第3-5話:変化

 タカフミは、忙しい訓練の日々を送っていた。「作業場」を使ったデバイス制御や、チームメンバーとの連携を、繰り返し練習している。


 ドローンの運用について、マリウスやメンバーと議論する。運用方法を見直して、演習で試す。そういった試行錯誤を繰り返してきた。

 加えて、体力づくりや、格闘戦の訓練、「鎧」の教習もあった。



「タカフミ、治ったのね」

 一日の訓練を終え、宿舎に戻ったところで、 背中に懐かしい声を聞いた。


 脳裏に浮かんだイメージは「金髪の天使」である。

 きらきらと輝くプラチナブロンド。無邪気で、貪欲さなど全くない(ように見える)微笑み。

 胸のふくらみが、少々、天使のイメージを冒涜している気がする。でも、無くなって欲しいなどとは露ほども思わない。

 そんな姿を思い出しながら振り返った。

 だがそこに、マルガリータの姿はなかった。


 女性が1人いた。肩まで伸びた金髪を揺らしながら、微笑んでいた。

 でも、予想したカタチと一致しない・・・


 胸は相変わらず大きい。なのにその大きさが、全く気にならない。

 なぜかと言うと、目立たないからである。他の部分とあまり変わらない。樽型体型とも言う。

 二の腕は、ぽっちゃり、というかムッチリしていた。くびれもある。あんな形で、ちぎって食べるパンが地球にあった。

 パンと言えば・・・優しい微笑みは健在だが、頬は、子どもたちに分け与えられるくらいに、膨らんでいる。幅が従来比で2割は増えているような・・・

 体にぴちっと合ったボディースーツではなく、サリーのような、ゆったりとした布をまとっていた。


 総じて言えば、「相撲取り」のような人物が立っていた。



「どちら様でしたっけ?」

「ひどい! 戦友の顔を忘れたの!?」


 すると、傍らのマリウスが前に出て、マルガリータの耳元で何か囁いた。

「・・・なので、認識に齟齬が出ているのかもしれない」

「そんな! 甘やかすと、何でも脳手術のせいにしますよ、きっと!」

 甘やかされた記憶はないんだがな、とタカフミは思った。


「それはそうと」

 マリウスは、マルガリータの頭からつま先まで、遠慮なく眺め、

「もう少しで2人に分裂できそうだな」

「人をアメーバみたいに言わないで!」


「いったい何があったんです?」

「仕事ですよ、仕事!」

 マルガリータは、惑星テロンで「査察」を行っていたのだ。


          **


 テロン人は長年、銀河ハイウェイで運搬される資源を、略奪していた。

 マリウスたちは先の作戦で、「もう略奪しません」という合意を取り付けたのだが。一度、反故にされたこともあり、定期的に「査察」を行うことになった。


 合意に至るまで、時間がかかった。業を煮やしたマリウスが、小惑星をテロンのそばに置いたのである。約百年後、惑星に激突する。合意を百年遵守したら、小惑星を除去することにした。


 テロン政府としては、「本当に、本当に、除去してくれるんですよね?」と気が気でない。

 そこで、査察に来た使節に、テロンの文化芸術をPRして、「失うには惜しい」と思ってもらうことにした。

 出来ることなら、除去を前倒ししてもらいたい。

 ということで、国家の総力を挙げて「歓待」したのである。



 テロンは男性優位な社会であり、高位高官は男子に限られている。

 伝統的に、歓待の場には、美女の舞などが用意されていた。

 だが「第一天使さま(マルガリータは、惑星テロンではそう呼ばれている)に、女の舞を見せても意味がないのでは?」と気づく者があり、大慌てで惑星中の美男を集めた。

 マルガリータの趣味が分からなかったので、それこそ偉丈夫から、花も恥じらうような美少年まで、「各種取り揃えて」て待ち構えたのである。


 結局、使節は完全な「花より団子」型ということが判明した。

 惑星政府代表のリークァイが「使節殿、今度こそ、太って頂きますぞ」と言うと、マルガリータは「望むところですわ」と即答したのだった。



「会議とか見学とか、一つ終わるたびに、点心やデザートが出てきて。

 もう、大変だったんです」

「食わなければいいだろ」

「どれもこれも、貴族諸家の自慢の一品なの!

 食べずにいたら、担当の女の子がすがってきて。

『食べて頂けなかったら、わたしは打ち首です』とか、泣いて訴えるんですよ。

 もう、食べない訳にはいかないじゃないですか。

 外交はね、複雑な利害関係を調整する、戦いなんです。

 わたしは戦ってきたの!」


 機動歩兵隊長のジルと、情報軍のツェレルが、連れ立ってやって来た。

「おまえ・・・」

 ジルはマルガリータを見て絶句。

「マリウスの鎧に入れて蓋したら、搾れるんじゃねーか」

「搾らなくていいところまで潰れそうだから、止めて」

「いくらなんでも食い過ぎだ。遊んできたのか?」

「肥満は情報軍の職業病なの!」

「そうなんですか、ツェレルさん」

「違います」

 ツェレルはにべもなかった。


「ちゃんと体重は落とせ。このままでは、鎧を着れないだろ」

「はいはい。分かってますよ~」

 マルガリータは、宥めるように手をひらひらさせて笑った。

 切羽詰まった感じが全くしない。


「惑星ストルミクで、食べられなかった反動でしょうか?」

 マルガリータの後姿を見送りながら、タカフミは呟いた。

「まあ・・・いずれああなる運命だった、という気がする」


          **


 一週間後。

 ツェレルに呼ばれ、タカフミとマリウスが会議室へ行くと。


 すっかり元の体型に戻ったマルガリータが、ドヤ顔で笑っていた。


          **


「狐に包まれたような顔ですね、タカフミ」

「つままれた、だ」

 マリウスが突っ込む。

「鳩に銃撃されたような顔ですよ~」

「撃たれるのは鳩の方で・・・いや、そんなことはいいです!」

 タカフミは両手を動かして、「ぼっ、きゅっ、ぼん」な体型を描いた。

「おかしいでしょう、わずか1週間でその変化は!」

 マルガリータは、口に手を当てて「ほほほ」と笑った。


「肥満は情報軍の職業病、と言いました」

 隣でツェレルが、首を振って否定している。

「体内に蓄積された脂肪を、燃焼させるのはとても困難です。

 任務で『やむを得ず』太ってしまう将兵を救うため、

 情報軍の総力を挙げて、これを開発したのです!」


 じゃっじゃじゃーん、と口ずさみながら、白い錠剤のようなものを取り出した。

 直径は3センチ、厚みは1.5センチくらいある。

「これを、口から飲むんです」

「錠剤にしては大きいな」

「窒息する事例があり、穴が開いてます」

 この激やせぶり。タカフミには、ヤバい薬にしか思えなかった。


「心配そうな顔をしてますね。害はありません」

 すかさずビーカーを取り出した。水が入っていて、撹拌棒もついている。

 説明する気満々だったようだ。準備がいい。


「こうして身体の中に入ると、活性化します」

 錠剤を水の中に落とし撹拌。すると、溶けて見えなくなった。

 いや。よく見ると、水に動きがある。

 何も見えないが、何かが流れている。


「小さすぎて肉眼では見えません。

 これはナノマシン。超微細な機械なんです。

 この機械が、蓄積された脂肪を、文字通り『削り取って』、体外に排出してくれるんですよ!」

 どうだっ、とばかりに胸を反らした。

「難しい正式名称もありますが、ニックネームは『ナイシキール』です」

 身体を、物理的に侵蝕する仕組みだった。


「すごいと思いますが、その・・・

 ナノマシンって、もっと別な用途があるのでは?」

「本来は、治療用です。

 わたしが麻酔銃から素早く立ち直ったのも、これのお陰なの。

 タカフミにも使われたんですよ」

「それ、自律で動くんですか?」

「治療のように難しいことは、外部からの制御が必要です。

 タカフミの場合は、医療ユニットが制御したはず。

 毛細血管とか、神経とか、細かい所を、身体の内側から修復したんです」


「作戦中に使えたら、重宝しそうだな」

 とマリウス。

「タカフミ、『作業場』に制御プログラムを組み込んでくれ」

「了解です」


 それからツェレルに向き合う。

「それで、用事って何だ?」

「ああ。ごめん。

 すっかりマルガリータの話に呑まれていた」

 ツェレルは、ぱん、と両手を合わせた。

「情勢が変化した。ナハトだ。あの流出者。

 居場所が分かった。

 オストロミルという、別の企業にかくまわれている」

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