく編み込んでいる。コーンロウと呼ばれる髪型だ。
髪を伸ばして垂らすのは、士官のみである。
だが下士官には、こうした髪型――長いが、垂れていない――が許されていた。
「ずるいぜ、軍曹!」
「これも作戦だ。死体らしく、大人しくしろ」
ギリクが開けた扉から、ドローンが1機、小屋に飛び込んだ。
スチールが、黒い豹のように飛びかかる。
タカフミはドローンに「乗り込んだ」。カメラ(視界)の端に、スチールが振るう歩兵銃が見える。
身体を捩るようにして、歩兵銃をひらりとかわした。
そしてそのまま、アルミ缶に体当たりした。
からんからん、という音を立てて、缶が転がっていった。
「目標C破壊。チーム『ガニュメデス』が勝利条件を達成」
判定役MIが、ガニュメデスの勝利を宣言した。
その裏で。
「しっかりしろ!」
いきなり転倒したタカフミに、マリウスが駆け寄っていた。
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