第12話 粘着PK 5

「お分かりになられましたか? ドロアンプルは絶対に売却してはなりません」


「いや、そういう事情なら、なおさらドロアンプルなんて要らないよ。私、そういう作業ゴメンだし。欲しい武器はここで買えるし」


「な!」


 ノワールは呆気にとられたが、確かに理にかなっている。全ての武器を武器屋で買う前提なら、ドロアンプルは必要ないのだ。


「むしろ、ノワールさんにこそ、これは必要なんでしょう?」


「それはそうですが……しかし……」


「ノワールさんはこれが喉から手が出る程欲しいんじゃない?」


 そう言ってキララはドロアンプルをアイテムボックスから取り出し、ノワールの目の前に持っていく。キララはノワールの前でドロアンプルを右へ左へと動かす。その度に、ノワールの目線がドロアンプルに釣られて右へ、左へと動く。キララは思わずくすくすと笑った。


「ほら、欲しいんでしょ? これが」


「っ……! それはそうですが、しかし……」


「あなたはこれが欲しくて、私はこれが要らない。私はヤトノカミの弾が欲しくて、あなたはそれをもってる。なら、交換すればお互いwin-winでしょ? 違う?」


◆◇◆


 結局、ノワールは負けてキララと交換をした。しかも、本来であればドロアンプル1本と弾10発(+おつり)で交換のところを、おまけして12発と交換してくれた。


「お買い上げありがとうございます」


「いい買い物だったよ。他にも見たいんだけど、いいかな」


「はい、ですが申し訳ありません。私はこれから予定された商談がございまして」


 ノワールは部屋の時計をチラと見ながらそう言った。


「1人でウロウロ見てていいなら、全然それで構わないけど」


「あぁいえ……実は、キララ様もその商談に是非ご参加して頂きたいのです」


 キララは少し考えていたが、いつもの無表情の中にほんの少しだけ笑みを浮かべた。


「それは、さっき言いかけてた『提案』と関係があるの?」


 ノワールは穏やかに微笑んだ。


「はい、その通りでございます」


◆◇◆


 キララとノワールはまた廊下と扉を抜け、螺旋階段を登った。沈黙の中に、ノワールの鎧のガチャリ、ガチャリという音だけが響く。キララは静かに口を開いた。


「だんだん話が読めて来たよ……少しおかしいとは思っていたんだ、私みたいなお金のない初心者を会員に招待するなんてね」


 ノワールは『続けて』と言わんばかりに沈黙を貫いた。


「弾1発が15万クレジットもする高級武器店に、普通の初心者が連れて来られたって何も買えない。支払い能力がないからね。でも、一流の装備品を見せられたら嫌でも欲しくなる。あのヤトノカミ・マガツ、物凄く気に入ったよ、いくらするの?」


「地下室の商品は少し特殊でして、基本的に、1日150万クレジットからの貸し出しで商品の提供を行っております。ですが、どうしてもお買い求めになりたいという場合は────現時点での評価額、50億4200万クレジットでのご購入となります」


 それは途方もない金額であったが、キララはさほど驚かなかった。


「やっぱりね。まぁマガツはちょっと特殊だとしても、この分だとどんなに安い武器でも数百万クレジットはするでしょう? SOO内の取引に現実の法的拘束力が及ばない以上、分割払いは支払いを踏み倒されるリスクがある。だから一括払いで買って欲しいけど、支払い方法を一括払いに限定するとそもそも商品が売れなくなる。そこであなた達は、あるシステムを用意した」


 螺旋階段の頂上にたどり着き、キララ達は洋館1階の廊下を歩いた。


「会員に、商品の個体値厳選のための周回なんかを手伝ってもらう代わりに商品を割引する、あるいは実際にクレジットとして報酬を渡すシステムをね。けど、私に手伝って欲しいことはボスの周回じゃない……私は高難易度のボス戦なんて出来ないからね」


「本当に、全てお見通しなのですね、キララ様は」


 そう言ってノワールはくすくすと笑った。


「今キララ様が仰られたことは、全て事実です。我々鉄靴の魔女は、お客様である会員の皆様に、周回作業などの仕事を手伝って頂くことで、大幅な割引を行う『代行エージェント』というシステムを導入しております。そして、キララ様に今回是非ご協力をお願いしたいのは─────」


 ノワールは立派な扉の前で立ち止まり、キララの方へ振り返った。


「─────殺しのお仕事です」

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