第21話 粘着PK 13

「……あかりさんに、SOOの配信をやめてもらうためです」


「っ……!」


 あかりは動揺を隠しきれていなかった。無理もない、1番信頼していたマネージャーであるヤマモトが、そんなことを言ったからだ。


「……今回の件で唯一分からなかったのが、ヤマモトさんがあかりちゃんに粘着PKをした理由なんだよね。第三者目線だと、ヤマモトさんは配信者思いのマネージャーに見えたから」


 粘着PKとしてあかりの配信の邪魔をしながら、マネージャーとして粘着PK事件の解決のために奔走する。ヤマモトの行動は矛盾に満ちていた。


 ヤマモトは静かに口を開いた。


「……先日、あかりさんが会社のスタジオでオリジナルソングの収録をしていた時でした。盗み聞きをするつもりはなかったんですが、楽屋で同期の配信者の方と話していることを聞いてしまったんです……『SOOみたいな殺伐としたゲームは苦手だ』……と」


「っ! そ、それは────!」


 思い当たる節があったのか、あかりは狼狽えた。


 それはキララやノワールも気にしていたことだった。キララ達がヤマモトを追い詰めるまで、ヤマモトのことを疑いもしなかったお人好しのあかりは、本当にこのゲームを楽しめていたのだろうか……と。


 SOOは世界観設定こそ浪漫あふれる華やかなSFだが、その実態は、殺し殺され騙し騙されの殺伐としたMMOだ。ゲームを始めた途端に、初心者をカモにしたぼったくり商店街とドロアンプルを狙う初心者狩りに出迎えられるのがSOOなのだ。おそらくあかりは、SOOに張り巡らされた罠という罠全てに引っかかってきたことだろう。ゲームをプレイしていて『楽しくない』と感じた時間はそう少なくなかったはずだ。


「しかし、あかりさんのSOO配信は人気がとても高く、会社の利益を考えればこの配信をやめて頂く訳にはいきません。ですが、私はマネージャーとして、あかりさんに、会社の都合など気にせず、本当にやりたいことをやって欲しかったんです……」


「それで、SOO配信の邪魔をしたと?」


 ヤマモトは静かに頷いた。


 『そのくせにあかりの信用を損なわないよう、粘着PK対策に奔走するなど、虫が良すぎる!』『やり方が回りくどすぎる!』……思うことは色々あったが、ヤマモトのその言葉を聞いてキララは安堵した。


 もしヤマモトが、あかりに害意を持った悪人だった場合、リアルのあかりに危害が加えられる可能性があったからだ。『ヤマモトとあかりは同じ空間でゲームをしているのか?』『あかりは今、自分の部屋で一人でゲームしているのか?』などとマナー違反な質問を散々投げかけたのも、ひとえに、正体が露見して自暴自棄になったヤマモトが、あかりに危害を加えることを恐れてのことだ。


 あかりがおろおろと口を開く。


「っ! 私は、切った張ったのゲームが苦手だって、友達と雑談していただけで、それで、『釣り雑談とか散歩雑談とかも人気あるから、そっちの路線で行ったら?』ってアドバイスしてもらって、もうちゃんと解決してたんです!」


 ヤマモトは驚きの表情で顔を上げた。


「た、確かに最近は雑談系の配信が多かったような……!」


「……つまり、過保護で不器用なマネージャーのヤマモト様が、早とちりして勝手に暴走されていただけ……と」


 ノワールはバッサリそう言った。キララはやれやれとため息をついた。


 あかりはヤマモトに歩み寄って、膝を着いてしゃがんだ。


「ヤマモトさん、私、ほんとにやりたくない事はちゃんとやりたくないって言いますし、ほんとに困ったことがあったらヤマモトさんに相談してます。会社にはやりたいことをやらせてもらってますし、それに、私だってプロの配信者なんですから、多少の嫌なことは喜んで我慢します。けど……」


「あかりさん……すみません、私……」


 あかりは息を貯めてはっきり言った。


「けど、UNKNOWNとして私に粘着してた間は、配信用PCが放ったらかしだったってことですよね! それはほんとに怒ります! ちゃんと仕事してください!」


 いつになく怒った顔のあかりを見て、ヤマモトは目を丸くした。


「すいませんでした……」


「はい! 次からはちゃんとお願いします!」


 その様子を見て、キララはけらけらと笑った。


◆◇◆


 報酬の支払い手続きなどが終わり、回復アンプルでヤマモトの脚も治り、あかりとヤマモトが応接室を去ろうとする直前に、あかりはドアの前で立ち止まった。


「そうだ、キララさん、私とフレンド登録してくれませんか?」


「え? でも、会社の方針的に難しいんじゃないの?」


 キララはあの時、『あかりとヤマモトがフレンドである=あかりがヤマモトのプレイヤーネーム変更に気づける』状態であったかどうかを確認するために、『フレンド登録しよう』なんて無茶を吹っ掛けたのであって、本気で人気配信者とお近づきになれるとは微塵も考えていなかった。


「ヤマモトさん、プロゲーマーの方や、フォロワー10万人以上の配信者の方ならフレンド登録しても大丈夫でしたよね?」


「はい、ですが、キララさんは……」



「……その口ぶりだと、あかりちゃんはやっぱり気付いてるみたいだね」



 あかりは頷いた。部屋に沈黙が流れる。


「FPSをよくやっていた友達が話してたんです。大人気硬派VRFPS『HELLZONE』の大会という大会の優勝を総なめにして、殿堂入りという名目で大会を出場禁止にされた賞金稼ぎが居るって。その名も────」


 ノワールが目を見開く。


「そんな……まさか……」


「────『悪魔』のkillerlaキララ……ですよね?」


「ああああああ! あのID! どこかで見たことがあると……!」


 キララはホログラムウィンドウを操作してあかりにフレンド申請を送った。あかりがそれを受諾し、キララのフレンド欄に『あかり』の文字が追加される。


「じゃあ、また今度遊ぼうね、あかりちゃん」


「────はい!」

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