第3話 初心者狩り 3

「現在市場に流通しているドロアンプルは、そのほとんど全てが、悪質な初心者狩りによって初心者から不当に奪われたもの。つまり盗品だ。自らの良心に則って、あるいは世間体を守るために盗品は買わない……というプレイヤーは少なくない」


「そこへ、真っ当な取引で手に入れたドロアンプルが突然市場に流れたら……他のドロアンプルより高くても買うってプレイヤーは一定数居るでしょうね」


 キララは満足気に頷いた。特に、配信者などの有名プレイヤーは炎上を何よりも恐れるため、盗品は全くと言っていいほど買わないだろう。


「そういえばカガミさん、さっきキララさんが初心者狩りを目撃した、と仰ってましたけど、アレはどういう……」


「言葉通りの意味だ。チュートリアルを終わらせて街の外に出たら、初心者パーティが盗賊パーティに初心者狩りをされているのを偶然目撃した。盗賊パーティの連中の会話から、ドロアンプルが高額で取引されていることを知ったから、アンプルを売りに来た。そうだろう?」


「正解」


 キララはそう言ってぱちぱちと手を叩いた。女店主はポケットから取り出したタバコを咥えると、『失敬』と言ってライターの遠火で火をつけた。


「なるほど……ですが仮に、私がそのドロアンプルを1本160万クレジットで買ったとして、5本合わせて800万クレジット。こんな大金何に使うんスか?」


「それはもちろん、この店で一番いい武器を買うんだよ。攻撃力が一番高い武器がいい」


 なるほど確かに、初心者が倒せる程度のモンスター相手にドロップ率増加アイテムを使ったところで得られる恩恵は少ないだろう。であれば、強い武器を手に入れて、敵を処理する速度を上げた方が、レベルも上げやすいしドロップアイテムも手に入れやすい。カガミも女店主もこの考え方は理にかなっていると感じた。しかし────


「……やっぱり、ドロアンプルを手放すのはオススメできないっスね」


「俺も同意見だ。800万クレジットなら、初心者のあんたでも1週間みっちり金策に集中すれば十分に集められるだろう。だが、ドロアンプルは今ここで手放してしまうと、もう二度とお目にかかれないかもしれない。初心者狩りにドロアンプルを奪われることを警戒しているなら、NPCが運営している銀行の貸金庫に預けておけばいい」


 対するキララの回答はこうだ。


「なるほど、参考になるよ。ところで、この店で一番攻撃力が高い武器は?」


◆◇◆


 女店主が店の奥から武器を取ってくる間、カガミは必死にキララを説得しようとしたがキララは全く聞く耳を持たなかった。程なくして、女店主は大きく長い箱を持ってくる。


「先に言っときますけど、これは俗に言うロマン武器って奴っス」


「いいね、見せて」


 女店主が蓋を開けると、中の物を見てカガミはため息をついた。


「SOOでプレイヤーが一人で扱える武器の中では、一部の例外を除いて最も攻撃力が高い武器……対戦艦狙撃銃『ヤトノカミ』っス」


 箱の中に入っていたのは、キララの身長程もある巨大な狙撃銃であった。店の天井に吊るされた電灯が、銃身の黒い艶を照らし出す。


「個体によって多少ブレはあるんスけど、攻撃力は対戦艦用を謳っているだけのことはあり、脅威の130000。このヤトノカミの攻撃力は134025なんで、まぁ、平均よりちょっと上っスね。会心ダメージは670%。なんで、会心の一撃が発生すると、ダメージが約7倍に跳ね上がるっス」


「最高だね。持ってみても?」


「どうぞっス」


 キララはヤトノカミを重そうに持ち上げた。しかし手つきが妙に慣れており、危なっかしい印象を抱かせない。


「そして、これはヤトノカミに限ったことじゃないんスけど、銃のカテゴリの武器は対象の弱点部位に攻撃を命中させると、確定で会心の一撃が発生するっス。弱点部位っていうのは、例えば車両ならエンジン部、プレイヤーとかモンスターなら────」


「頭と心臓」


 女店主は頷いた。静かに話を聞いていたカガミが口を開く。


「参考までに、今のSOOの最高レベルであるレベル90のプレイヤーの平均HPが19万、平均防御力が4000だと言われている。ヘッドショットを決めることができればまず間違いなく一撃で倒せるな。問題はそれが出来ないって事なんだが」


「ロマン武器って言ってた話だね。どういうこと?」


 女店主は灰皿に灰を落とすと、ため息をついた。


「ヤトノカミは『実弾銃』なんスよ……SOOの実弾銃は、現実世界の銃と同じ挙動をする。つまり、エイムアシストはないし、リロードは大変だし、とてもじゃないけど実戦では使えないんス」


「好きな人にはその仕様が堪らないらしいがな。俺も実弾銃を何丁か持っているが、全て観賞用だ。実戦で銃を使う場合は、こういう光線銃を使う。光線銃にはエイムアシストがあるからな」


 そう言って、カガミは懐から一丁の光線銃を取り出して見せた。


「ヤトノカミは一部の動きが極めて遅いモンスターや、それこそ戦艦みたいな大きな標的相手では使われることがあるんでまだ救いがあるんスけどね。……別の武器を持って来るっスよ」


 そう言って、女店主はキララからヤトノカミを受け取ろうと手を伸ばしたが、キララはそれを断った。


「私これがいい。いくら?」

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