第59話 トップクラン15

「うん、九分九厘アルセーニャだと思ったからね。そう思った理由は説明できない、でも根拠はある」


 そう言ってキララはジャケットの胸ポケットをそっと撫でた。


「もっとも、ハイパーブリッジを使った時にアルセーニャは振り落とされたんだと思ったけどね。けど、エアロック内でヒールミストを浴びた時にまだアルセーニャが居たからびっくりしたよ。艦に乗り込んでるって確信したのはその時」


 エアロック内でヒールミストを浴びた時、キララは一人寂しく部屋の隅を見つめていたのではなかった。部屋の隅の、霧の流れが不自然な空間を見つめていたのだ。


「なるほど、光学迷彩を使っていたアルセーニャも、霧の中では姿を隠せなかったわけっスか」


 キララは頷いた。ライデンが口を開く。


「それはおかしい。奴はスキル『不確定性原理シュレディンガー』の力で壁をすり抜けることが出来る、霧を噴射されるリスクを負わずとも、他の窓や壁から機内に潜入すれば良い」


「あぁ、確かに最後、壁をすり抜けて逃げてたね。でも、アルセーニャが私たちと一緒にエアロックに侵入したのは仕方なかったんじゃない? アルセーニャも、つい最近追加されたヒールミストは知らなかっただろうし。スキルを使うと光学迷彩は解けてしまうはずだしね」


 そう言ってキララはクロエを見つめた。キララのその発言にブリッジがざわめく。カガミが怪訝な目でキララを見る。


「キララ、あんた……まさか『不確定性原理シュレディンガー』について知らなかったのに奴を拘束できたのか?」


「うん、あのスキルについては、最後に壁をすり抜けるのを見たのが初見」


 カガミは、アルセーニャの強力なスタースキルである『不確定性原理シュレディンガー』について簡単に説明した。


「奴を拘束するには、スキルの発動直後、クールタイム中で不確定性原理を発動できないタイミングを狙うしかない。知らずにそれをやってのけるなんて……」


 これはキララにとっても偶然の出来事だった。ワイヤーの先にグレネードがあると深読みしたアルセーニャが、存在しないグレネードを避けるために不確定性原理を発動したため、その直後にアルセーニャに飛びかかったキララはアルセーニャに触れることが出来たのだ。


「ふん……にわかには信じ難いな。第一、何故アルセーニャの逃走経路を知ってたんだ。どうやってワイヤートラップを仕掛けた」


 ライデンはそう言って腕を組んだ。ヴェロニカもキララを怪訝な目で見つめる。


「……貴女がブリッジを出て行ってから警報が鳴って、アルセーニャに逃げられるまでほんの数分も無かったはずです。ブリッジから、アルセーニャが逃走に使った廊下まで最短ルートで移動したとしてもトラップを仕掛けられる時間なんてあるわけが……」


「くすくす、別に無理じゃないよ。SOOのキャラクターの身体能力は現実のそれとは比べ物にならないからね。逃走経路だって、アレは『艦長室から最も近い廊下の窓』ってだけの話。もちろん、アルセーニャが裏をかいて他の窓や、そもそも窓ですらない壁を抜けて逃げる可能性もあったわけだけど、私一人で全部対処できるわけじゃないしね、そこは割り切ったよ」


 ヴェロニカはホログラムウィンドウからリベリオン号の地図を開き、目を疑った。ライデンも同様に地図を開き、驚きの声を上げる。


「……何故窓のことを知っていたのですか」


「ん? メインキャビンにあるじゃん、地図」


「う、噓でしょ!? あの一瞬でリベリオン号の地図を全部覚えたの!?」


 そんなことを言うクロエに対して、キララは首を横に振った。


「くすくす、まさか。打ち合わせの場所は艦長室って聞いてたから、覚えたのはその周辺だけだよ」


 ヴェロニカは呆れたようにため息をついて、ホログラムウィンドウを閉じた。



「では仮に、今までの話が全て本当だったとして、何故アルセーニャを見逃したのですか?」



 それまで不気味な無表情を貫いていたキララが穏やかに微笑んだ。



「そうしたかったからだよ。彼女からは悪意を感じなかったし。でも、もし彼女が悪意を持ってハート・オブ・スターを盗んでいったんなら、責任を持って私が後でちゃんと取り返して来るよ」



 そう言ってキララは、カガミを一瞬だけいつものジト目で睨んだ。


「……まぁ、正体にも大体見当はついてるしね」


 カガミはハッとした表情で人混みから離れ、ホログラムウィンドウを起動し、アイテムボックスから何かを取り出した。


 ヴェロニカはキララ達に背を向けた。


「……キララさんを特別客室へ。当艦はこれから、厳戒態勢を維持したまま、アルセーニャの跳躍先を特定し次第追跡を開始する」


「「了解」」


「おい、移動するぞ」


 キララは反乱軍のプレイヤー達に銃を突き付けられる。


「『特別客室』ね……くすくす、いいね、正しい判断をする子は好きだよ。じゃあ皆、またね」


 そう言って、キララはブリッジを出ていった。その直後だった、カガミが慌てた様子で大声を上げる。


「すぐに艦を動かすんだ! 帝国の艦隊がこっちに向かって来てる! 宇宙戦艦4隻!」

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