第3-2話:検査
「歩けそうか?」
促され、ベッドの脇に足を降ろす。大きく息を吸ってから、立ち上がった。
3か月寝たきりだったとは思えない。
だが素振りの動作をしてみると、軽く息が上がった。
やはり体力は、落ちているようだ。
「少し痩せたようだな」
「鍛え直しだ」
脇で見ていたマリウスとジルが、感想を述べた。
「歩けます」
「では、こっちへ」
マリウスは廊下を指さすと、腕輪を触りながら歩き出した。すぐ後ろをブリオが追う。タカフミも従った。最後にジルが続く。
「目覚めた。連れていく」
腕輪に向けて話す。
廊下に面して診察室があった。
部屋に入ると、白衣の女性がデスクに向かっていた。背が高くて肉厚で、白い肌に暗めの金髪。
この体躯、どう見ても機動歩兵だな、とタカフミは思った。
女性は空中ディスプレイから視線を外すと、振り向いた。右頬に、獣の爪で引っかかれたような、赤い傷が3本、走っていた。
「この人はヘゼリヒ。軍医だ。検査してもらう」
「よろしくお願いします」
紹介されて、タカフミはお辞儀した。
ヘゼリヒは頷くと、丸椅子をタカフミに示す。
それからマリウスを見上げた。
「終わったら知らせるから。突っ立っていなくてもいいぞ」
「では、任せる。タカフミ、後でまた、話そう」
そう言い残すと、ジルとブリオを連れて、出て行った。
**
検査のやり方は、地球と大差はなかった。目や口を覗き込み、胸や背中を聴診した。採血やX線撮影は無かった。実施済だったのかもしれない。
「自分は、どんな状況だったんですか?」
診察結果を入力するヘゼリヒに、タカフミは尋ねた。
「肝臓がばらばらになって、肺に穴が開いていた」
「肺も、ですか」
そこは記憶にない。
「殺されかけたんですね」
「いや、違うな」
ヘゼリヒはタカフミに向き直った。
「かなりの手練れだったらしい。殺すつもりなら、心臓を一撃だ。
マリウスを足止めしたかったんだろうな」
「手当はマリウスが?」
「いや、マルガリータが止血したと聞いている」
「マルガリータは麻酔で寝てましたよ?」
「その辺りの詳しい事情は知らん」
ヘゼリヒは、脛や足首にも触れた。
「大丈夫そうだな。何か自覚症状はあるか?」
「いえ、何の痛みもありません」
3か月で、そんな重傷が完治するものだろうか。タカフミは疑問に思った。
だが星の人は、目や四肢すら再生させる。
すごい治療方法も持っているのだろう。
「次は、そこで横になってくれ」
タカフミが横になると、ヘゼリヒも椅子を動かして、診察台に近寄った。
それから空中ディスプレイの対角を持って、左右に引っ張る。
ディスプレイが、半折の新聞紙くらいに拡大された。実に便利だ。
これを見ていると、星の人の世界に戻ってきた、という実感がわく。
「横になってもらったのは、転倒して、また怪我するのを防ぐためだ」
「転倒の危険があるんですか?」
「ああ」
ヘゼリヒはディスプレイの向きを変え、ファイルを呼び出す。
「猿でもわかる 初めての脳インプラント 0.2版」というタイトルが見えた。
「えーと、初期状態だから、外部ポートが開いているはずだよな・・・
よし、心を落ち着けて、じっとしていろ」
「あの、何を?」
「頭の方も正常に動いているか、検査するんだよ。
安心しろ、痛みはない」
ヘゼリヒが、手元の小さなディスプレイを操作。
すると、タカフミの視界が揺れた。魂が体から抜けるような――身体が遠ざかっていくような――不思議な感覚があった。すぐに元に戻った。そして。
「うっ、うわっ、何だ!?」
思わず叫んだ。
黒くて丸いボタンが見えたのだ。白い背景の中に浮いている。
両目を瞬き、視線をせわしなく左右に動かした。
視界には診察室の風景が映っている。診察室には何の変化もない。
なのに、見えている。
左右の目とは違う場所に、ボタンが見えている!
「これは拡張認識だ。脳の認識野が拡張されている。
頭に、3つ目の目玉をつけたと思えばいい」
ヘゼリヒが、ディスプレイを指でなぞりながら、説明した。
頼りの綱の軍医が、「初めて」マニュアル(未完成)を読んでいる。
見ていると不安になるので、タカフミは両目を閉じた。
それでもボタンは消えない。
「黒いボタンに視線を固定しろ。3秒以上だ」
視線を示す十字カーソルを、ボタンに合わせる。
黒いボタンが消えた。
「キャリブレーション完了。『作業場』を起動」
代わりにメッセージが表示された。それも消えた。
「なぁぁぁー!?」
広大な白い壁が、「新しい視界」いっぱいに広がった。
「落ち着け! 深呼吸!
痛みはないか?」
「あ、ありません!」
「白くてデカいパネルが見えているな?
それが『作業場』だ。
その作業場を介して、お前の脳を、各種デバイスに接続できる。
データを見るだけでなく、デバイスを身体として『感じる』ことが出来る」
ヘゼリヒは、翼が生えたボールのようなものを取り出した。ハチドリ型ドローンだ。
スイッチを入れると、タカフミの「作業場」に、ドローンのアイコンが現れた。
「ドローンが見えたか?
今度はそれをじっと見るんだ」
アイコンを凝視すると、体が――身体とは別の、小さな体が、ドローンに乗り込むような感覚があった。
そして「作業場」の白いパネルが消えた。「新しい視界」が、診療室の景色に切り替わる。診察台の上に横たわる自分が見えた。
左右の目は、ヘゼリヒの手の中のドローンを見ている。
なのに、同時に、ドローンのカメラで、自分が見えているのだ!
口を開けて呆然としていると、
「見えているか?」
ヘゼリヒはそう言いながら、ドローンを持った腕を振り回した。
巨人に、身体を摘まみ上げられたような感覚。
「あれ? 見えていないのか?」
今度は手首を上下に素早く動かした。
タカフミは、身体を紐の先に括りつけられて、ぐるぐると振り回さたような感覚を味わった。
「ちょっと、止め・・・」
皆まで言い切れずに、両手で口を押えた。
「これを使えっ!」
ブリキのバケツが飛んできた。妙に懐かしいデザインだった。この状態で受け止められた自分は偉いとタカフミは思った。
激しく嘔吐した。
**
「すみません」
「このくらいで、いちいち気にしないさ。
寝ている間の面倒も、みていたんだ」
「ヘゼリヒが手術を?」
「わたしじゃない。術後の面倒をみただけだ」
「重くなかったですか」
「『鎧』を使った」
介護に兵器を使ったのか。合理的かもしれないが、なんだか凄い。
「タカフミの脳には、インプラントが埋め込まれている。
そいつによって、認識野が拡張されたんだ」
「拡張、というのは?」
「地球人の言葉で『ホムンクルス人形』というのを、聞いたことはあるか?」
「ありません」
「そうか。
うーん、まああれだ、脳には身体感覚を司る部分がある。
敏感な部分、例えば手なんかには、広い範囲が割り当てられている。
お前が関わったアジワブ社の技術は、この部分を、デバイスの制御に切り替える技術だ」
「そんなことしたら、体を動かせなくなるのでは?」
「その通り。アジワブの技術は、被験者から身体認識を奪って、代わりの機能を植え付ける技術だ。
タカフミの場合は、インプラントにより、新しい認識野が『増設』されている。
なので、体を感じたり動かすのにも、何の支障もない。
理論的には、200個のデバイスを制御できる」
「そんなに!?」
「ああ。もう一度やってみよう。
今度は、ドローンを飛ばしてみろ」
ドローンに接続して、意識を凝らすと、「翼」や「脚」の感覚が生じた。
翼を動かしてみた。すると、一気に浮上し、視界が大きく流れた。
そのまま天井に激突。反射的に、顔を守るように腕を上げた。
続いて、落下する感覚があった。
背中から地上に落ち、バウンドし、地面をごろごろと転がる感覚。
「う、うぷっ」
ヘゼリヒは、バケツを投げずに手渡した。中に入っていたから。
「いちいち、デバイスに『乗り込む』な。体がもたないぞ。
自律型の装置は、命令すれば動く。『口』を使え」
新しい視界の中に、もう一つの「口」を感じた。
その口で話しかけると、ハチドリ型ドローンがステータスを応答。
「立て」と命じると、短い脚と羽を器用に使って、機体を水平に戻した。
飛行目標を自分の胸の上に設定すると、飛び立った。
胸の上に到達すると、アクションリストが表示された。
「旋回」と言うと、ぐるぐると回りながら、周囲の画像を送ってくる。
「自分の口も動かしているぞ」
ヘゼリヒが、自分の唇を叩きながら言った。
「頭の中の口を使えば、声を出さずに通話もできる」
「こんな、二つの身体、同時に動かせないです」
「そんなことはない。どちらもお前の一部になったんだ。
右腕を動かす時、左腕を止めるか? 同時に動かすだろう?
滑らかに動かすためには、慣れるしかない」
そしてヘゼリヒは、腕輪でマリウスに通話をかけた。
「身体は問題ない。ただし、なまっているぞ。
生理検査のデータも格納した。
インプラントは機能している。今は下手すぎて使い物にならない」
タカフミの腕輪が鳴った。マリウスが映像付きで通話してきた。
「問題ないと聞いて安心した。
明日から特訓だ。体も頭もな」
顔を見せて言ってくれたのが、優しさなのだと、タカフミは思うことにした。
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