第37話 無差別PK 15

 月光の下の砂漠は、まるで銀世界のようであった。そよ風に浮かぶ白砂が風花のように舞い、銀華の髪を揺らす。


 偽銀華は刀を正眼に構える、対する銀華は『かかってこい』と言わんばかりの下段の構えだ。


 ならば、と、先に仕掛けたのは偽物の方だった。銀華は刀を下段に構えたまま、鋭い攻撃をひらひらと歩いて躱す。


 偽銀華が刀を振りあげる。大振りの一撃。防御を試みる銀華の刀の刃先が微かに動く、その防御の起こりを見切った偽銀華がスキルを発動する。


「舐めるなッ! 『パワーセイバー』」


 SOOのスキル起動方法には、スキル名を叫ぶ『音声起動』の他に、頭の中で考えるだけ良い『思考起動』という方法が存在する。しかし、思考起動は習得が難しく、完璧に使いこなすには相当な訓練を要する。そんな思考起動の最終到達点として存在するのが『偽装音声起動』と呼ばれる起動方法だ。スキル名とは一切関係ない言葉や、発動するスキルとは無関係の別のスキル名を声に出して言うことで、相手の隙を作ることができる。


 隙が大きい分威力が極めて高い、上段からの全力振り下ろし攻撃『パワーセイバー』、しかしこれは『偽装音声起動』によるフェイントだ。偽銀華が実際に発動したスキルは前方に突進しながら素早い2連撃を放つ『ダブルスラッシュ』であった。


(上段に対する防御を試みればガラ空きの胴にダブルスラッシュが命中する。まずは先制攻撃を────)


 『ダブルスラッシュ』の命令に偽銀華の身体が反応し、目にも止まらぬ突進攻撃を放つ。しかし偽銀華の刃は空を切る、銀華の防御はフェイントだった。突然、偽銀華の左目が見えなくなる。真っ赤なダメージエフェクトに覆われる偽銀華の左目、ダブルスラッシュを避け様の、目にも止まらぬ一太刀、銀華の刃は偽銀華の左目を潰した。


「ッ!?」


 微かに削られる偽銀華のHP。偽銀華の背後を取った銀華が、スキル硬直中の偽銀華に襲い掛かる。ガラ空きの首を狙った目にも止まらぬ3連撃。剣や刀といった近接武器で、首などの弱点部位を攻撃するとダメージが大きくなる。偽銀華のHPがさらに削られる。


(通常攻撃の振りが速すぎる……! けど、HPの削れ方は大したことない……AGI・DEX特化型か!)


 SOOでは、レベルアップの際に一定量のステータスポイントを得ることができ、それを自分の好きなステータスに割り振ることができる。速さのステータスであるAGI、器用さのステータスであるDEXにポイントを振れば、剣を振るスピードやその正確さが向上するため、攻撃が速く正確に、また強力にもなる。スキルの発動時間や硬直時間も短くなるため、全体的な隙を少なくすることができる。


 銀華の攻撃の速さは異常であった。過去に得た全てのステータスポイントを全部AGIとDEXに突っ込んでいるのではないかと疑いたくなるほどのスピードであった。


 偽銀華は、振り返り様に更に無言でスキルを発動する。素早い回転攻撃で自分の周囲にダメージを与える『ターンブレイド』というスキルだ。ダメージ量自体は大したことはないが、攻撃判定が極めて広く、避けるのは困難を極める。しゃがんで避けるにはダメージ判定位置が下すぎるため、避けるには大きく後退するか上に飛ぶしかない。


(スピード特化型のキャラ育成なら、ターンブレイドのカスダメだって致命傷! 後退すれば私に立て直しの隙が、上に飛べば大きな隙が生まれる! ターンブレイドの間合いに入った時点でお前の負─────)


「なっ─────」


 ターンブレイドの攻撃モーションで振り返った偽銀華が目にしたのは、限りなく地面に伏せるようにしてターンブレイドを躱す銀華の姿だった。


 伏せた姿勢から立ち上がり様に偽銀華の内股を3─────いや4回切りつけ、トドメに股から肩に掛けて一気に切り上げる。内股、股間は弱点部位判定のため、ダメージが大きくなる。


 ターンブレイドのスキル硬直時間、わずか0.8秒の間の、弱点部位だけを執拗に狙った神速の5連撃。


(いくらなんでも速すぎる────! リアルステータスブーストか─────!)


 リアルステータスブースト(RSB)は、プレイヤーの『技量』がそのままキャラクターの運動性能に反映されるために起こる現象だ。VRMMOならではの現象だと言えるだろう。


 例えば、フォームを改善することで陸上選手の走るタイムが縮まる(=脚が早くなる)ように、同じステータスのキャラクターでも、操作するプレイヤーの技量次第で性能が全く変わってくるのだ。


 全く同じステータスをしたキャラクターでも、陸上選手が操作するキャラクターと一般人が操作するキャラクターでは走るスピードが全く異なる。同じように、剣の達人が操作するキャラクターと一般人が操作するキャラクターとでは攻撃のスピードが全く異なるのだ。すると結果的に、剣の達人が操作するキャラクターの方がAGI・DEXが高く見える、これがRSBと呼ばれるものの正体だ。


 そして、現実の人間よりSOOのキャラクターの方が圧倒的に身体能力が高いため、技量の差によって生まれる戦闘能力の差も、現実のそれより大きくなる。


「くっ────!」


 銀華は、後ろに下がって体制を立て直そうとした偽銀華の袴の裾を踏む。偽銀華は体制を崩す。


「くそっ!」


 偽銀華はスキルを発動する。現実であれば、この体制から体を立て直すのは不可能だが、スキルの命令であればプレイヤーの身体は物理法則を無視して動く。


 ダブルスラッシュが発動し、刃が銀華に襲いかかる。完璧な不意打ち……に見えたが、銀華はその攻撃を半歩横に逸れるだけで避けて見せた。


 焦りと怒りに偽銀華の顔が歪む。


(こうなったら─────ッ!)

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