第5話 初心者狩り 5

 それから2日が経った。

 

 自由都市フリードを囲む鋼の城壁の外には、砂と岩の荒地が延々と広がっており、そこには初心者向けの弱いモンスターが数多く生息していた。そして、それらを狩りに来る初心者を狙う『初心者狩り』もこの荒地で狩りを行っていた。


 先日、キララの前で初心者狩りを行った5人組の男達は、新たな標的を探して荒地を歩いていた。灼熱の太陽が降り注ぐ荒地の地面には、よくわからない機械の残骸や、ゴツゴツとした岩、枯れた草などが乱雑に散らばっているが、視界を遮る大きなものがなく遠くまで見通しが効く。男達は、それぞれ双眼鏡を構えて獲物を探した。


「さーて、今日の獲物はっと」


「最近、クラン『宇宙警察』の連中が初心者狩りを懲らしめるために、初心者のフリをしてることがあるからな。初期装備の奴を見かけてもすぐに手ェ出すんじゃねぇぞ」


「くぅ~さすが団長。油断しないっすね~!」


「あたぼうよ、俺はこの道のプロだから────」


 その時、団長の後ろを歩いていた男の頭が、ポリゴンの破片となって砕け散った。


「は────?」


 団長の視界に流れる仲間の死亡デス通知。そして、直後に心臓を揺らす重い銃声が荒地に響いた。


 男達は、一瞬何が起こったのか理解できなかった。目を見開いた団長が叫ぶ。


「狙撃だ! 伏せろ────ッ!」


「う、うわああああっ!?」


「ひいいいいっ!?」


 男達は地面に伏せ、近くの岩陰に向かって匍匐前進を始めた。


「おい! どこだ! どこから撃たれた!」


 死体になった男のアバターが喋る。


「わ、わからない! 何が起こったのか突然のことすぎて────」


「周囲に隠れられる場所はそう多くない! よく探すんだ!」


 男達は伏せたまま震える手で双眼鏡を覗き込み、必死に敵を探しながら2箇所の岩陰にそれぞれ潜りこんだ。 男達が隠れるにはあまりに小さな岩陰だったが、それでも男達は隠れるしかなかった。


 団長は焦った、銃声は明らかに実弾銃の銃声だったからだ。実弾銃を正確に的に当てられるプレイヤーは例外なく凄腕のプレイヤーだ。つまり、男達より格上だということになる。


 男の一人が叫ぶ。


「み、見ろ! あそこに戦車の残骸があるぞ! 東だ! 東の方角だ!」


「きっとあそこだ! 撃て! 撃ち殺せ!」


 焦って立ち上がろうとする男達を団長は一喝した。


「落ち着け! あの戦車の残骸まで700mはあるぞ! 700m先から狙撃ができるやつなんて、本職のスナイパーか、馬鹿みたいなネット小説に出てくるアホみたいなスナイパーだけだ! 敵はもっと近くに居る!」


 男達が感嘆の声を漏らす。


「さすがは団長……!」

「なんて冷静なんだ……!」

「戦車はブラフだ!」


「で、でも、そしたら敵はどこから……!?」


 その時、また別の男が叫んだ! 


「あっ! あっアレ! 今光ったぞ! 北だ! みんな北を見ろ!」


 男が指さす先、200m程先の岩の近くに生えた草の根元に不自然に輝くものがあった。────狙撃銃のスコープだ。


「撃て! 撃ち殺せ────ッ!」


 男達は、伏せたまま光線銃を一斉に発砲した。眩い光条が一斉に岩陰に降り注ぎ、猛烈な砂煙が上がる。


 その時、今度は団長の頭がポリゴンとなってはじけ飛んだ。直後に轟く銃声、しかしその銃声は光線銃の発砲音に紛れてしまう。


「だ、団長────ッ!」

「団長オオオオオオッ!」


 死体になった団長のアバターが叫ぶ。


「落ち着け! お前ら西だ! 俺たちはダミーを撃っていたんだ! 敵は西から撃って来ている! 西の方をよく見ろ! 敵のが見えるはずだ! 探せ! 気をつけろよ! 遮蔽の岩から身体を出し過ぎるんじゃないぞ!」


「さ、さすが団長! なんて冷静なんだ!」

「敵もバカだなぁ団長を撃つなんて……! おかげでどっちから撃ってきたのかまるわかりだ!」

「あぁ、もし俺たちが撃たれていたら、どっちから撃たれたか分からなかったかもしれねぇ!」


「あ! 見ろ! あそこだ!」


 男が指さす先、300m程の地点に小さく舞い上がっていた砂煙が、地面に落ちていく様が見て取れた。その砂煙の下には、不自然に寄せ集められた小さな石と、盛り上がった砂地……!

 

「撃て────ッ!」


「待て! まず団長の指示を仰ごう!」


 男は、自分が見たものを団長に伝えた。


「でかしたな、それは『スナイパーハイド』と呼ばれる、スナイパーの潜伏拠点だ。巧妙に隠してあるから、普通、見つけるのは難しいんだ。恐らく地面に浅い穴を掘り、そこに伏せて上からネットやボロ布を被ったんだろう。しかし奴もまだまだだな、発砲で巻き上がる砂煙のケアを忘れているとは」


「野郎! 敢えて何も遮蔽物が無いところに穴を掘って隠れていたとは!」


「しかし俺たちの団長の方が一枚上手だったな! みんな、ここは油断せず、攻撃バフをしっかり掛けて一気に確実に倒し切ろう」


「あ、ああ!」


「みんな、遮蔽から身体を出し過ぎるなよ!」


 男たちは攻撃力を高めるバフスキルを使うと、一斉に遮蔽から小さく身を出し、さっき砂煙が上がった場所目掛けて一斉に発砲した。いや、正確には『しようとした』。


 男の一人の頭がポリゴンとなって砕け散る。


「うわああああッ!?」


「怯むな! 狙撃銃なら連射は効かないはずだ! 撃ちまくれ────ッ!」


 2人の男はスナイパーハイドに向けて、マガジンの弾が無くなるまで発砲した。しかし、キル通知は出てこなかった。男達は、再び遮蔽に倒れこむ。


「くっ、くそ、奴の潜伏場所はあそこじゃないのか!?」


「どこだ、どこから撃たれたんだ!?」


「お前が馬鹿だから、ただ風で舞い上がっただけの砂を発砲の砂煙だと見間違えたんじゃないのか!? お前のせいだ! お前がデタラメな報告をするからだ!」


「なんだと!? そういうお前はただ指示待ち人間してただけだろ!?」


 生き残った2人の男は、それぞれの岩陰に張り付いて喧嘩を始めた。


「やめろお前ら! 喧嘩してる場合じゃないぞ!」


 その時、喧嘩をしていた男の一人の頭がポリゴンになって霧散した────今度は、遮蔽に使っていた岩ごと。


「うわああああっ!?」


「や、野郎……岩ごと……!」


「アイツ、いつでも俺たちを殺せたんだ! 岩ごとまとめて、いつでも殺せたんだ!」


「落ち着け! 散らばった岩の破片をよく見ろ! 奴が撃ってきた詳細な方向がわかるはずだ!」


 しかし、最後に残された一人の男は、もう1つの岩に必死に張り付いたま戦意を喪失していた。


「こっ、こんなのSOOじゃない! MMOじゃないっ! こんなっ! こんなの!」


「落ち着け! 敵の居場所が分かればまだ勝機がある! 敵を倒して、俺たちの死体を蘇生可能ポイントまで引っ張っていくんだ!」


 しかし、最後に残った男の頭も、遮蔽の岩諸共に無惨なポリゴンになって四散した。男達は絶望し、悲鳴を上げた。SOOでは、パーティが全滅すると蘇生の機会を失い、死亡確定となってデスペナルティとして5分間死体のまま動けなくなる。死体になっている間はアイテムや装備、クレジットの一部が『強奪可能状態』になってしまい、死体に近づいたプレイヤーに好き勝手奪われてしまうのだ。……男達が今まで初心者達のアイテムを奪ってきたように。


◆◇◆


 暫くして、男達の一人が異変に気づいた。



「待て、おかしい……なんでレベルが8も下がっているんだ?」



 男達は背筋に悪寒が走るのを感じた。そして、デスペナルティには『5分間死体のまま動けなくなる』という基本的なペナルティの他に、ある特定条件下で発動するもう一つの重いペナルティが存在することを思い出した。


 SOOでは、自分よりレベルの低いプレイヤーにキルされると、そのレベルの差に応じて経験値を失ってしまうのだ。初心者狩りにリスクを持たせるための運営の措置だと言えるだろう。


「うわああああッ!? 俺のっ、俺のレベルが、9も下がってる! 何週間も掛けてせっかくレベリングしたのに……!」

「あ、ああ! ああああああ!」

「だ、団長の! 団長のレベルが! 団長のレベルが12も下がってる!」

「ば、馬鹿な! こんなにレベルが下がるなんて、敵は一体何レベルなんだ……!」



「1レベル。そして、君たちを倒した経験値で、4レベルになった」



 男達は、突然聞こえてきた可愛らしい声に驚いた。死体になるときに頭を吹き飛ばされた男達は、視界を失っているため声しかわからない。


「お前か! お前が俺たちをやったのか!」

「1レベル……!? 1レベルの雑魚が俺を倒せるわけないだろ! 俺のレベルは38だったんだぞ!」

「SOOはMMOだ! MMOで、レベルの低い奴が高い奴を倒せるわけないだろ! プレイ時間が短い奴が、長い奴を倒せるわけないだろ! お前、MMOやったことないのかよ!」


「MMOのことはよくわからない、私、銃ゲー畑出身だから……お、欲しかった奴はっけーん」


 声の主は男達の死体から合計25本もの大量のドロアンプルを奪い取ると、それをいそいそとアイテムポーチにしまった。


「私、MMOのことはよくわからないんだけど、この辺で初心者狩りしてた5人組が言ってたんだよね、ドロアンプルは物凄く高く売れるって」


 謎のプレイヤーがそう言った途端、男達はわめき始めた。


「や……やめろ……やめろ! 返せ! 返せ────ッ!」

「くそ! 通報だ! 通報してやる! この卑怯者! 狙撃なんて、卑怯なことしやがって! 正々堂々戦えないからそんなことするんだろ! この卑怯者!」

「お前やめろ! やめろってマジで!」


「くすくす。怒んないの、怒んないの。SOOではPKは日常茶飯事なんだから。無警戒に貴重品を持ち歩いてる君たちが悪いんだよ? これに懲りたら、貴重品はちゃんと銀行の貸金庫の中に預けておくんだね」


「クソ! ふざけやがって! お前、さては『宇宙警察』の差し金で、初心者狩りを粛清して回ってるんだろ! 初心者狩りは、別に利用規約で禁止されてない合法プレイだ! プレイスタイルの一つだ! それを、何の権利があって邪魔するんだ! SOOはゲームなんだから、人がやりたいことにちょっかい掛けるんじゃねぇよ!」


「『宇宙警察』? 何それ、しらない。でもまぁ、人がやりたいことに口を出すなっていうのには私も賛成。だから、


「っ……!」


 謎のプレイヤーはそう言い残して歩き去ろうとしたが、途中で何か思い出したように振り返った。


「あぁ、そういえば。ここで初心者狩りをしてた5人組が言ってたよ。初心者狩りにはリスクが伴うって。君たちも気を付けた方がいいかもね、君たちの腕前じゃ、レベル1の初心者にも負けちゃうかもしれないから」


 その言葉に男達は激昂し、足音が聞こえなくなるまで罵詈雑言を吐き続けた。

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