第6話 初心者狩り 6

 ─────前日。自由都市フリード周辺の荒地にて。


 夜空には2つの月が登っている。キララは、月明かりの下で荒地を歩き回った。ワープポイントから近く、人が歩いた痕跡の多い──つまり、自然にできた道である──場所を狩場に選ぶと、キララはその周辺に幾つかの罠を仕掛けた。


 『まねきねこ』で売られていた一丁1000クレジットの激安ライフルを、囮としていくつかの場所に配置していく。その内何丁かは南の方向を向かせて、昼間、南に太陽が登った時にスコープのガラスが反射で光るようにした。


 続いて、キララは潜伏場所であるスナイパーハイドの作成に取り掛かった。


「……798、799、800」


 キララは1歩の歩幅が1mになるように練習を重ねていたため、狩場の中心からきっかり800mの地点を測り、そこを潜伏地点にすることができた。自分と標的との間の距離が事前にわかっていれば、命中精度が格段に向上する。


 キララはスコップで自分が寝そべることができるくらいの穴を掘る。それも3箇所。うち2箇所はダミーだ。ダミーの穴にまたダミーの狙撃銃を仕掛けて、さらに調達しておいたボロ布を掛けて、風で飛ばされないよう固定する。


 そして、キララはダミーの狙撃銃の銃口の下に、小さく切って起爆装置をセットしたプラスチック爆弾を仕掛けた。いざという時に起爆し、囮にするためだ。


「まぁ、アイツらが『発砲時の風圧で巻き上げられた砂煙』を手がかりにスナイパーを探せるほど、賢いとは思えないけど……」


 罠を仕掛け終えたキララは潜伏予定のスナイパーハイドに戻ってくると、ヤトノカミを実体化させた。ヤトノカミは事前に調達した武器スキン変更用のペイントアイテムで周囲の景色になじむようペイントされているほか、減音器サプレッサーを装着してある。もっとも、キララはこの減音器に発砲音を抑える効果などハナから期待していなかった。減音器は、発砲時の銃口の炎を抑えるためのアイテムだ。


 キララは、零点規正したスコープに触れないように、慎重にヤトノカミに偽装を施していった。砂地の色と同じ色の布とネットをヤトノカミの銃身に巻いていく。これは、ヤトノカミの銃身のシルエットを隠すだけではなく、強烈な日差しによる銃身の温度変化を抑える役割もある。


 さらにキララは、ヤトノカミの銃口の先の地面に大きな布を敷き、杭で地面に縫い留めた。ヤトノカミの銃口の周りに、周辺の小さな岩などを集め、背景に溶け込ませる。そして、キララ自身もようやくスナイパーハイドに寝そべると、上から布とネットを被り、獲物を待った。


◆◇◆


 ────18時間後。キララの標的、5人組の男達がやってきた。男達がやってくるまでの間に、多くの他のプレイヤーやモンスターが付近を通って行ったが、皆キララには気付かなかった。


 男達は、キララが当初想定していた狩場より、100m程キララ寄りの場所を歩いていた。キララはおもちゃの水鉄砲を取り出すと、ヤトノカミの銃口の周りの地面に水を撒いた。砂地で伏せた状態で銃を発砲すると、発砲の風圧で銃口付近の砂が舞い上がり、それを目印に自分の位置を特定される恐れがある。キララは事前に、ヤトノカミの銃口の周りに布を敷いて固定していたが、念のため水も撒くことにした。事前に水を撒いておかなかったのは、強烈な日差しにより、肝心の射撃時に水が乾いている……なんて事故を防ぐためだ。


 もっとも、水鉄砲で水を撒く……なんていうのはキララにとっても初めての試みであった。ナナホシやカガミにも『水鉄砲なんて何に使うんだ』と聞かれた。


「目立つ割りにはしっかり水を撒けないし、効率悪いな……今度からはやめよう」


 キララは水鉄砲を収納し、スコープを覗き込み、ヤトノカミを支えている太ったカラスのぬいぐるみを握った。


 このカラスのぬいぐるみも、『ぬいぐるみなんて何に使うんだ』とナナホシやカガミに聞かれたが、キララに言わせてみればこのカラスのぬいぐるみは大真面目な装備だった。カラスのぬいぐるみは、中綿が抜かれており、代わりに砂が詰めてある。キララがぬいぐるみを強く握ると、上に乗っているヤトノカミは上を向き、逆に握る力を弱めるとヤトノカミは下を向く。ぬいぐるみの握り込み具合いで、銃口の向きを調整できる……というわけだ。


 ちなみに、ただのボロ袋でもよさそうなところをわざわざカラスのぬいぐるみにしているのにも真面目な理由がある。かわいいからだ。


 キララはカラスを握り込む。カラスは苦しそうに握り潰される。肺に息を溜めて息を止め、男達の1人の頭上を狙ってキララは引き金を絞った。


 重い銃声、弾道は見えない。ヤトノカミ専用弾は曳光弾であるため、本来ならば輝く弾道が見えるが、キララはそれを酷く嫌ったため一度弾薬を分解し、発光物質を全て除去していたのだ。


 一瞬の後、キララの放った弾丸は男達の1人の頭を霧散させた。キララの視界の端にキル通知が流れる。ゆっくりと息を吐き、敵から目を離さないまま慎重にボルトを操作し、静かに排莢とリロードを行う。


 狼狽えた様子の男達、男達はどこから撃たれたのか分かっていないようで、伏せてはいたがキララに身体を晒していた。キララは、仕掛けた罠が発動することを祈って暫く様子を伺った。


 程なくして、キララの罠に気づいた男達が罠に向けて一斉射撃を始める。この一斉射撃はキララにとって想定外だった。SOOはMMOであるため光線銃以外にも多種多様な武器が存在するからだ。全員が同じ武器、しかも光線銃を使っているというのは、おそらく逃げる初心者を効率よく倒す為だろう。


 キララは、男達の発砲音に紛れて再び引き金を絞った。キル通知を確認すると、キララはリモコンを操作して、ダミーのスナイパーハイドに仕掛けたプラスチック爆弾を起爆した。キララから200m程の場所で砂煙が上がる。


 排莢、リロード、そして再びの沈黙。キララが覗くスコープの先で、今度は3人の男達が一斉に顔を出し、先程のダミーの位置に一斉射撃を始めようと、スコープを覗いた。その瞬間、キララはまた引き金を絞った。


「ふーん、砂煙のことを知ってる奴が居るとはね」


 キル通知、排莢、リロード。キララは狩りを終わらせに掛かる。残った2人の男達が隠れている岩を狙い、引き金を絞る。この辺り一帯に転がっている程度の岩なら、十分に貫通できることは事前の実験により確認済みであった。


 岩が砕け散り、キル通知が流れる。キララは素早くリロードを済ませると、反撃が来る前に再び引き金を絞った。


◆◇◆


 ─────翌日。キララは自由都市フリードの城門の下で、人を待っていた。


「大丈夫だよ! 最近は『宇宙警察』ってクランの人達が初心者狩りを逮捕して回ってくれてるらしいから、その人たちの近くで狩りをすればいいよ」


「そう、なら安心ね」


「この間は酷い目にあったからなぁ。知らなかったよ、あのアンプルがあんな貴重品だったなんて」


 少し装備が良くなったあの初心者達が、城門をくぐろうとしたところで、キララは彼らを呼び止めた。


「君たち」


「ん? 私たちですか?」


 歩みを止める初心者達に向けて、キララは袋を放った。


「次からは、貴重品は銀行の貸金庫にしまっておくといい」

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