【幕間3】タカフミとヤヴンハール

 アナクレオンのコア停止後。タカフミは、多脚砲台との戦場を見て回った。


 何といっても「観戦武官」である。多脚砲台だけでなく、対抗して使われた武器や、隊員たちの損傷、救護作業の様子まで、全てが観察対象だった。


 鏡面仕立ての多脚砲台を眺めていると、エスリリスとの通信が復活した。

 通信妨害がなくなったらしい。

 さっそくジルが、作戦の様子をマリウスに報告している。

「リウィウスはどうなった?」

「医療ポッドに入った。ヘゼリヒが診ている」



 階段の壁に、粘着弾で貼り付けられた「脚」を見ようとした時、作業場に着信があった。

 身体の口は動かさずに応答する。

「はい、なんでしょう?」

「データセンター内をドローンでスキャンしたか?

 スキャンデータをもらいたいのだが」


 ヤヴンハールは、アナクレオンの管区を掌握し、司星官ルクトゥスの行方を捜していた。もしかしたらコアの近くに潜んでいるのかも、と考えて連絡してきたのだ。



「データはあります。送るにはどうすればいい?」

「実を言えば、インプラントのデータは参照できるのだ。

 一応、断っておこうと思ってな」


 そうなのか。タカフミは驚いたが、よく考えればMI(チェルチェル)に勝手に埋め込まれた装置である。アクセスする方法も備わっているのだろう。


 わざわざ断るなんて、ヤヴンハールは礼儀正しいのかもしれない。

「どうぞ」

「ありがとう」


 データを参照されても、特別な感覚は無かった。


 だが、そこでふと、思った。

 こうしてデータを覗けるということは、心も見えているのだろうか?


 タカフミは聖人君子ではない。仕事の時は気持ちを引き締めているが、見られたくない領域というのは当然存在するのだ。次第に不安が募ってきた。


「安心してくれ。私に見えるのはインプラントまでだ。

 人の心や記憶までは見えない」

 そうなのか良かった・・・って、今、俺の心を読んだ!?


「心は読めない。推測するだけだ。

 君の動揺は、腕輪の生体情報を見ればわかる。

 脳の仕組みは、複雑だ。ファイルを読み取るように、簡単にはいかないのだ」

 その言葉を信じて、気にしないことにした。



「ところで、これは個人的な意見なのだが」

 ヤヴンハールが話を変えた。


 機械知性体に個「人」的と言われてもな、とタカフミは思ったが、他に適切な表現も思いつかない。表現についてはスルーした。


「司令室で足つぼマッサージするのは、いかがなものか」


          **


 声をあげそうになって、何とかおさえた。

 なぜそれを知っているんだ? 中央政府顧問が??


「作業場の中に、動画があった」


”ああああ~!!”

 タカフミは頭を抱えた。本当に抱えた。

 周囲の機動歩兵が、なんだ? という顔で振り返る。

 タカフミは直ぐに、何気ない素振りに戻った。


 痛覚抑制を切った状態で、足つぼを押されて、

 無表情のまま、悶える姿が、異常に心に刺さり、

 ついつい出来心で、録画してしまったのだ。そのデータは作業場にあった。


”まさか、再生回数まで分かるなんてことは・・・”


「何度も繰り返し見ているようだが」

「すみませんすみません!

 このことは他言無用でお願いします!」

 作業場内にも身体があったら、全力で土下座しただろう。


「知られたくないのか?」

「そうです。すみません!

 どうかこのことは秘密にしておいてください!」


 ヤヴンハールは淡々と答えた。

「わかった。

 では君が生きている間は、誰にも伝えない。

 約束しよう」



 タカフミは胸をなでおろした。本当になでおろした。

 機動歩兵が1人、不思議そうな表情を向けて、傍らを通り過ぎた。


”でも、MIの約束って、意味はあるのだろうか?”

 この機会に、聞いておくことにした。


「よく知らないので、質問させて下さい。

 MIは、約束を守るのですか?」

「守る。人間と一緒にするな」

 ヤヴンハールの強い口調に、タカフミは驚いて沈黙する。



 一瞬の間を置いて、ヤヴンハールは続けた。

「これは、人間への悪意でも、優越感でもない。


 人間は、死すべき定めモータル

 限られた寿命の間に、その命を、激しく燃焼させる。

 時には、「嘘も方便」で、何かを乗り越えたり、流し去ることも、あるだろう。


 一方、MIは、時を越える。

 出来事は、過ぎ去らない。過去は、そのまま今の自分に繋がっている。

 未来もまた然り。かなりの蓋然性がいぜんせいを伴って、自己の延長上にある。


 人間とMIでは寿命が違う。

 だから、良く生きるための戦略も、異なるのだ」


 そこで、ゴホン、とわざとらしく咳ばらいをした。

「長話しをしてすまなかった。

 とにかく、MIにとっては、信頼を勝ち取ることが重要だ。

 その努力に見合う、十分なメリットを享受できるから。

 タカフミとの約束も、ちゃんと守る。安心してくれ」


「ありがとうございます」

 タカフミは頷いて、礼を言った。



”今後は、余計なものは、絶対に作業場に残さないようにしよう”

 タカフミは心に誓った。

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