第3-4話:傷に触れる

「しっかりしろ」

 マリウスが背中にそっと触れた。

 タカフミは荒い息遣いで「大丈夫・・・大丈夫です」と絞り出す。

 うつ伏せに横たわったままで息を整える。

 それから、腕立て伏せをするような恰好で、体を起こした。


「一度、座れ」

 言われて、胡坐をかく。

 傍らでマリウスが、無表情に顔を覗き込んできた。

 一歩離れて、セネカが心配そうに見ている。


 小屋の方から、スチールとギリクが歩いてくるのが見えた。

 ハーキフは木の上から、ワイヤーを使って降りている。



 ドローンに「乗り込む」と、自分の身体のように、加速や傾きを感じ取れる。

 素早い対応と繊細な操作が可能になるが、その代わりドローンにかかる衝撃をもろに感じてしまう。

 缶に体当たりした後、地上を転がったショックで、卒倒してしまったのだ。

「もう大丈夫です。二重の身体感覚で、少し混乱しただけです」

 そう言って、タカフミは立ち上がった。



 しばらくして、ジルや他の機動歩兵たちも、目標Cに集まってきた。

 演習後のブリーフィングを行う。


 タカフミがドローン4機を目標Aに進行させた時、スチールは、その整然とした動きに違和感を感じたという。

 そこで、わざと目標Cに隙を作ることを、ジルに提案した。

 兵士3名を移動させる間に、スチールはドローンに見つからないように、密かに目標Cに移動し、小屋に潜んだのだ。


「スチールは大したもんだな」

「勉強はジルより出来る。それは間違いない」

「タカフミのドローン運用も見事でした。最後の操縦は意表を突かれました」


 スチールとタカフミとマリウスが、ドローンの活用方法について議論するのを、横でジルとブリオが眺めていた。

「20機か。すげーな」

「でも、なんで人がやるんですか? MIにやらせりゃいいのに」

 ブリオは、タカフミが手術を受けたのが、納得いかなかった。

「必要だからだ。上がそう判断したんだ。

 兵士よ問うなかれ、だな」



 演習の振り返りが終わった。

「ギリクとセネカは、ジルたちとトレーニングを続けてくれ。

 タカフミ、作戦の検討を行うぞ」


 宿舎に入り、2人きりになると、マリウスはタカフミの体調を気遣った。

「本当に大丈夫なのか? 異常はないのか?」

「大丈夫です。心配させてすみません」

 タカフミは、頭をかいて苦笑した。


「ストルミクでの負傷は、死んでもおかしくない重傷でした。

 それなのに助かって、幸運だと思ってます。

 ただ・・・」

 言葉を切り、こめかみの傷跡に触れた。もう髪に隠されている。

「なぜ脳手術したのか、その理由は、知りたいです」


 マリウスは、ためらいがちに腕を伸ばすと、再び、傷跡に触れた。

 白い指が、こめかみや額をなぞった。

 手術痕に触れながら、言った。

「MIの支援なしで活動するためだ」


          **


「我々にとって、MIは空気のようなもの。

 生まれた時から一緒にいて、あるのが当たり前なんだ。

 当たり前すぎて、存在を忘れることもある。


 例えば、艦MIだ。エスリリスは艦内を隈なくモニタリングしている。

 呼びかければ、人がどこにいて応答する。

 エスリリスの場合は、地上作戦も支援する。


 建物にもMIがあって、エレベータや清掃ロボットを管理している。

 エアカーを操縦するのもMIだ。

 通信もMIが経由するし、体調管理にもMIが関わっている」

「体調も?」

「そうだ」

 マリウスは、左手の腕輪を上げた。


「腕輪が生体情報を記録している。食事の内容も。行動履歴も」

「そんながんじがらめで、息苦しくないですか?」

「息苦しい?

 そんな風に感じたことはないな。

 MIが、人間の行動に、あれこれ口をはさむことはないから。

 むしろ、いつでも質問に答えてくれて、手伝ってくれる仲間、という感じだ」

「会話も記録されてますよね」

「そうだが、話した内容を、とやかく言われることはない。

 軍務さえきちんとこなせば、何を言っても自由、という風潮なんだ」


 マリウスは、右頬をなでた。

「ただ、MIのせいで、いや『MIのおかげで』と言うべきかな、嘘が通用しない」

「そうなんですか?」


「例えば、そこのドアを壊したとしよう。

 そんなもの、すぐに交換されるし、隠す必要もないのだが。

 まあ仮に『やっていません』と答えたとしよう。


 壊した人間が分からなければ、行動履歴が調査される。

 すぐに誰が壊したか分かる。


 嘘をついても、調べればすぐ分かるから、誰も嘘をつかない。

 結果として、相手を疑うこともない。

 人の言葉を、すぐ信じてしまう」


 それはタカフミも感じていた。

 星の人は、良く言えばとても正直で素直である。

 悪く言えば、純真で単純すぎる。

 もう少し、警戒感があってもいいんじゃないか。これでよく生き延びてこられたな、と不思議ですらある。


 観戦武官として、星の人の歴史も、しっかり把握すべきだ。

 改めて気を引き締めた上で、タカフミは話題を元に戻した。


          **


「MIの支援なしで活動が、なぜ必要なんですか?」

「その理由は・・・」

 珍しくマリウスは言いよどんだ。

「説明できない。教えるわけにはいかないんだ」


黄衣こうえの人と関係があるんですか?」

「黄衣の人って、なんだ?」

「黄色い鎧を着た人です」


 しばしの、沈黙。

「見ていたのか?」

「夢かと思っていました。

 ・・・同じ顔だったので」


 マリウスはため息をついた。

 いつもの、無表情で息だけ吐き出す仕草である。


「かつて、帝都で会って、

 わたしがクローンであると教えてくれた人だ。


 その人に命じられた。『アナクレオンを探れ』と。

 今は、それ以上は、言えない」

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