第18話 粘着PK 10

 二日後、全ての準備は整い、あかりは池のほとりで配信開始時間を待った。柔らかな日差しが降り注ぎ、温かい午後の風が地面の草や木々の葉を揺らす。あかりが横を向けば、キララが潜伏拠点を構えている廃墟が見える。


(大丈夫……あのkillerlaキララさんが、UNKNOWNなんかに負けるはずがない、これでもう全部終わるんだ……)


 SOOからログアウトしているヤマモトからのメッセージが届く。


『こちら、配信準備整いました、キララさんも準備万端だそうです。いつも通り、配信頑張ってくださいね』


 あかりはそのメッセージに微笑んだ。


◆◇◆


「ゴジロクジネットストリーミング所属の星ノあかりです、こんあかりー!」


 定刻になり、あかりの配信が始まった。キララは廃墟二階に作ったスナイパーハイドでUNKNOWNを待ち構える。


 廃墟の二階。窓のある部屋の、窓から離れたところに大きなダイニングテーブルが置いてあった。キララは、ダイニングテーブルの上で座射の姿勢を取って狙撃銃のスコープを覗いている。窓のカーテンレールには、向こう側が透けるほどの薄い布を広げてぶら下げてあり、キララはこの布越しに外を監視した。明るい外と暗い室内を隔てるこの布は、室内から外を一方的に監視できる魔法のスクリーンとなる。射撃の際には、この布ごと標的を撃つ。


 改造トライポッドの上に載せられた銃は、ノワールに貸してもらったサプレッサー付き狙撃銃『SPR 300 Whisper』だ。SOOにはヤトノカミのようなデタラメなSF創作銃の他に、現実に実在する銃も登場する。このSPR 300も現実に存在する狙撃銃で、そのWhisperささやきの名に恥じぬ消音性能を持っている。小型・軽量の銃身のおかげで小柄のキララでも取り扱いやすく、配置換えも容易だ。


 消音のために、発砲音の小さい亜音速弾を採用しており、有効射程距離はおよそ150mと短いが、廃墟からワープポイントまでの距離は200mもないので問題ない。


 攻撃力は56000、会心ダメージ倍率は450%、ノワールに曰く『防御特化型のキャラ育成をしているレベル90相手だと、たとえヘッドショットをしても一撃で仕留めきれないかもしれない』とのことであり、キララは万が一に備えてもう一丁の銃をノワールから借り受けていた。


 キララの太もものガンストックに収められた拳銃、ヤトノカミと同じデタラメSF銃である『ラストトリガー』だ。攻撃力62000、会心ダメージ倍率230%、実弾銃としては珍しく、ガチ勢の間でも使用されている人気の武器である。拳銃としては最も攻撃力が高いため、接近戦の際に一種の近接武器として使用されている。


 あかりは、釣りをしながら視聴者達との雑談を楽しんだ。あかりの目の前には、配信のコメントをホログラムで写しながら空中に浮かぶ配信用カメラがある。


【粘着PKはもう大丈夫なの?】


「はい、今日はボディガードの方がいるんです。だから大丈夫です!」


【俺もあかりんを守りてぇ】

【傭兵クランか】


【あかりー! ボディガードなら私に任せろよー!!】


【ひなたんおって草】

【ひなたん】

【本人おる】


 同じ会社所属の仲の良い配信者のコメントに、あかりは顔をほころばせる。


「それは流石に悪いよ、ひなたちゃん。また今度コラボしようね」


 そう言ってあかりが配信カメラに向かって手を振った時だった。


【後ろ】

【!!】

【うs】

【後ろ】

【後ろ】

【!】


 あかりの背後に揺らぐ陽炎。恐怖に顔を染め、慌てて前につんのめるあかり、そのあかりに向けて振り上げられる肉切り包丁。あかりが手放した釣竿が池に落ちて水音を立てる。



【あかり】

【逃げろ】



 光学迷彩を解いたUNKNOWNがあかりに襲い掛かった。



「いやあああああっ!」


 目をつむり、悲鳴を上げるあかり。────しかし、その凶刃はあかりに届かない。


「ガッ……!?」


 悲鳴に紛れて銃声は聞こえない、頭に銃弾を受け、廃墟と反対方向に吹き飛ばされるUNKNOWN。


 ─────キララの、『ワープポータルを見張る』という発言は、を欺くための嘘であった。キララは最初から、あかりの居る池周辺を見張っていたのだ。


 キララは慣れた手付きでリロードを済ませる。弾き出された空薬莢が床に落ちるよりも早く、息を止めたまま再びトリガーを絞る。


 立ち上がろうとするUNKNOWNの頭に襲い掛かる亜音速弾。飛び散るダメージエフェクト、キララの視界の端に流れるキルログ、床に落ちた空薬莢が快音を立てる。


【!?】

【何が起きた!?】

【え、どゆこと?】

【突然出てきて突然死んだ】


 恐る恐る目を開けたあかりは、目の前に倒れるUNKNOWNに驚きを隠せなかった。


「な、何が起きたの……」

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